[46]
「…無理に笑わなくていい。」
さも可笑しそうに声をあげて笑う彼女の隣りで、俺は静かにそう言った。
すると柳桜はぱたりと笑うのをやめて抑揚のない声で聞いてきた
「…どうして?」
どうしてって…
「…無理して笑ってるのがあからさまだから―――」
じゃないだろう、俺。
「―――じゃなくて、、、じゃなくて…」
言葉の続きを彼女は待っているのに、どういっていいのかわからなかった。
俺は体験経験値は高くとも、恋愛経験値はとてつもなく低いのだとその時ようやく気がついた。
…気持ちをうまく表現できない。
だったら思ってること、心の中にあることをただ素直に伝えればいいんだ…よな?
「…柳桜の役割は俺の隣りで俺を幸せにすることだろ……だから、なんていうか、その、俺は、本当の姿を出して欲しいっていうか…」
こんなに途切れ途切れで、説得力があるのか謎だと自分でも思う。それでも、最後まで伝えなければ…
思ってたって口に出さなければ伝わらないんだから………
「…ありのままのお前じゃなきゃ、俺は幸せになれないんだよ。」
今にも消え入りそうな声でそう言うと、彼女はまた声をあげて笑った。
でも、今度は、幸せそうに、心から笑ってた。
「わたしは貴方に嫌われないように、嫌な暗い女だと思われないように努めたつもりだったんですけど、月君は逆だったのですね。」
「あぁ、猫かぶった人間に囲まれて生きてきたから…」
「猫かぶった人間?」
「…いや、なんでもない。気にしないでくれ。」
庭の片隅、枝だけの桜の木の先に小さな蕾がついているのを見て、もうすぐ春が来るのだと思いだす
そういえば…
「柳桜の諱は春にまつわるものだと言っていたな。」
「はい。」
「約束。」
脈絡もなく俺の口から繰り出された“約束”という単語に、柳桜は首をひねる
「…約束、ですか?」
「柳桜の諱を聞いて、それが相応しいかどうか、俺が決めるといっただろう?」
ようやく思い出したのか、って俺の聞き方が悪かったんだが…
柳桜は、あーそういえば、といって首を縦に振る
「…でも諱ですよ?」
その続きは言わなかったが、諱を教えるほど親しくはないし、、、と続く気がした。
そりゃ確かに、女の持つ本当の名前は結婚相手の男か家族しか知らないくらい大切なものだ。
が、過去に10数名の京の女が俺に諱を告げてきた。もちろん勝手にだが。
まあ柳桜は、お互いに顔も見たことのない人間に簡単に教えるほど軽い女ではないことはすでに理解している。というより、そんなしょうもない女なはずがない。
「じゃあ結婚するって言ったら教えてくれる?」
「っ?! な、何を言ってるんです?!」
俺の衝撃発言に動揺する柳桜の遙か後ろで、夕顔が口を開く
「いいじゃないですか、姫様。 月様ならば、きっと幸せにしてくれますよ。」
…夕顔のその台詞は俺に重くのしかかる。
わかってる、わかってるよ夕顔。柳桜は俺が幸せにする。
夕顔は彼女の中でとても大きな存在らしい。隣りでぶつぶつとお経のようにつぶやいている
「いいのかな…いや、でも、あーっと、でもなぁ、いやいや、んー、でもでも、うーーーん、、、」
そうしてようやく決心がついたのか、彼女が一段と大きく息を吸いこんで、それを吐き出すと同時に俺の名前を呼んだ
「月君っ!!」
「ん?」
「交換条件です、」
「交換条件??」
そうくるとは思ってなかった…思わず言葉の最後のほうが裏返ってしまった…
「はい。私の諱を教える代わりに、月君の名前を教えてください。」
「…わかった、いいだろう。」
「では先に月君から。」
「俺から?!」
「はい。お願いします。」
なんだか、柳桜って本当はかなりのつわものだったり…?
っていうか…名前…
“雅季”だなんて正直に言ったら、すぐ正体がばれる。
「俺の名前は―――」
でも、これ以上柳桜を偽ることはできなかった。
「…悪い、柳桜。話さらなければならないことがある。夕顔、お前にもだ。」
夕顔は俺の背後だし、柳桜の顔は未だに見れていない。
ずっと庭を眺めている俺は彼女たちがどんな顔をしているのかわからなかった。
でも…きっと不審に思って顔を顰めているだろう。
「…名前を言う前に話がしたい。夕顔、母屋の中を整えてくれるか?」
そういうと「かしこまりました」と、声が返ってきた。
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