[4]
親父が勢いよく飛び出して行った御簾の揺れが収まってきたころ
再び御簾がバサバサと揺れて、嗅ぎ慣れた香が部屋に広がった。
…いま一番嗅ぎたくなかった香りかもしれない。
つい声が低くなる
「…お前らドコに隠れてた?」
香の主である女房の上総と乳兄弟の惟充は、悪びれた様子もなく
「簀子のほうで大人しく物見しておりました」
なんてほざいて部屋の中に入ってきた。
「主人の危機に何してんだよ。助けにくるべきなんじゃねえの?特にお前」
そう言って惟光を指差し、わざと「あー痛ぇ痛ぇ」と大声を上げながら親父に殴られた頭を擦って、惟充を睨んだ。
すると上総が口を開く
「大臣様も若様と同じでお優しい方ですから…。惟充殿も私も、私どもがおらずとも大事ないと考えたんですよ」
…は?
「あれのどこが優しいんだよ。しかも、俺は優しくない!」
優しいと言われて頬を赤く染める雅季に2人は、
口に出すとうるさいから黙ってはいたものの…内心“かわいい方だ”とくすりと笑った。
桜の花もまだ蕾の、ひんやりと冷える春と呼べぬ春。
主人を気遣って惟充は格子を閉じ始めた
「そんな全力で否定なさらずとも、若はとても優しいです。ねぇ、上総殿?」
惟充に問われて、几帳の位置を変えていた上総も答えた
「えぇ、お優しいです。今朝もそうでした。今朝、新参の小萩にあのように冷たく当たられたのは“彼女のため”ですものね」
そう言われて雅季は全力で否定する
「彼女のためじゃない。自分のためだ。俺は女に恋されるのが嫌なだけだ。」
そんな台詞に惟充はさっきとは打って変わって少しキレ気味だ
「“恋されるのが嫌なだけ”とか、さすがに現存する光源氏と言われる京一番の色男は違いますね!」
俺に背を向けて座った惟充に隠れてそっと上総が耳打ちをした
「先日、惟充殿は意中の姫に歌を送ったまま返歌がこないんですよ。噂によるとその姫は…若様に恋をしてらっしゃるとかで…」
困ったように眉をひそめる上総と、彼女が恋している乳兄弟に俺は苦笑して
少し遠くに座る彼に聞こえるように大きな声で言った
「人を恋しく思うと、女は泣くだろ?俺は泣かれるのに弱いんだ。どっかの貴族の姫君なら御簾の奥でそうそう泣き顔も見えないけど、女房だとそういうわけにもいかないし―――」
惟充の意中の女房には手を出さないという意を込めていったんだが…きちんと伝わっただろうか?
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