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異世界に来たけど戦いません。 作者:カッパ永久寺

北の荒城編

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28.視えない魔法

「さてと、どうやらプルーを倒したようだが」
 成り行き上、魔女のプルーを倒したのだが、俺たちの目的は魔女を倒しに来たことじゃない。俺たちは魔王復活をしようとする魔女の元へと向かい、この世界のからの脱出方法を探そうとしていたんだ。
 しかし……この『北の荒城』にあったのは、ぼっち魔女と、その愛玩たる骸骨だけだった。
「兎毬木くん、大丈夫……ですか?」
 コロがおそるおそるこちらへとやってきた。
「ああ。俺の方は大丈夫だ」
「私も大丈夫でーす!」ユーカもやってくる。
「ユーカ、あのプルーはどうなっているんだ?」
「えーと、とりあえずしばらく動けないぐらい痛めつけてやりましたから大丈夫だと思いますよ」
「そうか」
 ステージ上で磔刑のポーズで倒れているプルー。そちらへと歩み寄る。階段を一段一段登っていく。
 プルーを見下ろす位置に来て、その死んだような顔を見る。
「おいプルー、ここは北の荒城なんだろう。北の荒城は現在は魔女の根城となっているみたいだが、ここには魔女の姿は……お前以外は見当たらない。一体魔女はどこに行ったんだ?」
「ぐ……ぅ……」
「いいから答えろ。答えないならユーカがまた絞めつけてくるぞ」
「……ぅ」
 プルーは顔をゆっくり上げた。
「ここは……北の荒城じゃない」
「な、なんだって……。どういうことだ」
「北の荒城は、ここよりさらに北にある巨大な荒城だ。ここは……かつての、貴族の別荘だ。そこを私が根城にしただけだ……」
「それじゃあ俺たちは……」
 間違えたのか。
 ふと、ステージの壁にあるガラスの窓を見る。その向こうはちょうど北で、平坦な平原、木々の生い茂る森……その向こうに、小さく見える建造物が見えた。
 あれが正真正銘の、真の『北の荒城』。
 こっちは偽の北の荒城。
「先輩! そこのプルーは何か吐きましたか!」
「ユーカ、俺たちはどうやら勘違いしていたみたいだ。ここは俺たちの目指していた『北の荒城』じゃなくて、ただの廃墟となった貴族の別荘みたいだ」
「ええ! じゃあ北の荒城はどこに!」
「ここよりさらに北にあるようだ」
「あああー! そうだったんですかー! とんだ無駄足になっちゃいましたよー!」
「もとはと言えば、そこの魔女が紛らわしいところを根城にしたせいだ。まったく、とんだ野郎だ」
「先輩! こいつ締め上げちゃいますか!」
「待て、こいつにはまだ聞きたいことがある。おいプルー、お前は魔女だから、北の荒城で行われる『魔王復活』について何か知らないか?」
「魔王復活……なんだそれは」
 どうやらぼっちだからそう言うのは知らないみたいだ。どこまでも役に立たないやつだ。
「はぁ……。こんなややこしいやつにいつまでも構ってられないな。早くこんなホコリっぽいところ出ようぜ」
「はい! 再び目指せ真の『北の荒城』ですね!」
 俺たちはプルーに背を向け階段を下っていく。

「ハーッハッハッハッハッハー!」
 後ろから、愚か者をあざけるような、不快な笑い声が聞こえた。声はホール中に反響して響き渡る。
 俺たちは振り返る。未だ倒れ込んでいるプルーへと近づく。
「そこの魔女ぉー! まだ私の絞めつけを受けたいのか――ッ! 今度は裸絞めをお見舞いするぞぉ!」プルーの首を締め上げるユーカ。
「やめろぉー! 首が首が空気がぁー!」
「待てユーカ。さっきの笑い声はこいつのじゃない」
「えっ?」ユーカはプルーの首を床に落とした。
 突如、天から光が差した。
 暗い荒城……いや、別荘に、スポットライトのように半径1メートルほどの円い光が、俺とユーカとプルーをとらえるように灯っていた。
 その光の源へと目を向けようとしたが、まぶしさで目がくらんで見えない。
 一体何が、これから起きるんだ。
