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異世界に来たけど戦いません。 作者:カッパ永久寺

真・北の荒城編

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1.リメンバーパイドパイパー

 あの例のプルーのガイコツ屋敷の隣、墓石が広大に広がる墓地の丘にて俺たちは朝日を眺めていた。
 俺はユーカに話してやらねばならない。俺が受けた、あの凄惨な事件のことを。
「ちょうどいい機会だから、あの事件のことを話してやる。あの『笛吹き男事件【パイドパイパー】』のことをな」
 朝日はすでに山際を越えていた。
 ユーカはゆっくりとこちらを振り返る。そしていつものとぼけた顔を浮かべている。
 あのコロビの笑顔とはまったく似つかないものだが、時折りユーカの顔を見るとコロビのことを思い出してしまう。性格も表情もまるっきり違うのだが、どこかコロビの面影と重なるような気がする。
「ぱいど、ぱいぱー……って、ええと……なんだか、そんな言葉を聞いたことがあるようなないような」
「笛吹き男、ハーメルンの笛吹き男って話があるだろう。笛吹き男が笛を吹いて子供たちを連れ去っていく話だが……俺はその伝承に沿うようにして誘拐されたんだよ」
「誘拐って、やっぱりあの事件のことですか。先輩が小学6年生で、私が5年生だったときの」
「さすがのお前も覚えていたか」俺はつぶやく。
「わ、忘れるわけないじゃないですか先輩! 私、先輩を助けるために海を泳いで渡ろうとしていたんですよ!」
「そういえばそうだったな。お前にも、散々迷惑をかけたな」
「迷惑って……。私は、あのときすごく心配したんですよ! 先輩が一生帰ってこないかと思ったんですから!」
「俺ももしかしたら、運が悪かったら一生帰って来れなかったかもしれない。でも俺は生き延びた。でも、俺ともう二人の生存者以外は……7人の天才は殺されてしまった。俺はその7人のおかげで生き延びた……ようなもんなんだよ」
「7人の天才? 先輩は、あの島で一体何を……」
 それはユーカが一度だけ尋ねたことがある質問だ。俺はその質問に対して黙秘していた。ユーカもユーカなりに俺のことを察して、その質問を二度は行わなかった。
「いままで黙っていて悪かったな。俺も、お前に言う必要はないと思って黙っていたが、今は事情が変わった。むしろ、お前も知っておかなきゃならないことだからな。あの凄惨な事件についてな……」
 俺はかつて経験した惨劇について話を始める。

***

 それは俺が小学6年のときのことだった。
 放課後、俺はいつものようにユーカと並んで下校をしていた。途中の丁字路でユーカと別れ自宅へと向かったのだが。
 その日はなぜか、帰宅する道に人の影がなかったのだ。
 俺の住んでいる街は人通りの多い所ではない。でも、まるでエアスポットのように、通りに人がすっかりいなくなっていたのだった。
 いったいどういうことなんだと、当時の俺は考えをめぐらせていた。この区域で避難訓練でもしているのか。それともどこかで有名人が現れて、みんな野次馬になってそっちに向かっているのか。
 しかし、俺のその平和的な考えは一瞬にして消え去った。
「あっ……」
 俺は口元を押さえられた。なにか、湿ったハンカチで口を押えられたようだが、これはもしやクロロホルム……。
 しかしこの世は推理小説のようにうまくできていない。クロロホルムは麻酔効果はあるが、大量に吸引させないと人間は気絶しないのだ。なんのドラマに影響されたのかわからないが、いかに小学生であっても、俺はこんなもので眠らされるわけが……
「――――…………」
 俺はすっかり眠ってしまった。

***

「俺が眠らされた薬品についてはよくわからなかったが、まぁそんな感じで俺はある男に眠らされたんだ。そして、しばらく夢の中に落とされたあと、俺が目を覚ますと……そこに、海があったんだ」
「海、ですか?」
「ああ。あたりが海に囲まれた場所、いわゆる孤島に俺は飛ばされていたんだ。そしてそこには俺以外にも子供たちがいたんだ」

