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5.街へと向かう冒険者

「うぅ……。制服がこんなにぼろぼろのびしゃびしゃにぃ……。先輩どうしよう……」

 ユーカはこじきみたいな服装になっていた。とても花も恥じらう女子高生の恰好じゃない。こいつには剣道着か柔道着がよく似合うが。

「おぉ、魔物様、どうしましたか」

「おうおじいさん! ちょっとお願いがあるんじゃーが」


 というわけでユーカはコスチュームチェンジした。

「すいません、こんな服しかなくて……」

「うーむ、いかにもふぁんたじーのイナカモンの服ですが……」

 茶色っぽい民族衣装的な服を着ているユーカ。ビミョーに似合ってる感じがしないでもない。

「まぁ背に腹は代えられませんから我慢しますけどねぇ」

 そう言ってテーブルに着くユーカ。テーブルにはすでに夕食が並んでいる。

 パンとシチューとチーズ言ったこれまた田舎風の料理。シチューとチーズはヤギの乳から作られたものみたいだ。

「さぁとにかくいただきましょう先輩!」

「ど、どうぞお召し上がりください魔物様とそのお連れ様」俺はどうやら魔族様のお連れ様みたいだ。

「じゃあいただきます」

「うぉ! ンまぁ~い! なかなかいけるじゃないかい! このシチューのとろけ具合と言ったら! 格別!」

 夕食をべた褒めするユーカをわき目に俺も並べられた料理をいただくことに。

 うん、これは。

 まるで“つくりもののように”うまい。

 やっぱりこの“アナザー”の世界は“造られた世界”なんだ。

 田舎の飯がこんなにうまいわけがない。そもそもくさくて飲めなくて日本じゃあまりお店にも並んでいないヤギの乳のシチューやチーズなんかうまいわけがないんだ。パンだって日本人には絶対合わないだろう。日本人が食べているパンは日本人が日本人のために作ったパンだ。そこそこ舌の肥えた日本人にゃ、そんな昔ながらのヨーロピアンなパンを食べたっておいしいと思うまい。

 ちょっと私見も入ったかもしれないが、しかしほかにもこの世界が作り物である理由を上げればたくさんある。

 まずこの展開だ。おじいさんと出会ってすぐに見計らったようにゴブリンが登場。なんかだれか脚本とか書いてないか。それともこれはイベントフラグというやつか。そうなのだ。どうにもおかしいんだ。なんで偶然にもゴブリンが5体もやってくるんだ。

 あのあたりの平原にはゴブリンの気配がさっぱりなかったのに。

 そしておじいさん。ゴブリンにあんなにビビってたけどそんなビビッていままでどうやってゴブリンと向き合ってきたんだい。出会った最初にスライムをやっつけてた気迫は何処に行ったんだ。

 それとスライム倒したナイフぐらい俺たちに渡してくれたってよかったんじゃないか? なんでウケ狙いで『エノキの棒』なんてふざけた名前の武器を渡したんだ。やっぱり脚本だれか書いてんのか?

 それとだな。

 俺たちがぶっ倒したゴブリンたちが……俺たちが戻ってくると、なんか消滅していた。

 都合よく。まるでスタッフが片づけたみたいに。

 なんなんだこのご都合主義世界は。

 まさか……この世界は誰かに描かれている『小説』だとか言うのか!

 うーん。さすがにそれはないか。さすがになぁ。

 んじゃ一体……。

「うぉおおお! 先輩のパンももらっちゃうぞぉ!」

 ユーカははしゃいでいる。こいつはいつでも能天気だな。


「おじいさん」

 葡萄酒を鍋で温めているおじいさんの背後から声をかける。今は夜。この世界観からして子供は早く寝ないといけないのかもしれないけど。

「おう、何か御用ですか」

「実は本を貸していただきたいのですが」

「おう、本かね。どんな本かね」

「この世界にある本なら何でもいいんですが」

「ほう、なんでもいいと。私の持っている本はこの本棚の中にある本がすべてじゃが」

「じゃあ今日じゅうに全部読みますんで」

「え? 全部ってこの本棚のを全部ですか……」

「ええ。時は金なりですから」


 俺はろうそくの明かりを頼りに本を読む。明かりが小さく読みにくい。

とにかく本を読もう。もちろん速読で。1冊20分で読んでいく。書いてある文字はラテン語……ではなくただの英語だった。トーイック900点以上の俺には英語は普通に読める。

 あらゆる本を読んだ。この世界の地理の本、この世界の宗教の本……どうやらこの世界の主な宗教はタートルネック教という亀を崇拝する宗教だそうで、あとそのタートルネック教の神話とか(世界は亀の上にある? インドの世界観?)、あとべたべたな英雄譚(ジークフリートの話みたいだった)、お料理の本、漫画みたいな本、辞書、字書、あと図鑑、植物図鑑、そして魔物図鑑……魔物図鑑にはユーカの姿はなかった。

