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「―――様―!―か様―わ――若――!―若様っ!」
「っ?!」
「…何かあったんですか?」
大きな声に驚く雅季の顔を覗き込んで、上総がそう聞く
「いや、特段何かがあったわけじゃ……」
何かがあったわけではない。そう言いたいのに詰まってそこから先が出てこなかった。
それもそうだ。上総の“何かあったのか”という問いは、正直に言えば“あった”だから。
でもそれを肯定できないのは、自分の身分と、
振られたとは思いたくない…というより初めて振られたという恥をさらしたくないからで…
尻すぼまりの声を聞いた上総は
あきれたといった表情でため息をつく
「若は嘘がつけないのですから、正直に言ってください。」
「…正直に言えって言われたって「正直に言ってもらわなきゃ困るんです!」
俺の言葉を遮って、上総が怒鳴る。
いやいや、正直に言って困るのはお前じゃなくて俺だから…
妻にする女の身分で、夫の未来が大きく変わるこの時代―――
右大臣である俺の父親だって、母上の影響を大きく受けてあの地位までのぼりつめた。
そんなこと、子供だって知ってる…それを…
…あんな荒屋に住む娘を妻にしたいだなんて知られたら…
…てか、その前に振られたんだけど、、、
ただ落胆して俯くだけで、自分のことなど見向きもしない雅季に上総は目を剥く
「若、正直に言ってください!」
「…正直にって言われても、な。」
彼は昨晩この屋敷に帰ってきてからずっとこんな調子。
突然立ち上がって に出たと思えば辛そうな顔をして空を見上げて、塞ぎ込んだようにため息をつく。
「だって若様がそんなに陰気な感じだと……周りに迷惑でしょう…」
こんなかわいくないことが言いたいんじゃない。
でも、気の利いた…可愛い一言をかけてあげる余裕もない。
「…困るんです!!そんな塞ぎ込まれて迷惑なんです!!人に話すと楽になるっていうじゃないですか!!だから聞いてあげようってわざわざ言ってあげてるんです!!」
…本当に私は可愛げがない。
素直に言えればいいのに―――
思ってることでも何でもいい。正直に言ってほしいのは、貴方を少しでも多く知りたいから
新しいことをどんどん知っても知り尽くせない大きな貴方を、他の誰よりもたくさん知っていたいから
……貴方のその綺麗な瞳に私が映ることはない。
だから…知ることを許してほしいのです。
「…振られたんだ。」
突然ボソっと声がした―――
「…え?」
振られた?若様が?
驚きに思わずそう声を上げると
若の自嘲が聞こえてきた
「…父親のない身分のない娘、ぼろぼろの荒屋に住んでて、顔も知らなくて、知ってるのは声と…声とあと何だろう……よく考えれば俺はあいつのこと、何も知らない。」
几帳一枚隔てた向こうで、彼が声をつまらせた…
「なのに…忘れられなくなった。…名前も身分も隠して…また会う約束をして…会いに行って……本当のことを言ったら…避けられた…」
思わず几帳の裏を覗くと、身の丈6尺にも届きそうな大男が膝を抱えて両膝の間に顔を隠して声を殺して泣いていた。
「…泣くほどのことですか?」
初めて彼の泣く姿を見た私の口から出た言葉はそれだった―――
彼を恋焦がして泣かせるほどの女はこれまでいたことがない。
それにどんなに辛くとも涙ひとつ見せたことがない人だ
それを泣かせるなんて…
―――自分でも、ひどい言葉だと思った。でも知らず知らず言ってしまっていた…嫉妬は人をここまで狂わせるのか。
その言葉を聞いた彼は顔を上げて私の目をみてつぶやく
「…そうだな。」
頬に流れる一筋の涙が光に輝く、思わず自分の頬が熱くなる…
しかし彼はそんな私とは対照的に冷めた目をしていた…
…そしてゆっくりと口を開く
「………お前は親父付きの女房になれ。」
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