***

 俺は目を覚ましたあと、辺りを見回した。
 あたりは全部海で、そして島の中央には一軒の研究施設のような白いコンクリートの建物があった。
 そして、俺の周りには俺以外の9人の子供たちがいた。
 その9人たちと俺は話をした。全員どうやら同期の小学6年生で、俺と同じように突然誘拐されてここへ送られたと言っていた。お互い自己紹介をし合った。皆がおのおのの素性を話していくなか、ひとつの共通項を発見した。
 全員が全員、学校での成績が優秀な『天才』たちであった。
 そんななか、俺は一人の女の子を見つける。
 名は『綻コロビ』という子だ。その子は動物好きの女の子で、犬の散歩をしていたときに誘拐されたという。俺はなぜかその子に興味を抱いていた。どうも、その子の姿がユーカに似ていたからだ。

***

「じゃあ、先輩が出会ったというコロちゃん、じゃなくて綻コロビさんというのは、そのパイドパイパー事件のときに知り合った人だったんですか」
「そうだ。俺はあいつとは誘拐された7月から解放される前日までの1か月間だけしか出会っていなかったんだ。でも、あそこでの出来事は時間では測れない濃密なものだった……」
「先輩、そこで先輩はどんなことを経験したんですか……」
「あそこは誘拐された10人の天才が監禁されたところだった。俺たちはそこで人智を超えた“覚者”を作り出すための実験を行われたんだ」
「ええと、その実験っていったい……」
「10人の天才たちが試験を行って、成績順位を付ける。その最下位の人間があの『梵慨邪ボンガイヤ』という男によって“消滅”させられるという、いわば“知”のバトルロイヤルが行われたんだ」
「知のバトルロワイヤル……」

***

 島にいた俺たちは黒い服を着た男たちに拘束された。だが、その中で一人男に反発する子が現れた。だが、そこにあの新興宗教の教祖みたいな法衣を着た髭もじゃの男が現れる。
「鎮まれ」
 そう男がつぶやいただけで、暴れていた子がなすすべなく地面に伏せられた。
 それはまるで魔法をかけられたような出来事だった。それ以降、あの男は俺たちに科学や理屈で説明不可能な“魔法”のようなことをやってのけて俺たちを押さえていた。
 そう、俺たちはあの魔法使いの男、梵慨邪ボンガイヤになすすべがなかったんだ。
 そんなふうにして俺たちは島の白い建物の中へと押し込まれていく。
 その中の教室のような部屋にある机に皆が座られていく。そしてそこの教壇にあの梵慨邪が教師のように偉そうに立っていた。
「さぁさぁ、よく集まってくれたな天才少年少女たちよ。これから君たちに試験を行ってもらうぞ」
 皆はなぜか反論することなく、その男の言葉を待っていた。俺もじっと黙っていた。
「君たちが行ってもらうのは、いつも君たちが難なくこなしている筆記試験と変わりないものだ。ただし、ここで行う筆記試験はかなり難しいものだ。そして、試験の結果によって君たちは順位を付けられる。その順位の……いちばん下の人には、“星”になってもらうとする」
 その男の言っている意味は俺たちには瞬時に理解できた。なにせ俺たちは天才たちで、二度聞かずとも内容を理解できるのだ。
 ただ、納得はできていなかったが。
「ほ、星って、どういうことなんだよ! なにか試験を行うとかいっているけど、その試験の最下位は……いったいどうなるっていうんだよ!」
「文字通り星になるのさ。じゃあ、ここでその“星”となる現象をお見せしようか」
 そう言うと、梵慨邪は隣にいた黒い服を着た男に向かって手を突きだした。
 その男の手から、黒い光の球が形成された。
「なっ……」
 それはあの黒い服を着た男のもとに到達し、そして爆ぜた――
 黒い男は一瞬のうちに消え失せた。核ミサイルを受けて街が消滅したみたいに、一瞬にして、あとかたもなくなくなった。
「成績最下位の子には、こういうふうになってもらう。試験は何度も何度も行い、そして最終的にこの世界の真理へとたどり着いたものには“ここ”を離れることができる権利が与えられるのだ」
「な、なんなんだよそれは……。生きのびたきゃ、試験で1位を取れってことか!」
「これはこの惑星ほしに棲む生物に与えられた問題でもあるのだ。さぁ、天才たちよ、人智を超えし『覚者』となるため、せいぜい学業にいそしむことだな。最初の試験は三日後に行う。試験はおよそ三日ごとに行うため、試験が行われる前に勉強をしておくことだ。この施設内には図書館がある。パソコンも備え付けてあるが、外部との通信はできなくしてある。そしてここは日本の果ての孤島で、泳いで日本本島やどこかの島に向かうことは不可能だ。君たちはここを出ることなんか考えず、とにかく勉強して試験をこなすしか生きるすべはないのだ。だから、せいぜい頑張るのだぞ君たちよ」
 そう吐き捨てるように言ったあと、梵慨邪は俺たちに背を向ける。そして教室を去っていこうとする。
「ま、待て! お前はいったい何者なんだよ!」誰か天才が叫んでいた。
「私は梵慨邪ボンガイヤ。この地球ガイアを統べる“覚者”だ」
 そう言ったあと、梵慨邪は去っていった。
 あとに残された俺たちは、ただ茫然としていた。