「ハッハッハ! 普通の人間にやられるとは、魔女の名折れだな、プルー!」
「なぁ……その、声は……!」プルーがあたりをきょろきょろと見回した。
「私は、偉大なるサバト様の(しもべ)、魔王復活のため、サバト様の手足となって働いている――リュミエルだ!」
 姿かたちの見えない魔女――リュミエルが言った。声がサラウンドで聞こえて、どこから発せられているのか分からない。
「りゅ、リュミエル! お前はどこにいるんだ!」
「おしえないよーっだ。魔女協会都市ウィザードコミューンから離れた、外れ者のお前には裁きを与えよう!」
「リュミエル! お前はどこだ! 私に何をしようと言うんだ!」
「ここだよ!」
 そうリュミエルが答えた後。
 沈黙が続いた。昏い闇の中、ただ俺たちの足元に光が落ちている。
「リュミエル……どこだ、どこに消えた……」
「先輩、なんか私たちを放って、みきぷるーんさんが話し込んでいるようですが」
「黙っておけユーカ。……いまはあのリュミエルとかいうやつがどこにいるか確かめないと」
 プルーはあたりを見回す。俺たちもあたりを見回す。しかし、ホール中を探しても誰の人影も見つからない。
「あ……」
 ふと、プルーが声を漏らす。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 空気を切り裂くようにプルーは絶叫した。苦悶の表情を浮かべ、神に助けを乞うように天へと手を伸ばした。
「痛い熱い熱い熱い! ひ、皮膚が焼ける――ッ!」
 プルーは床を這ってスポットライトから離れた。
「はぁ……ふぅ……っ」
 俺たちは暗がりにいるプルーへと近づいた。プルーは右ひざを抱えて、膝の表面を目を見開いて眺めていた。
 その膝の表面には、皮膚を抉った火傷のあとがあった。
 それは手のこぶしぐらいの、そこそこ大きなものだった。
「な、なななななんですか! いつのまにぷるーんは火傷をしているんですか!」
「これが魔法……ってやつなのか」
 相手の姿も分からず、攻撃されたのかもわからず、何もわからずに攻撃された。
「この火傷、いったいどこからの攻撃なんでしょーか……」
「さぁなぁ……。どこかかくれたところから、攻撃しているのかもな。もしかしたら、攻撃を仕掛けてくる瞬間、相手の姿が分かるかもしれない」
「じゃあ五感を研ぎ澄まして相手を見つけてやりましょう!」
「そうだな。……そこの魔女を人柱にしてな」
「な、何を! 人柱ってどういうことだ!」
「プルー、あのリュミエルとかいうのはよくわからんが、とにかく今は助けてやる。だからその代り、もう一回だけ痛い目を見てくれ」
「言ってることがめちゃくちゃだ! 助けるから私にもう一度リュミエルの攻撃を受けろと言うのか!」
「そうだ」
「それならおかまいなく焼いてあげるわ――っ! プルー!」
 どこからともなく、リュミエルの声が聞こえた。
「わ、ぁああああああああ!」
 プルーは逃げる。俺とユーカはその後を追う。
「待てプルー」
「待つんですぷるーん!」
 プルーは突然止まった。
「観念するです! 私の裸絞めを――!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 俺は声に反応しあたりを見回す。
 ユーカも精神を研ぎ澄ましリュミエルをサーチする。
 プルーの膝を見る。そこにはなにもなく、意外にもきれいな足になっている。
 しかし、その膝の一部が、徐々に徐々に……焼けていく。
 赤く染まり、赤が濃くなり、ついには焦げる。
 あたりを見回しても熱源となりうる火が見当たらない。プルーの膝を燃やしているのは一体なんだ? どう目をこらしても攻撃が見えない。
「ユーカ、リュミエルの姿は見つかったか」
「せ、先輩! 見つかりませんよ! どこにも見当たりません!」
 せめて、光を増幅させる暗視ゴーグルでもあれば少しは視界が開けるだろうが、こうも暗いと歩くのさえままならない。こんな中で敵を探すのなんか無理がある。
「くっ……ぅ……」
「わーわー! ぷるーんがまた大変なことになってますよ! どういうことなんですか!」ユーカが近づいてプルーの傷跡を眺めている。
