村おこしと三太と美人の足袋
ある企画で書いたものです。
若者の一点集中と言うのはいつの時代にも問題になるものである。
時は昭和五十二年の十二月二十四日にさかのぼる。
「甚六さん、この村はもう駄目かも知れん」
「為彦さん、何を弱気な事を言うとるんじゃぁ!」
「若いもんは皆都会に行っちまったし、こんな僻地に移住してくるような物好きもおらん、気がつけばこの村で一番若いのは西田さんの所の沙世ちゃんだけじゃ」
小さな盆地にある村の村長である甚六と副村長の為彦は酒をのみあいながら愚痴をこぼしていた。これと言った特産品もなく交通の便がいいわけでもない、夏は暑く冬は寒い気候で若者たちが仕事を求め都市に出向くことは当然の選択であった。ちなみに西田さんのところの沙世ちゃんは家業である小さな民宿を支える十九歳だ。
「何かこう……目玉になるようなものさえあれば」
為彦が言ったがそんなものがこの村にはないことはこの地で七十四年にわたり育ってきた自分がよく知っている。
「……三太」
甚六がぼそっと言った。
「三太? 吉田さんのところの三太くんかい?」
「いいや、昔米兵に聞いたんじゃ、何もこの世には三太という英雄がいて……具体的に何をする英雄かは忘れてしまったがそれはそれは人々に好かれているらしい」
「アメリカなのに三太? よくわからんのう」
「いや、もしかしたら聞き間違えかもしれん、何しろ相手は英語だったからのう……」
「へぇ……」
とりとめのない会話だった、二人は酒を飲んでも特に人が変わるわけでもなく、淡々と会話が進んでいくはずだった。
しかし今日は違った。村の存続の危機と言う状況が二人を動かしたのだろうか。
「そうじゃ! その三太殿に来てもらえばいいのじゃ!」
為彦は両手で机をたたき立ち上がった。
「なるほど……確かに人が来るかも知れん……だが無理じゃよ」
「なんであきらめるんじゃ! 頼んでみんと分からんだろうに!」
「三太殿はこの時期忙しいんじゃよ、大層苦労しているようじゃ、米兵が『三太苦労する』と流暢な日本語で言っておった」
「……そうか」
為彦は再び椅子に座り、コップを傾けた。
甚六も同じように酒を飲んでいたが、コップを机に叩きつけるように置くと為彦に言った。
「為彦さん……一世一代の大勝負をしませんか?」
「ん? どういうことですかい?」
「三太殿を……捕えよう」
「何と! 甚六さん!」
「三太殿といえどもおそらく人の子、我等の誠意を見せれば協力してくれるに違いない」
「しかし……相手は外人じゃろう?」
「少しなら英語ができる、それに三太殿を呼ぶ方法をワシは米兵から聞いておる、三太殿は子供の寝室に何らかの方法で侵入するらしい」
「ほう……この村で子供と言うと……」
この村に、おおよそ子供と呼べる人間は一人しかいなかった。
「沙世ちゃん……じゃな」
沙世の家族が経営している民宿は村の入り口にあった。
一昔前はそれなりに繁盛していたものの今は泊まりに来る客などほとんどおらず村人の集会所の様になっていた。
「と言う訳なんじゃよ沙世ちゃん」
為彦は他の村人に計画を伝えに行き、甚六は沙世とその母親に三太を捕らえる計画とそのために沙世におとりになってほしい旨を伝えた。
沙世は美しい娘であった。肌は白く、程よい切れ目で村に若者たちがいたころは皆のあこがれの的であった。
村長の甚六を含める村民からは気立てのいい娘として親しまれている、彼女自身も彼らと親しく、この村にも愛着を持っていた。
「私は反対です、お沙世をそんな知りもしない殿方を誘う餌にしようだなんて……何をされるか分かったものじゃありません」
沙世の横にいた母親は声を荒げて言った、当然である、沙世が生まれて間もなく夫は遠い街へ出稼ぎに行き女手一つで育てた大事なわが子である。万が一のことを考えると恐ろしかった。
「確かにそうじゃ……すまんかったのう、失礼するわい」
酒の席での提案であることに後ろめたさもあるのだろう、甚六は特に抵抗することもなく彼女たちに頭を下げ、立ち上がろうとした。
「甚六さん」
沙世が甚六を呼び止める。
「私、おとりになります」
「沙世ちゃん!」「お沙世!」
甚六と母親の二人が驚嘆の声をあげ沙世にすり寄る。
「私はこの村が好きです、でも私にはこの村がにぎやかだった記憶が少ししかありません、もう一度あのにぎやかな村が見れるのなら私で良いのなら喜んで」
沙世のその台詞に甚六は胸から何かがこみあげ、目から涙がこぼれた。
母親も沙世がそう言うのならばとそれ以上は何も言わなかった。
「実行は明日の夜じゃ、心配するな、この甚六命付きようと沙世ちゃんを守って見せる」
翌日、民宿に村人のほとんどが甚六の周りを囲むように集まっていた。
「皆、集まってくれてありがとう、成功するかどうかは分からないが精いっぱいやろうと思う」
