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異世界に来たけど戦いません。 作者:カッパ永久寺

真・北の荒城編

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28.生命(レーベン)の魔女との戦い 其の参

 ユーカがツルの拘束から解放された。
「見たかぁ! 私の底力ぁ!」
「そ、そんなぁ……。私の木ちゃんは、ツルちゃんは、そんなにヤワな子じゃないのにぃ」
 テラスさんはいつもの口調のまま、少し慌てた様子になっていた。
「テラスさん、あいつの力を嘗めちゃこまりますよ。あいつには、どんな縛りも効きませんからね」
「でもぉ、いくら拘束を解けたからってぇ、私の木ちゃんにはかなわないのよぉ。やっておやりなさぁい、木ちゃん、ツルちゃん!」
 テラスさんがそう言うと、木とツルがユーカを捕縛しに近づいてくる。
「ぎゃああああ! 先輩!」
「ユーカ、上だ!」俺は叫び、指示を与える。
「う、上ですか!」
「そうだ。ずっと上だ。この部屋の天井あたりまで、ずっと登っていくんだ。壁を伝って、やもりのように登っていけ!」
「や、やもりのようにー! わっかりましたぁ!」
 そういうと、ユーカは迫ってくるツルに向かって――直進した。
 ツルはもじゃもじゃとユーカを捕縛しようと近づいたが、
「とやっ!」
 ユーカを捕縛しようとする寸前、ユーカは高くジャンプしてそれを飛び越える。
 そしてテラスさんが育て上げた木を足場にして、その頂上まで上り詰める。木の頂上はちょうど部屋の天井と床の間の位置ぐらいまで伸びていた。
 ユーカはそこから、テントウムシのように飛ぶ――いや、跳んだ。
 正面の壁に向かって。
「やっ!」
 それは普通の人間ならばありえない出来事だろう。
 ユーカは部屋の石造りの壁に向かって飛びつくと、そこに、まさしくヤモリのようにへばりついた。
 ヤモリは極細の、分子レベルに細かい毛と壁が絡み付くと言う、ファンデルワールス力を使って壁に張り付くものだが、ユーカはどんな力で壁に張り付いているのか……一言で言うなら根性なのだが。
 そんないつも通りに人間離れした力でユーカは壁を登っていく。
「わわぁ! すごいわぁ。ほんとうにヤモリのように壁を登っているわぁ」
 敵のテラスさんでさえも感心してしまうユーカの底力。テラスさんは手を叩いている。
「でもぉ、私も負けていられないわぁ。木ちゃん、剣士ちゃんをほふってやりなさぁい」
 テラスさんの育て上げた木から枝が、ツルがにょきにょきと生えていく。それは明らかにユーカに向かって伸びて行っている。ツルが壁にへばりつき、上へと登って成長し続けている。
「わわわぁ! 先輩このままじゃあ私足を掴まれちゃいますよぉ!」
「いいからユーカ登るんだ。天井まで突き進むんだ」
「無駄だわぁ。たとえ天井まで登っても、あなたたちは詰みだわぁ。私の木ちゃんはどこまでもどこまでも成長するものぉ」
 ユーカは上へと登り続ける。木はそれを追うように成長していく。
 まるでアキレスと亀のようなそんな奇妙な追いかけっこはしばらく続いたが、ユーカはついに天井まで壁を上り詰める。
「先輩! 天井に上り詰めましたけどどうしたらいいんですか!」
「そこでじっとしていろ」
「じ、じっとって! それじゃあ私またツルに巻かれちゃいますよ! もうあんなのイヤですよぉー!」
 ユーカが天井から大音声で叫ぶ。スピーカーの声のように拡声される。
「これで剣士ちゃんもおしまいねぇ。さぁ木ちゃん、やっておやりなさぁい」
 テラスさんの声のあと、木のツルがユーカに伸びていく――
 と思われたが。
「あ、あれぇ? どぉいうことなのぉ?」
 木のツルが成長をやめた。
 木もツルも、天井の数メートル手前の位置でぴったりと成長をやめた。にょろにょろとツルを動かしているが、そこから先には伸びて行かない。
「テラスさん、ご覧のとおり、木は成長をやめましたね。これでユーカを捕縛することはできませんね」
「ど、どうしてなのぉ? 私の木はぁ、どうなっちゃったのぉ?」
「テラスさん、生命レーベンの魔女のあなたなら熟知しているでしょうが、植物というのは水がないと成長しませんよねぇ」
「そ、そうよぉ。この私の木はぁ、魔法であたりの水蒸気を根っこに送るよぉになっているんだけどぉ……」
「つまり普通の植物と変わらない成長をしていたんですね。じゃあ、木がこうなってしまうのも無理はないか」
「ど、どういうことなのぉ? あなたは、こうなってしまったことの理由がわかっているの?」
「ええ。いわゆるトリチェリーの真空の話ですよ」
「とりちぇりー?」
「水っていうのは大気圧の関係上、ある一定の高さまでしか吸い上げることができないんですよ。およそ10メートル……この世界の長さの単位でなんというか分かりませんが、とにかく――植物が水を吸い上げられる位置は、ちょうどあの位置までなんですよ」
 俺は指を差す。そこはちょうどテラスさんの木の生長の止まったところだ。
「水を吸い上げられる限界の位置がそこまでだから、そこまでしか成長できなかったというわけですよ。もっとも、浸透圧とか毛細管作用とか利用すれば、それ以上の高さまで水を吸い上げることができますけど、どうやらあの木は、まだそのすべを知らないようですね」
 木の成長は止まった。ユーカがもはや囚われる心配はない。
 テラスさんは成長の止まった木とユーカを交互に眺めている。そうやって上の方に目を向けている隙に、俺はゆっくりと木の根元へと移動する。