***

「そうしてその日から、“知”のバトルロイヤルが始まったんだ。俺たちはおのおの、生き残るためにその施設の図書館やパソコンのデータベースを駆使して勉強を行った。どんな試験が行われるかまるでわからないから、みんな藁をもすがる思いで勉強していったんだ……」
「そんな……。試験での成績で……人間が殺されるなんて!」ユーカは熱くなって叫んでいる。
「お前がいたら、まっさきに死んでいたな」
 いつものようにユーカを貶めてみるも、ユーカは反論することはなかった。
「最初の試験の日、俺はなんとか2位の成績で生き残ることができたんだ」
「2位? せ、先輩よりも賢い人が、そこにはいたんですか?」
「そうだ。世界は広いもんだからな。だいたい成績の3位以内は俺と鮎川アユミという子と、そして進藤ススムってやつが入っていたんだ。その3位の中に、時たま、コロビの名前も入っていたんだが……」
 コロビは最終的に梵慨邪によって星となってしまった。
「その最初の試験のあと、最下位となったやつ……百日紅スベルってやつが梵慨邪によって消滅させられたんだ。それは一瞬のことだった。百日紅ってやつは、さかんに命乞いをしていたけど、梵慨邪は受け入れることなく光の球を放った。その光景に、俺たちは恐怖したよ。みんな天才だからって言っても所詮は小学生で人間で、正体不明のものに恐怖するのは無理もない話だったんだ……」
 俺はそこで一呼吸つく。
「俺たちは最初おのおの個人で試験に向けて勉強していたんだが、やがて俺はさっき言った成績上位の鮎川アユミと進藤ススム、そして……綻コロビと一緒に勉強することになったんだ。ほかの天才たちとも、勉強以外で話すことはあったが、一番親しくしていたのはこの3人だった。ときどき言いあうこともあったけど、俺たち4人は互いに助け合いながら試験に向けて勉強していたんだ。いつかきっと助けが来る、そう思って、俺たちは希望を持って勉強していたんだけど……」
 試験は残酷に続いていき、次々と最下位のやつが星となっていった。
「それは6回目の試験だった。10人の天才たちのうち、5人消滅して、残ったのは4人……。俺と鮎川と進藤、そしてコロビ……その4人だけが残っていたんだ。この試験のあと、誰か一人があの梵慨邪に消滅されてしまう状況だったんだ……。
 そして、その試験のあと、成績順位が発表されて、コロビが消滅されてしまったんだ……」
「せ、先輩と仲良くしていたコロビちゃんが……。殺されちゃったんですか。そんなどうして! 理不尽ですよ! 成績が最下位だからって、そんなので殺されるなんて……」
「あの梵慨邪はあの試験を経て、俺たちを“世界の真理”を知る覚者に昇華しようとしていたみたいだ。そのためなら、犠牲もいとわない、血も涙もないやつだったんだ。そんな頭のおかしいやつにコロビは殺されたんだ……。コロビは、俺を支えてくれてたんだよ。あいつは、あんな状況にいながら笑顔を絶やさなかったんだ。そんなやつが、理不尽に殺されて、俺は……絶望したんだ」
 俺はその日から冷めた人間となった。
 正義の味方なんて、所詮夢物語だ。自分が救えるのは、ただの猫の額ほどの世界だけで、誰かの命を救えるほどのものではないと思うようになった。
 自分の心さえも凍りつかしてしまうほどの、凄惨な出来事だった。
「その後、コロビが死んだあとの、次の試験の前日に残った3人の天才の俺たちは、とある『探偵』に救い出されたんだ。そうして、俺はかろうじて生きのびて、今ここに生きているってわけなんだ。
 もし、あのとき俺のほうが成績が下だったなら、コロビは死んでいなかった。でも、そうなったなら俺の方が死んでいた……。なんにせよ、俺はコロビが死んだおかげで、生き延びることができたんだ……」
「せ、先輩……。でも、そんな状況じゃ、どうしようもなかったじゃないですか」