「この村があの活気を取り戻すならワシらの力なんていくらでも貸すぞ」
「そうだそうだ! 三太をひっとらえろ」
村人たちの結束は堅い。
「沙世ちゃんが寝る部屋の関係からして侵入できるのはあの窓のみだ」
甚六が指さした先には小さな窓があった、見たところ大の男が入る隙間はなさそうだ。
「あんな窓から入れるのかい?」
「三太殿はどんなところからでもはいれるのだ、米国では煙突から侵入するらしいぞ」
「なんと!」
「米国にも忍者が居たのか!」
「確かに三太殿は忍術の心得もあるのかも知れん、とにかくだ、三太殿が入るとしたらあの窓しかない、あの窓の近くに落とし穴を掘るのだ!」
「なるほど!」「さすが甚六さんだ!」
村人たちはこぞって窓の近くを掘り始めた。
三太は馬の様なものに乗ってくるから深く掘るようにと指示を出して甚六はその場を為彦にまかせ沙世の寝室へと向かった。
まだ昼であるのにその寝室は薄暗かった。
部屋のまん中には薄い布団が敷かれ、その上に沙世が正座をしていた、白装束を着ていた。
「沙世ちゃん、本当にありがとう」
「いいえ、私は何もしません、ただ寝るだけ」
「実は……もう一つお願いがある」
甚六は彼女の足元を指さし言った。
「足袋を片方脱いで枕元に置いておいてほしい」
「足袋を……ですか?」
「あぁ、思いだしたのだ、三太殿は足袋を枕元に置いてある子供の家に優先的に侵入するそうだ」
「持って帰るのでしょうか? 足袋」
「わからぬ、特殊な趣味を持っているのかもしれない」
沙世は足を崩し足袋の片方を脱いだ、それを丁寧に畳むと枕元に置いた。
「……あとは三太殿を待つのみですね」
老人たちが穴を掘るのはいささか難しい、落とし穴と呼べるものが出来上がる頃には夜になっていた
三太は輝いている木を目印にしているらしいと言う甚六の指示で窓の近くに切り倒した木が置かれ火をつけた。
「甚六さん、そろそろでしょうか?」
「あぁ、沙世ちゃんはもう眠っている」
大きな穴を掘っている集団以外は皆民宿の陰に隠れ息をひそめている。
為彦と甚六も草陰に隠れていた。
「三太殿はどういう格好をしているのですかな?」
「……たしか全身赤い服を着ているらしい」
「……甚六さん。それって『返り血』なんじゃぁ」
為彦が少し焦りながら言う。
「うむ、私も今そうではないかと思っていたところだ、我々の様な事を考える人間は沢山いるだろう、三太殿はそれらを次々に返り討ちにしてきたのかも知れん」
「そんな! それじゃぁ甚六さんは!」
為彦が甚六の肩を掴む。
「敵わぬかもしれぬ、だがワシだってそれなりの死線をくぐってきた、一方的にやられる気はない」
そう言うと甚六はどこからか取り出した日の丸の鉢巻きを額に結んだ。
「しかし、甚六さんを失うとこの村は……」
「為彦さん」
甚六は為彦を引き寄せ、目と目を合わせた。
「今日の村人たちの姿を見たか? 沙世ちゃんを見たか? 私は彼らにこたえなければならない、この村で一番若い沙世ちゃんがあんなに頑張ったんだ、老人が頑張らんでどうするんだ!」
「甚六さん!」
突然、窓の方から甚六を呼ぶ声がした。
甚六は短く息を吐き、勇ましく立ち上がった。
「来たか! 三太殿!」
「いえ、それが……」
穴を掘っていた老人が甚六を案内すると、そこには七分目まで水で満たされている穴が現れた。
「何と言う事だ……これでは落とし穴として機能しない……」
為彦がひざから崩れ落ちる、だが甚六はその水に手をつけた。
「……為彦さん! こりゃぁ温泉じゃぁ!」
それを聞いた為彦も手を水に付ける、暑すぎず冷たすぎない、程よい温度の湯がそこにあった。
村人たちは狂喜乱舞した、それぞれが湯に手をつけそれが温泉であることを確かめあった。
どんちゃん騒ぎは翌朝まで続いた、結局三太は現れなかったが皆そんな事はどうでもよかった。
後日、この湯が万病に効くと噂になり、村に来るものがポツリポツリと増えて行った。隣に温泉がある民宿は繁盛し、そこはいつからか旅館と呼ばれるようになった、美人の若女将も有名になり求婚を申し込む者が多くなったが彼女は生涯独身を貫いた。
そのうち温泉の湯で蒸した饅頭も有名になり、若者が出稼ぎに出ることも少なくなった。
ある日旅館の若女将が自分の服を整理していると、若いころの足袋が無くなっている事に気づいた、どこで無くしたのだろうかと記憶をたどろうとしたが、旅館の予約の電話が入り、中断することになった。
温泉が湧き出たすぐ後、珍しく村から出てくる人物がいた。
村人はほとんどが民宿にいたため、誰にも見られることは無かった。
村にほとんどいなかった若い男で、片手に足袋を握っていた。
男は最後に村で一番輝いている場所に向かって一言言ったあと、砂が風にとばされるように消えた。
「メリークリスマス」