「わからん。どういう原理で皮膚が焼けたかまるで見当がつかないんだ」
「攻撃が見えないんですか!」
「見えない攻撃……か」
 これが魔法と言うやつか。
 魔法はなんでもできて、なんでも破壊することができる。
 あらゆる波動を操り、あらゆる現象を司る。
 そして、あらゆるものを――殺す。
「せ、先輩! 早く何とかしましょうよ!」
「あっ……」
 俺は一瞬、あの時のことを思いだし膠着していた。あの時の、あの島での恐怖がフラッシュバックしそうになった。
 やはり、この世界は、あの事件と関係があるのか。
「お、お前たち! 早く私を助けろ! こ、このままでは……私が焼かれて死んでしまう! 何とかしてくれ――!」
「プルー……お前はどうして、あのリュミエルとかいうやつの目の仇にされているんだ」
「それは……私にもよくわからないんだ」
「しらばっくれるんじゃ―無い!」どこからともなくリュミエルの声が響いた。
「あなたは、サバト様の『魔王復活』の儀式の仕事に参加しなかった! 十人十色の魔女であるにもかかわらず、あなたはサバト様の命令に背いた! だから罰を与えるんだ!」
「サバト様の命令……? サバトさんが、私に何か命令したの……?」
「とぼけるなぁ――! 魔王復活の儀式の参加の手紙を伝書鳩で送ったはずだぞ!」
「そ、そんなものもらってない! 私は!」
「言い訳無用だ! お前には罰を与えてやる!」
 リュミエルは無慈悲にも攻撃を下した。
 いつ攻撃を下したのか分からない。どこから攻撃したのか、どのような攻撃をしたのか、てんで見当もつかない。
 ただ、危険であることだけしかわからない。
「た、たすけてくれぇえええええええええ!」プルーが叫んだ。
 俺は考える――決断する。
「ユーカ、プルーを抱えて移動しろ」
「がってんしょうち!」
 ユーカはプルーを肩に乗せて運ぶ。俺も後に続いてその場から逃げていく。
「待てぇ! プルーと、その他の人間! 私のエモノに手を出すなぁ!」
 俺たちはステージを駆け下りて、ホールへと戻った。
 ホールに倒れ込んだ俺たちのもとに、コロが駆けてくる。
「兎毬木くん、ユーカちゃん……と、その方は」
「みきぷるーんさんです! 敵の攻撃にやられて負傷しています!」
 ユーカはプルーを床に落とした。
「ハ――ッ! お前たちは私に骨まで焼かれて灰になれ! サバト様に逆らう者は、死をもって贖罪せよ!」
 俺たちのもとに、スポットライトの円の光が移動した。
「俺たちのことはすべてお見通しってことか……」
「ま、また私が狙われるのか……」
「でてこいー! 一体どこにいるんだぁー!」
 いくら俺たちが目を凝らしても、リュミエルの姿は見えない。どこにも気配がない。
「コロ、ここは危険だ。とにかくお前だけでも逃げろ」
「ボクは……は逃げませんです」
「え?」
 コロはぴしゃりと断言した。その顔には、ちっとも恐怖がなかった。どこかで見たような、あどけない笑顔を浮かべている。
「お前は、怖くないのか、あの視えない魔法が……」
「怖くなんかないですよ。だって、ボクは……」
「ああああああああああああ!」
 また、プルーの絶叫が聞こえた。
 それを聞いてユーカは、怒りをあらわにした。
「やい! リュミエルだかなんだか知らないやつ! 見えないところから攻撃するなんて卑怯ですよ! いいから面を見せやがれぇ!」
 そのユーカの叫びに反応してか、プルーの絶叫が止まる。リュミエルの攻撃が止まったんだろう。
「そこの虫けら、騒がしいぞ。まずはお前から攻撃してやろうか」
「え?」
 それは、狙いをユーカに変えた瞬間だった。
「ユーカ、走れ! とにかく攻撃から逃れるんだ!」
「わ、わかりました! とりゃぁー!」
 ユーカはスポットライトから離れて、縦横無尽にホールを駆けていく。今は、こうするしかすべがない。
 その間に、なにか考えないと。
 考えろ、考えるんだ兎毬木トマル。なにか、あの魔法を知るすべはないか……
「せ、先輩! 私はいつまで走っておけばいいんですか!」
「待ってくれ、ユーカ。もう少しだ。もう少し……」