 あとはトドメを刺すだけだ。
 俺は道具袋から一つの袋を取り出した。その中身を、木の根っこにぶちまける。
「あ、ああっ!」
 テラスさんは袋から零れ落ちるそれの音に気付いてかこちらへ顔を向けた。テラスさんも事の重大さを察したのだろう。
 俺のぶちまけた袋のなかにあったのは――食塩だ。
「植物にとって塩は害となるものです。いわゆる『塩害』というやつですね。植物は水がなければ枯れてしまう。塩を与えて、浸透圧で水分を吸い取ってやれば、植物は枯れてしまうんですよ」
「か、枯れるですってぇ」
「そうです。あなたの木は成長をやめて、そして枯れ落ちるんです」
 俺の言葉通り、テラスさんの育てた木はしおしおと枯れていった。その枯れる速度も、早送りのような速いスピードだった。
 なんにせよ、これで俺たちの脅威となった“木”は枯れてなくなってしまったというわけだ。
「ああっ!」
 テラスさんは枯れ落ちた木を大事に抱えていた。
「テラスさん、あなたは確かにスパイだった。でも、俺はあなたに感謝していますよ。あなたは、仮にも俺たちをここまで誘導してくれたんです。そのお礼も兼ねるため、俺たちは何としてでも魔王復活を阻止してやります。まぁ、無事に阻止できたなら、ルビーのほうはよろしくお願いしますね」
 俺がそう言うと、ゆっくりとテラスさんがこちらを向く。
「それは、私に対する皮肉なのぉ?」
「皮肉じゃないですよ。俺はただ本心からそう言っているだけで……」
 そういうと、とつぜんテラスさんがその場からすくっと立ち上がった。
 そしてなぜか、満面の笑みを浮かべた。
「うふふふふぅー」
「わっ」
 テラスさんが俺に抱き着いてきた。
 それは予想だにしなかった出来事だ。これは攻撃と見るべきか、愛情表現と見るべきか……。
「せ、先輩! 私を差し置いて一体何を――!」
 ユーカが高い所から叫んでいるが、今はそれどころではない。なにか柔らかいものが俺を埋め尽くそうとしているが……
「少年くん、あなたなら、やってくれると信じていたわぁ」
「ええと……」さっぱり状況が呑み込めず混乱する。
「うふふ、やっぱり少年くんは男の子だから、私のことをすべて見透かしていたというわけじゃないみたいねぇ」
「ええと……。だから一体何なんでしょうか」
「私がスパイだったっていうのわぁ……ウソなのよぉ」
「えっ……」
「たしかに私は十人十色の魔女デカラフルウィッチの一人、生命レーベンの魔女で、そして一応サバト会に入っているけどぉ、じつはサバトちゃんのやり方には反対なのよねぇ」
「じゃあ……さっきまでサバト会の会員として俺たちを足止めしていたのは……」
「それはあなたたちが、どれほどの力を持っているのか、確かめたかっただけなのよ。もし、私に敵わなかったのなら、きっとあなたたちはサバトちゃんに敵わないでしょう。でも、あなたたちは生命レーベンの魔女である私に勝利した。あなたたちの力はホンモノだって身を持って分かったわぁ」
 じゃあつまり、ここでの戦いはただの茶番劇だったのか……。
 いや、茶番劇というより試練だったのだろう。テラスさんは俺たちの実力を測るため、わざと『サバト会の会員』としてふるまっていたんだろう。そして、そのテラスさんに俺たちは勝ったのだ。
「せんぱーい!」
 そこにユーカが現れる。
「おうユーカ、今回も頑張ってくれたな」
「いえーい先輩! って、先輩! なにテラスさんと仲良くお話しているんですか! テラスさんはサバト会の会員だったんでしょう!」
「いや、たしかに会員みたいだが、別にテラスさんはサバトの魔王復活に賛同していないんだ。俺たちにたちはばかったのは、ただ俺たちの実力を見たかっただけみたいなんだよ」
「そ、そーだったんですか! やっぱりテラスさんはいい人だったんですねぇ!」
「ふふぅ、私は、そんなにいい人じゃあないわぁ。なにせ私は魔女、そして私は非力なの。私は、何度もサバトちゃんを説得しようとしたけれど、サバトちゃんは耳を貸さなかったの。だから、どうか剣士ちゃん、少年くん、二人がサバトちゃんを助けてあげてね。私にはどうすることもできなかったけど、あなたたちならなんとかできると思うわぁ」
 テラスさんはそう朗らかに言った。髪をふわりとなびかせてほほえみを浮かべている。
「テラスさん! 私たちがサバトを止めてやって魔王復活を阻止してやります! だからしばらくお待ちくださいです!」
 ユーカが力強く言った。
「テラスさん、あなたの友達のサバトを連れ戻してやります。そして、見事サバトを改心させ連れてきたあかつきにはルビーを……」
「先輩はまだそんなこと言ってるんですか!」
 ユーカが突っ込みを入れる。
「二人とも気を付けてねぇ。サバトちゃんは私以上の強さを持っているのよぉ。最強の魔女とうたわれている魔女だから、覚悟しておきなさぁいねぇ」
「覚悟ならできてますよ!」
「ああ。俺たちは前に進むのみだ」
 俺とユーカ二人、決意を固め言った。
「そぉ、なら、頑張っていきなさぁい」
 テラスさんに背中を押されて俺たちは進む。
「私は、自分の家で、サバトちゃんの帰りを待っておくわ。それと、あなたたちの帰りも待っておくから、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
 階段を駆け上る。ついに次の階は『魔王の祭壇』だ。
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