[39]いざ尋常に九条!
「若様、車でなくていいのですか?」
一条の四季殿、西対で狩衣を手にしながら上総が心配そうな声をあげる
「あぁ。」
指貫を履きながらそう答えると上総はため息をつく
「無茶だけはしないでくださいね。」
「分かってる分かってる。」
「そんな返事の仕方だと説得力ありません!」
「はいはい。すいませんでした。」
―――宴があった翌日の晩は宿直、そして宿直を終えた次の夜は九条。
我ながら充実していると思う。
柳桜から伝えられたことは“針小路と万里小路の交差で待っている”
上総からは車に乗っていけと言われたが…一条から九条まで行くのに、足が付きすぎる。
「白虎の用意、出来てる?」
「えぇ、もちろん出来てますよ。」
さすが上総。仕事が早い。
車でなければ馬しかない。ってことで…右大臣家一番の早馬、白虎の用意を頼んでおいた。
指貫を履き終えた俺に上総は狩衣を手渡しながら眉をひそめる
「若様、白虎は今日一段と機嫌が良いようですが…大丈夫ですか?」
「また何かしでかしたの?」
「白虎に蹴飛ばされた者が一人、たんこぶを作って脳震盪で倒れました。」
「上等、上等。そんくらいのほうが乗りこなし甲斐があるよ。」
白虎は我が家で一番…下手したら京で足が速いかもしれない…まあ、そんなわけで色んな人が乗りたがる。が、気性も一段と荒いので乗りこなせる人間は今のところ俺だけ。
「それじゃ、行ってくるから。」
狩衣をまとい、立烏帽子をかぶると、雅季は西対をあとにする。
白虎は東門の外にいた。
門の外で轡を握っている小舎人童が白虎の力で吹き飛ばされそうになっている。
暴れる馬の頭をポンポンと撫でるとすぐに大人しくなった…が、その目はとても反抗的だ。
「…相変わらず目つき悪いな。」
思わずそうもらすと、人の言葉など分かるわけないはずなのに、白虎はさらに不機嫌そうに荒い鼻息をだした。
俺はそれをさらに鼻で笑って、鐙に足をかけて飛び乗る。そして小舎人童に一言声をかけて、南へ馬を走らせた。
白虎は風を切るように東京極大路を駆け抜ける
「気持ち良いか?」
心地よい一定のリズムで蹄を鳴らす白虎に声をかけると、
『フンッ』
そう彼は鼻で笑った。
針小路と万里小路の交差するところを目指して、走る。
親父に言われたのか、さっきまで家から一人の家臣が俺を尾行していたが、さすがに白虎の足にはかなわなかったらしい。
気づいたら、俺を追いかけていた馬の蹄の音は聞こえなくなっていた。
「悪いな白虎、少し静かに…」
針小路に入って白虎の速さを抑えた。先程まで激しく鋭い音を立てていた白虎の蹄からは、パカパカと軽い音がする。
碁盤目状の京の都の一番東にある道が東京極大路。その西隣が富小路で、またその隣にあるのが万里小路。
針小路は、京の一番南にある九条大路から3本北にある路。
いわば…京の外れ…。
ふとパカパカと軽やかな音を立てていた白虎が足を止めた
「おい…白虎?」
そう問いかけても、白虎は一点を見つけたまま動かない。
俺は暗い夜の闇に目を凝らす…。
すると遠く、市女笠をかぶった女が見える。市女笠から垂れている垂衣が風になびいてふわふわと揺れていた。
…柳桜か?…いや、柳桜しかいない。こんな時間に外に立っている女なんて、柳桜しかいない。
渋る白虎を叩いて、無理やり市女笠の女の所まで走らせると、馬の蹄の音に驚いたのか垂衣が大げさに揺れる
「柳桜の君」
垂衣の中の人に期待している言葉はひとつ『月君。』そう綺麗な声で呼んでくれれば良い。
そう思ったのに…垂衣の中からは予想に反した太い声が聞こえてきた
「お待ちしておりました。月君でございますね?」
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