「ちょこまかと逃げやがって! このー!」
 ユーカの逃げ惑う姿、そのぐるりぐるりと原子を周る電子のような姿をぼんやりと眺め、俺は途方に暮れる。
 俺は知らぬ間に、魔法というものに恐怖を抱いていた。魔法、それは人を簡単に消滅させてしまう力をもつ、そんな恐怖の対象。
「あっ――!」
 ユーカが、がれきに躓いて倒れた。俺の思考の糸がピンと音を立てた。
 倒れ込むユーカ。それはおあつらえ向きに停止していた。
「今だ――!」背後から声が聞こえた。
 ユーカに見えない魔法が注がれた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ユーカ!」
 暗くて見えないが、ユーカが苦悶している様子がわかった。足を抱えているようで、プルーのように足元に攻撃を受けているようだ。
「走れユーカ! とにかく走るんだ!」
「せ、先輩! 痛ぃ!」
 ユーカは足の痛みのせいでうまく床から立ち上がれずにいた。
 俺はどうすることもできない。俺は戦えない。
「どうすれば……」
「兎毬木くん! 兎毬木くんはこんなところで怖気づいちゃいけないです!」
「え?」
「兎毬木くんは賢い人です。ボクよりも、賢い人だったんです。だから、そんな兎毬木くんならきっと……。誰かを助けることができますです。だって、兎毬木くんは正義の味方ですから!」
 そういうと、コロはユーカの方へと近づいていった。
「コロ、そっちは!」
 コロはユーカの前に立ち、盾となる。
 ちょうど、ユーカの膝の位置を隠すようにして。
「リュミエルさん、あなたの魔法なんて、ちっともこわくないです!」
「な、なんだ、もう一匹の虫けらめ……」リュミエルの声が後ろから聞こえた。
「さぁ、リュミエルさん。ボクを燃やして見なさいです。ボクは、魔女の魔法に屈しない――!」
「黙れ虫けら! まずはお前から燃やしてやる!」
 今度は狙いがコロとなる。
 コロは一向に動じない。覚悟を決めて、攻撃を受けようとしている。
「コロちゃん! そこにいたらコロちゃんが燃やされちゃいますよ! そこをどいてください!」ユーカが叫んだ。
「ユーカさん、兎毬木くんを信じてくださいです。兎毬木くんなら、魔法なんか見破っちゃうはずですから」
 そう言い終えた後。
 コロの足の一部が、濃い赤い色のいびつな円を描く。うっすらと煙が浮かぶ。赤い色は濃くなり、煙は立ち込めていく。
 やがて、高温となった足から、炎が上がった。コロの足が燃え上がった。
「コロ!」
 俺は叫んだ。コロは動かない。そしてそのまま俺へと顔を見せた。
 その情景を眺めていると頭が痛くなる。自分が封印していた過去の記憶が思い起こされる……。
 俺がなくした、あの子のことが……
「兎毬木くん、頑張ってくださいです」
 コロは一体何を考えているのか。コロは一体何をしようとしているのか。
 いや、今考えるべきは……あの魔女の攻撃だ。魔法だ。
 考えろ。考えるんだ兎毬木トマル。あらゆる可能性を総当り的に考えだし、あらゆる事象をシュミレートせよ。
 燃える、赤い、炎、熱、届く……。見えない、攻撃……。
 俺は停止する。不動の木となり、考えと言う養分を巡らせる。
「兵は……詭道なり!」
 俺は立ち上がる。もはや、魔法は――恐怖の対象ではない。
 づかづかとコロの足元に近づき、それに対して学ランの上着を叩きつけて乱暴に炎を消した。
「コロ。下がってろ。お前は足を休めておいてくれ」
「兎毬木くん……」
「ユーカ、コロの足を見てやってくれ」
「先輩!」
「安心しろ。すぐに終らせてやる。戦わずして勝ってやる」
 俺は泰然とした態度でホールの中央に立った。
「リュミエルとか言う魔女、お前のしょぼい魔法なんか、もう何の脅威でもない。さっさと顔を見せろ!」
「な、何をいうか虫けらナンバー3! 今度はお前を焼いてやろうか!」
「焼いてみろよ。俺は逃げも隠れもしない。かかってこい」
「こ、このやろぉ! こうなったらお前の心臓を焼いてやる!」
 狙いは俺へと移った。
 俺は移動せず、代わりにポケットからスマホを取り出した。