「それは分かっている。でも、理屈じゃないんだ。俺は、誰かの死によって“生かされて”いるのかもしれないな」
 母さんの死。
 父さんの自殺。
 そして、コロビの消滅。
 俺はそれらを経て、いま生きているんだ。
「あの事件は過去のものだ。あれが過ぎて5年も経っている。でも、あの事件は、コロビのことは俺の心に楔のように突き刺さっているんだ。俺は一生、あの事件とコロビのことを忘れられないかもしれない。だけど……俺は過去を乗り越えるつもりだ。正義の味方になろうなんて恥ずかしいことはもう思わないけど、でも、俺はこの自分の命を絶対に無くさないと誓う。そして、もう誰も無くさないと誓う」
「先輩……」
「そして、元の世界に戻って、家族と、そしてコロビの墓前に手を合わせるんだ。コロビの亡骸は元の世界にもないんだが、でも……」
 俺はポケットから、毛糸で編まれた小さな犬の人形を取り出した。
 それはコロビにもらった最初で最後のプレゼントだった。
「俺は元の世界に戻って成功者にならなきゃならないんだ。だから、俺はこの世界を抜け出してやる」
「先輩……」
 俺は決意を新たにして、正面の荒城を見据えた。
 そこには“魔法”を使う魔女が住まうと言う。
「ユーカ、コロビのことを思い出してみて、俺はふと“この世界”について思いついたことがあるんだ」
「思いついたこと、ですか?」
「あの梵慨邪は、俺たちに対して“魔法”のようなものを使っていた。あれはどうも、タネも仕掛けも、機械的な入力も出力もないものだった。あんな力を持つやつは、梵慨邪以外には元の世界にはいなかった。でも、この世界には何人かいただろう」
「そ、そうですね! この世界には魔法使いとか魔女とかいますからね」
「だからなユーカ、あの梵慨邪っていうのはもしかしたら……この世界の住人だったのかもしれない、と思うんだ」
「じゃ、じゃあ別の世界の人、いや魔法使いが私たちの世界に来ていたんですか!」
「あまりにもトンデモな話だけど、俺はそのトンデモない体験をしているんだ。梵慨邪がこの世界とかかわりがあるのなら、俺がこの世界に落とされたことも理由がつくんだよ」
「じゃ、じゃあ私がこの世界に落とされた理由は……」
「お前は金魚のフンみたいにくっついていたから、巻き添え食らっただけなんじゃないのか」
「ええー!? 私ただの巻き込まれだったのぉ!」
「俺はあの梵慨邪の試験を抜け出して生きのびたんだ。でも、あの梵慨邪の試験は終わっていなかったんだ。俺をこのファンタジーな世界に落とさせて、俺を“試験”させているのかもしれないな」
「その試験って……いったい」
「この世界の真理を知る試験……なのかもな。なんにせよ、俺は世界の真理というものを紐解かなければならないみたいだ。あの北の荒城に、そのヒントでもあればいいんだがな」
「ぼ、ボンガイヤだかボンカレーだか知りませんが、先輩のお友達を殺した挙句、先輩を殺そうなんて考えるやつは赦しませんよ! もしそいつが現れたなら、私がコロビちゃんの仇を取ってやりますよ!」
「ありがとうな、ユーカ。俺のトンデモない試験に巻き込まれてくれて」
「私はいわゆる巻き込まれ系女子ですからねー!」
「巻き込まれ系というより、お前は俺を巻きこむほうが得意なんじゃないのか」
「まーなんにせよ、北の荒城に向かえばいいんですね! 魔王復活をたくらもうとする、ならず者の魔女たちをとっちめてやりましょうよ!」
「そうだな。魔女どもを、倒してやろうか」
 向こうに見える太陽はすっかり上へと昇っていた。今日は雲一つない絶好の冒険日和。
「じゃあ先輩、さっそく行きましょうか! 私の背中に乗ってください!」
「おう。今日も頼むぜユーカタクシー」
「運賃はツケで構いませんよー!」
 そんな感じで俺たちは丘を後にして走り出す。
 俺たちは前に進んでいく。
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