「ふわぁああああー」

 さすがに徹夜しすぎたか。よし2時間半だけ寝よう。

 あった本は全部脳に吸収した。


 俺は目覚めた。

 いつものように6時に。部屋の中の時計の針は6時を指していた。

 俺は持ってきていた身だしなみ道具と、おじいさんの家の洗面台を使って身支度をする。

 そういえば風呂に入っていない。この世界で風呂に入る必要はあるのか。ものを食う必要はあるのか。生きる必要はあるのか。

 この作り物……と思われる世界で。

 ユーカの方は水浴びぐらいはしたのだろうか。疲れてすぐに眠ったのか。

 おじいさんは俺より先に眠っていた。風呂に入らず。というか風呂という概念がないんだろうかな。この世界では。少なくともイナカモンには。

 郷に入れば郷に従え。

 異世界に居れば異世界に従えと。

「おーい、ユーカ」

「ん……。せんぱぁ~い、やめてくださいよ~」

 なぜかユーカは俺の夢を見ているみたいだ。夢の中で俺にいったい何をしているんだ。

「起きろユーカ」

 ユーカの鼻をつまんでやる。

「んー。これは潜水大会! なにがなんでも一位になって優勝商品のナマコ一年分を……」

 1分経過。鼻をつまんで口もつまんでも未だ起きない。こいついつまで息持つかな。そもそもどうやったら死ぬかな。

 そうだ、こいつを起こすたった一つの方法があったんだ。

 俺はユーカの顔に近づく。子供っぽいその顔の上から――俺は声をかける。

「早く起きろユーカ。起きないなら鼻にハムスターを」

「ぎゃあハムスターはやめてぇー!」

 ユーカはぎゃあぎゃあ叫びながらばたりと上体を起こして起きる。

 どういうトラウマがあったか知らないが、ユーカはハムスターが大の苦手である。ほかの動物は大丈夫なのになぜかハムスターだけだめだ。まぁ、どんなものにも弱点があるということだろう。

 俺の弱点は、秘密だ。


「あっさごはーんだ!」

 ユーカは上機嫌。まぁいつものことなんだが。

 対する俺は少し寝不足で疲れている。朝食のサラダをいただく。イナカモンの癖してそこそこボリュームのある料理を作ってるのはやはり作り物の世界だからなのか。まぁ今は考えないでおこう。

「ユーカ、飯を食ったら俺たちはここを出るぞ」

「え、ここを出るんですかー」

「そうだ。俺たちにはやるべきことがあるからな」

「やるべきこと? まさか魔王を退治するための冒険とか!」

 すっかりこの“アナザー”の世界の瘴気にあてられているみたいだ。

「ユーカ、俺はとりあえず街に行こうと思う。そしてそこでこの世界からの脱出方法を調べようと思うんだ」

「この世界からの脱出ほーほー?」

「俺たちはこの世界から出ないといけない。俺たちのいた世界の家族とかが心配しているだろうしな」

「家族って先輩は……」

「俺は元の世界で成功者にならないといけない。そういう使命があるんだよ。お前だって元の世界でやり残してることとかあるんじゃないのか?」

「んー。私は先輩と居られたらそれでいいかなーなんて。あっ、そ、その別に先輩が好きとかそう言うのじゃなくてあのトマル先輩を護れるのは私しかいないからなーと思ってでしてべ、べつにそのー」

「ほう、お前はこの世界に居てもいいと。お前らしくない返答だな。お前は剣道の全国大会とか出たかったんじゃないのか」

「いやいやだって先輩、この世界にだって『剣の大会』ぐらいはあると思うんですね。なにせファンタジーの世界なんですから。だったらこの世界に居ても何ら問題ないかと思いまして」

「ほほう、なるほどな。たしかに元の世界でなくとも『剣の達人』にはなれるかもしれんし、そう考えると俺の成功者の夢もこっちで叶えてもいいんじゃ……」

 そう、ふと思ったが。しかし俺は首を横に振った。

「だめだユーカ。元の世界でしかできないこともある」

「え、なんですか?」

「俺の両親の墓参りだ」

「あ…………」

「俺の両親は死んだから元の世界にはいない。でも、俺の両親の墓は元の世界にあるんだ。父さんと母さんの墓前で立派になったことを報告する前に死んだら……。元も子もないからな」

「先輩……」

 成功者になる。それは死んだ両親の無念を晴らすための俺の生きがいなんだ。俺の使命なんだ。

 だから俺は……必死にここまで頑張ってきたんだ。

「というわけで俺は元の世界の戻り方を研究するが、お前はどうするんだ?」

「そーですね」

「別にお前の護衛はいらないからお前は好きにしろ。というかうるさいからどっかいっとけ」

「なぁ! 先輩! 酷いこと言わないでくださいよ!」

 ユーカは赤くなったり怒ったりでなんか忙しそう。

「せ、先輩はやっぱりそーゆー人なんですから。このツンデレ先輩っ!」

「え?」

「私のこと邪険にしつつ実は必要としているんでしょう!」

「いやそんなつもりは毛頭ない。というか不必要。というか邪魔……」

「もー照れちゃってぇ! 安心してくださいよ先輩! 私は先輩のためならたとえ火の中水の中! ライオンが相手だろうが恐竜が相手だろうがサイヤ人が相手だろうが先輩をお守りしてやりますよ!」

「えーと、ユーカ。別に俺は」

「さぁ先輩! この世界を駆け巡りましょう! そして元の世界へ帰るんです! さぁレッツゴー!」

「ちょユーカお前……」

 ユーカは自由気ままに俺の手を取り小屋を出ていく。

「あ! 魔物様突然どちらへ向かわれるんですか!」

「もうイナカ暮らしは飽きたから帰りまーす!」

「ええっ!」驚くおじいさん。

「先輩! この世界からの脱出方法を調べるため街に向かうんでしたねー」

「ああ。そうだが。街はここから北にずっと行ったところにある」

 この世界の地理はあらかた頭脳に収めている。方位磁石はユーカの持っていたマグネット付きの奇妙なポーズを取るネコのストラップを代用すれば間に合うだろう。

「じゃあバイビーおじいさん! ごはんおいしかったよー!」ユーカは扉に手をかける。

「まってください魔物様ぁー!」

 俺たちは川のそばの小屋を後にする。

 そして始まる、俺たちの冒険。

 作られたこの世界での、茶番劇な冒険が……。

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