 そしてそれを正面に付きつける。
「せ、先輩! こんな時に何スマホを開いてるんですか! スマホ依存症なんですか!」
「ちょっと写真を撮りたくてな」
 俺はカメラのアプリを起動する。
「先輩こんな時にカメラなんか起動して! 自撮りでもするんですか!」
「そんなもの撮らないさ。獲るのは勝利だけだ」
 俺はスマホのカメラ機能を付けたまま、ディスプレイ越しからあたりを見回した。切り取られた長方形の景色から、俺は勝利の糸口を見つける。
「なるほどな。魔法なんてものは、やっぱり大したことなかったな」
「な、何を言うか! 本当にお前を焼いてやるぞ!」
 リュミエルの魔法が注がれる。
 俺にはその攻撃が見えない。
 だが、ディスプレイを通して見る世界から、その攻撃が見えた。赤い光の光線を、俺は見切って、床にしゃがみこんで躱した。
 じゅう、と言う音が、俺の肌ではなく、床から聞こえた。
 そこは俺が先ほどいた場所だった。
「な、なんだと! 私の魔法を躱しただと!」
「せ、先輩! どういうことなんですか! 魔法が見えるようになったんですか!」
「ユーカ、お前もスマホを持ってるならカメラを起動してあたりを見て見ろ」
「え、カメラを……一体どういうことなんですか」
 ユーカは不思議がりながらもスマホを取り出してあたりを見回した。
「あ、な、なんなんですかこの赤い糸は! 先輩! なんか赤い糸が先輩の方に向かって伸びていますよ!」
「あれが魔法の正体だ。赤外線、光の中の、人間の目に見えない光だ。炎が燃える時とかに発せられるもので、エネルギーを集中させればレーザーにもなる。あの魔女の攻撃は目に見えない『赤外線』を集めた『レーザー光線』だったんだよ!」
「れ、レーザー光線ですか!」
「どういう原理で赤外線を増幅させたりしているかは分からんが、たとえそれが魔法であろうとも、出力されるものは『赤外線のレーザー』であることには変わりはない。だったら、その赤外線のレーザーを見切ってやればいいだけだ」
「で、でも、その赤外線のレーザーって目に見えないんじゃないですか?」
「ああ。赤外線は波長が人間の目に見える範囲より外れていて、肉眼では見ることができない。だが、スマホとかのCCDセンサーという機器なら、可視光以外の光にも反応する、つまり、人間の目には見えないが、機械の目なら見ることが可能と言うわけだ」
「と、とにかくスマホはすげーってことですか!」
「まぁ、そう言うことだな」
 ユーカは理屈がよくわっかっていないようだが、とにかく敵の攻撃が見えて満足しているようだ。
「じゃあ先輩! あの赤い糸のような光に当たらないようにすれば問題ないんですね!」
「そうだ。そしてあの光の先に、おそらく、あのリュミエルの姿があるはずだ」
「よし、私とコロちゃんを傷つけた罪を償ってもらいますよ! 先輩! 私はあいつをとっ捕まえてきます!」
「おう。行って来い」
 ユーカはスマホを片手に赤い光線の源へと向かっていく。
「虫けらめ! また走りやがって! こうなったら魔力最大だ!」
 スマホより見える赤い光の線は、突如濃い色となり、触れた地面を時間をかけることなく瞬時に焼いた。
「紅線【レッドライン】、紅線【レッドライン】、紅線【レッドライン】! 燃えろ! 燃え尽きろぉ!」
「その光の動きは見切ってますよ!」
 ユーカは光線をしゃがんだり、ジャンプしたりしてかわしていく。忍者のごとく、身をかわしつつ、リュミエルへと近づいていく。
 ユーカはステージを上がって、二階へと続く階段を上った。二階の回廊を走り抜け、隅の暗くなったところへ蹴りを入れた。
「あちょー!」
「ぬわぁああああああああ!」
 ばさっと、布がはがれる音がした。ユーカははがれた布の下にいた、リュミエルへと向き合った。
「こ、このぉ! 紅線【レッドライン】!」
「とりゃぁあああ!」
 ユーカのアッパーカットがさく裂し、リュミエルは宙へと舞う。回廊の手すりを飛び越えて、一階へとリュミエルの身体は落下した。
 ホールへと落ち、伸びる。
「やっぱり魔女は、魔法が強いだけで、体力は大してないんだな」
