[2]若様はバカ様
「若様、出仕なさらないでよろしいのですか?」
少し小ぶりの目が簀子にだらしなく寝転ぶ公達をにらむ。
庭の方を見ていた公達は大きなため息をついてから上半身を起こして隣に立つ女房を睨んで、低く唸った
「眠いし…だるいし…めんどくさいし」
その言葉を聞いた女房の手がふるふると震え始めた。もちろん寒さのせいではない、目の前のだらけた公達のせいだ。
公達はその女房をさらに逆撫でるように続ける
「正直、内裏とか行く必要ないと思うよ。」
その一言は案の定、女房の堪忍袋の緒を切って…
「若様っ!帝に仕える身でありながらその態度は何なんですかっ?!」
京の都の一等地―――一条に建てられた大きな屋敷に怒声が響いた
その声で、公達の乳兄弟が慌てて駆けつけてくる
「女房殿、落ち着いてくださいっ!」
見るからに弱そうなその男が、これほどの怒声を響かせるほどの豪快な女に勝てるはずもなく…
…乳兄弟は公達に目で必死に助けを求めてみる。
公達はそれに気づいたのか…気づいていないのか、
立ち上がって一度大きなあくびをした後、長い指で喚く女房の唇をそっと押さえて
彼女の耳元でそっと呟く
「今夜もお呼ばれしちゃって寝れそうにないんだよね…頼むよ。夜まで寝かせてくれない?」
「んっ…」
息がかかるほど近くで囁かれた彼女は頬を赤く染めて、放心状態だ。
その女房を尻目に、公達は乳兄弟を睨みつけて
御簾の中消えていった―――
一騒ぎあった朝から、日は傾き、外は紅色に染まっている。
公達は、屋敷の対屋に篭り一人の女房と向き合って唐菓子を食べていた
「雅季様、新参女房の小萩が失礼をはたらいたとか。申し訳ありません。」
雅季と呼ばれた公達は、どこか不満そうな顔で唐菓子をほおばる
「いや………別に。」
その様子に女房は微笑む
「雅季様は本当にお優しい方ですね。」
「そうじゃないっ俺が後々苦労するからだっ!!」
雅季と赤く頬を染めながら怒る彼に、女房は一言告げて席をたつ
「…酒をとってきます」
と言ったのはもちろん嘘で、彼があまりにも可愛かったので笑いを耐え切れず飛び出したのだ
「おや上総殿…なんだかとても楽しそうですね」
寝殿をでてすぐに一人の男が声をかけてきた。
雅季の乳兄弟、惟充だ。
「ええ、雅季様がとても可愛いので…つい。」
「もしや朝の小萩殿とのことですか?」
「はい、それです、それ。」
堪えきれず上総がクスクスと笑いだしたのを見て、主を不憫に思った惟充が昼間の言い訳をし始める
「あれはですね、小萩殿が今日の若様の日程を忘れてしまって…若は今日は参内の予定がないのにですね…」
「惟充殿、それは違いますよ。小萩には今日の若の日程を告げていなかったのです。」
「……へ?」
「彼女はそもそも北の方付きの女房として雇われたので」
北の方とはこの屋敷の主である右大臣の妻のことである。
右大臣家の嫡子である雅季からすると母親ということになるが…血のつながりはない。いわゆる継母というわけだ。
「…それではなぜ小萩殿は…この若様の部屋である西対に…?」
「あの方は、現存する光源氏とも謳われる京一番の公達ですからね」
「まさか…興味本位で北対から西対に行ったとでも?」
「興味本位ではなく…小萩が若様に恋でもしていたのではないでしょうかね。」
よくある話だ。牛車に乗って出かけていた時、どこかの寺に参拝した時、内裏に参内した時、たまたまそこに彼がいただけで…ひとめ見ただけで彼の虜になる。
…私の主である若様はそういう魅力を持った人なのだ。
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