[19]宴と春の色目
西対を出て、東中門に向かおうとする上総の背中を見送ってから、雅季はため息をついた
「…クソジジイ。」
檜扇を広げて機嫌の悪さを隠そうとする俺のもとに、空気の読めない阿呆な女房がやってきた
「若様、寝殿に行かれなくてよいのですか?」
「…皆、下がっていい。誰かに俺がどこにいるか聞かれたら寝殿だと答えてくれ。」
そう言うと、西対にいた5人ほどの女房がばつが悪そうな顔できょろきょろと顔をあわせる。
そしてそのうちの1人が気まずそうに口を開いた
「雅季様が逃げぬように見ていて欲しいと…大臣様に…」
…またジジイか。
「心配しなくても俺は逃げないよ。ただ姫君の本当の姿が知りたいんだ。だからここに隠れて見てる。父上に呼ばれたら必ず出るから。」
「で、でも…」
女房が渋る気持ちもよく分かる。都人にとって帝という存在が絶対なのと同じように、一条の四季殿の使いの者たちは親父が絶対なんだ。
だが、俺はその生活の中で、四季殿の中で親父に勝つすべを見出した。
北の方にも、妹にも、弟にも真似できない。実母から貰ったこの容姿を行使して…
「俺は絶対に逃げないよ。約束する。絶対に、逃げない。」
…これで何人落としてきただろう。笑えるくらいに、上総以外は全員イチコロだったな。
そして案の定ここでもイチコロ。
女房が次々と対屋から出て行った。
「…女の本性を見るのも大事だけど、いま親父の顔見たら間違いなく殴っちまいそうだからな。」
自分に苦笑しつつ、気持ち悪いくらいたくさん用意された几帳を少し拝借して、高さのある屏風と一緒に褥の周りに置く。
「大丈夫だな。」
ガッチリしすぎかと思ったけど、周りにたくさんの几帳がおかれているせいで、不自然さが消えて助かった…それに御簾も下げてある。
その時、ふと長袴が擦れる音が聞こえてきた。耳を澄ますと、話し声も聞こえる。
「こちらの女房に少将様の居場所を聞けば寝殿にいるとか。姫様よかったですね、宮にグチグチ言われなくて済みますよ。」
「家に帰るくらいなら…このまま消えてしまいたいわ。」
そしてその声は徐徐に大きくなっていき御簾に影が映った。俺はその2つの影に気づかれないように、静かに褥に座る。
「夕顔もそう思わない?」
「そんな…姫様………悲しいことをお考えにならないでください。」
な、なんだか凄く暗い姫だ。
でも、御簾に映った影の立ち振る舞いが美しかった。褥に座ったことで、自分の周りの几帳が邪魔でもう見えなくなってしまったけど…。
そして声も…透き通っていて、しっとりと心に響く。
「姫様、こちらに座ってください。」
「えぇ。」
俺がここにいるとは毛頭おもっていない彼女たちは話し始めた
「それにしても立派なお屋敷ですね…」
「そうね。東中門から寝殿を通ってこちらまで来たけど…本当に、裕福なのね。」
「二位ともなると何もかもが違うんですね。って…姫様?いかがなさいました?」
「…渋くて、でもどこか優しい…香りがするの。」
そう言われて思わず自分の体を固めてしまった。香の香りを隠すことまで脳が回らなかった…バレる!
俺を助けてくれたのは、彼女付きの女房だった
「こちらの対屋は、“わがままなことに”全て近衛少将が使っていると聞きました。きっと残り香でしょう。」
助けてくれたのは嬉しいが…一言多い。
「…そうなの…こちらは少将様のお部屋なのね。いい香りだわ。…きっと噂に聞く通りの素敵な方なんでしょうね。」
「ひ、姫様?」
「ふふっ冗談よ。冗談。」
すると、次の姫がやって来た。寝殿からも結構な笑い声が聞こえてくるから、恐らく寝殿からあぶれたくちだろう。
「私は、姫様が寝殿ではなく対屋だなんて納得いきません。帰りましょう。」
「そう?私はこういうのもたまにはいいと思うわ。せっかく宴に呼んでいただいたんだもの、楽しみましょう?ね?」
どうも今度の姫は楽天的らしい。
「楽しむって…ご自分の立場を分かっておいでですか?!」
「えぇ。心配しなくても大丈夫よ。私なんて少将様は気にもとめないわよ。」
そう言いきると、すたすたと歩いて腰を下ろした。
そして彼女の女房も大きなため息をついて、彼女のそばに腰を下ろした。
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