ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  残月 作者:たまごやき
[47]


廂にいた俺と柳桜は、夕顔の手によって強制的に別れさせられた。

「姫様はこちらへ。月様は簀子へどうぞ。」

有無を言わせずのその迫力に俺は素直に簀子におりる。


簀子に下りるとまだ冷たい風が吹いていて、俺の衣の袖をさらっては遠くのほうに逃げていった。

目を閉じて耳を澄ませば、ばさばさと翻る袖の音や吹き付ける風の音に隠れて母屋のほうでガタガタと調度を整える音がする。

そして、あれはまだか、これはまだか、と人に命令する夕顔の声が聞こえてくる。


「ほう、この家には夕顔以外に女房がいるのか…」

これはもちろん独り言で、だれに聞かれるでもなく空しく吹き付ける風の中に消えていった…。





…どうやって自分の素性を明かすべきか…

そんなことを考えているうちに、背後のに人の気配を感じた。


柳桜でも夕顔でもない女が俺の背中に声をかける

「支度が整いました…」

「すまない。」

そう振り返り詫びれば、簀子と廂の間にかけられた御簾を俺が通れるように高く捲り上げていた女房は微かに頬を染めた。

「…い、いえ。」



その女房を横目に廂の中に入れば、脇に揃えられた几帳の裏から声が聞こえてきた

「姫様は母屋の中におられます。月様はそちらの円座におかけください。」

この声は間違いなく夕顔、

「失礼する。」

素直にその命令に応じて円座の上に腰をかける


すると御簾の向こう、母屋の中から声が聞こえてきた―――

「…見目麗しい。」

その一言に思わず笑ってしまう。

「ありがとうございます。よく母親に似ているといわれるのです、柳桜の君が私を見目麗しいと言ってくださったのなら母親に感謝せねばなりませんね。」

「…母君に?」

「はい。母を知っている者はみな口を揃えて、“瓜二つだ”と言います。」

よほど似ているのでしょうね。そう笑って言うと、柳桜はうらやましそうにこういった

「そんなに似ているのならば、ぜひ一度月君の母君を見てみたいわ。」

「貴女の夢は何でも叶えて差し上げたいところですが、残念ながら母親は他界しておりまして、その願いは叶えてあげられないのです。」

「お亡くなりにっ…ごめんなさい…わたし気が利かなくて…その…申し訳ないことをしました…」

柳桜がいる母屋から廂は見えるようになっているが、こちらから母屋の様子は見れない。

彼女は俺の顔を見たというのに、俺は彼女の顔を結局一度も拝めていない。

実に不公平で残念だと思うが…なんとなく彼女がいま表情をしているかわかる気がする。

「いえ、母が死んだのは随分と昔の話ですから、お気になさらず。」

「そういってくださると少し気が楽になります…」

「そうですか」


それからしばらく会話が途切れた



が、何かにはっとしたように柳桜が飛び跳ねて聞いてきた

「とても言葉遣いが丁寧なのですね。」

「そうですね…人前ではこのように話せと幼い頃から教育されましたから。」

「幼い頃から…教育ですか?」

「えぇ。」

ようやく柳桜が食いついてきた。これで話がうまく進みそうだ。

と安心したのが顔に出ないように気をつけながら、心のなかでそっと息をついた



「…あの…月君は誰?」

彼女はいきなり核心をついてくる

「私ですか?」

「…はい。言葉遣いも丁寧で、立ち振る舞いも美しくて、まるで公達のような気がしてなりません。」


―――ようやく真実を告げるときが来た。






「あなたに私の隣で貴女の本当の姿で私を幸せにして欲しいといったこと、それに偽りはありません。」

突然変わった話題に柳桜は首を傾げる

「でも、わたしにはその資格がありません。」

「…え?」

「あなたに本当の姿でいて欲しいと言った私が、私でないのです。」

雅季の言ったことに、なおもよくわからないといった表情で柳桜は眉をひそめる。


「あなたが知っている私が、本当の私ではない。 あなたと夕顔を欺いていたこと、本当に申し訳なかったと思っています。」

そういって深々と頭を下げると、頭を上げてくれと焦って言う柳桜の声が静かな母屋に響いた…


「じゃあ…逆に聞いてもいい?」

「なんなりと。」

「まず初めに…あなたは誰?」





「私は、右大臣藤原通雅が嫡子右近衛少将藤原雅季でございます。」

改まってそういえば、周りがざわざわと騒がしくなった。

夕顔を入れて2人…3人だろうか…?
この場には3人の女房がいるらしい。
そして御簾の奥に、姫が一人。



「…少将?」

「はい。右近衛府で少将をしております。」

「……嘘。そんな人が…こんなところにくるはずない!」

その叫び声と同時に衣擦れの音がしたかと思ったら、どたどたと荒い音を立てて彼女は塗籠の中に閉じこもってしまった…


姫の異変に気づいた女房が2人、隠れていた几帳の裏から飛び出て、慌てて彼女の後を追う。







「夕顔、お前はいいのか?」

取り残された俺は、未だ几帳の裏にいる夕顔に問いかけた。

「嫌な予感というものはあたるものですね。」

「お前は驚かないのか?」

「……そんな気がしていたのです。」

「そんな気?」

「えぇ。…これでも昔は高貴な方の邸宅に勤めていたことがありまして、高貴な血を受け継ぐ方々というのは少し違うと存じ上げておりましたので。」


…どこもかしこも血、血、血、血、血、、、


「どうかなさいましたか?」

少し顔をゆがめた雅季に、夕顔は不思議そうな顔で聞く


「どこ行っても血。」

「?」

「血、血、血、血、血、、、どこ行ったって誰が誰の血をひいてるだの何だのって…そんなに血って大事なのか?」

「大事…であって欲しいです。」

「…?」

予想外の返答だった。“あって欲しい”なんて期待の形で返ってくるなんて思ってもなかったんだ



几帳の裏から出てきた夕顔は俺の前に立つ

「あなたのように宮腹様の生き写しのような方には分からぬ苦労があるのですよ。」

……宮腹様?

「…今日はもうお帰りください。」

「え?」

「あとは姫様のお気持ちしだいですから―――」



+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。