「う……ぐ……」
 リュミエルへと近づき、そのやつれた顔をおがむ。
「せんぱーい!」
 ユーカは二階の回廊から手すりを飛び越えて落下して来た。床へと受け身を取って接地した。
「よくやったぞ。ユーカ」
「先輩の閃きがあってこそですよ! やっぱり先輩は天才です!」
「天才か……。お前も運動神経に関しては天才だろうけどな」
「先輩今日はどうしたんですか! 私をそんなにもほめたたえて!」
 ためしにユーカの頭を撫でてやる。うきゃーと言ってサインポールのようにくるくると回った。
「ふふふ……」その様子を微笑み顔でコロが眺めていた。
「あ、そういえばコロちゃんが大変なんですよ先輩!」
 そうだ。コロの足はさきほど焼かれて炎を上げていた。はやく処理をしないと大変なことになる。
 俺は近づき、コロの足を確かめる。
「コロ、大丈夫か」
「あ、その足は……」
 床に座り込むコロの足を検分する。その足のすねのあたりが真っ黒に焦げていた。幸いと言うのもなんだが、焼けた怪我なので出血はない。
 しかし、肉の抉れ具合がかなり深い部分まで来ている。もしかしたら、骨まで到達しているのでは……と、コロの足をよーく見てみる。
「ちょ、ちょっと兎毬木くん……女の子の足をそんなにジロジロ見るなんて、は、恥ずかしいですよぅ……」
「今は非常事態だから静かにしてろ……って」
 なんだこれは。
 コロの足の抉れた部分の奥……に見えたのは白い骨ではなく……乾いた木の丸太だった。
 そして、じっくりと、先入観をぬぐって改めてコロの足を見ると……抉れていた肉、と思われたところには、なんと、ふわふわとした綿があった。
「これは……」
「あー、もう気づかれちゃいましたか」
 綿の上の皮膚は、よく見ると布とシリコンっぽい素材を張り合わせたものだ。すべてが人工物で出来ていた。いわゆる人造人間。
 もっとファンタジーっぽく言うとしたら、命を吹き込まれた“人形”。
「ユーカ」
「なんですか先輩! コロちゃんの身体大丈夫なんですか!」
「コロは実は人間じゃないみたいだ」
「へーそうだったんですか……って、え!?」
「実は人形だったそうだ」
「に、人形! 動く人形と言うことはまさか呪われた人形! ぎょぇええええええええ!」
 ユーカは慌ててコロから離れた。
「どういうことなんだ、コロ。お前は、魔女じゃなかったのか? それとも、本体のお前は遠くにいて、魔法で人形を遠隔操作していたとかいう……」
「違いますよ、兎毬木くん。私の本体は……もう死んでいるんですから」
「えっ……」
「し、死んでるってまさかまさかのヨウカイのせいだったとー!」
 コロの告げる、叙述トリック的な事実に俺は驚きを隠せないでいた。コロは死んでいる。じゃあこの人形はユーカが言うように呪われた人形なのか?
「兎毬木くん、今まで黙っていてごめんなさいです。この体は作り物のボクのカラダで、そしてここに居る“ボク”は、兎毬木くんが作り上げた“ココロの中”のボクなんです」
「はっ……。どういう、ことなんだ」
「この人形は……誰か特定の人の心の中にある『誰か』を映し出す人形なんです。あそこの墓場の小屋で、どこかの魔女の人が作り上げたものなんです。だから、ボクは兎毬木くんのココロの中に存在する『誰か』なんです」
「その……誰かって……」
 俺は冷や汗をかいていた。俺の頭をめぐる奇妙な既視感デジャヴ。一人称が“ボク”で頭の賢すぎる小学6年生の女の子……。
「兎毬木くん……」
 そう言って女の子は頭にかぶっていた修道女の青い頭巾を取り外す。
 さらりと黒い髪が流れる。暗がりの中、その子の全容があらわになる。
 わかっていたのかもしれない。だけど、心のなかで俺は否定していた。だってあいつは跡形もなく消えてしまったんだと。
「ボクは、ほころびコロビ。幽霊です」
「コロ……ビ……。お前は、コロビ……の幽霊なのか」
「はい。幽霊というより、兎毬木くんが作り上げた“幻想”といったほうがいいですね」
「俺の心が、おまえを作り上げたのか」
 俺は混乱する。俺は心の底にあったコロビの“幻想”を作り上げてしまった。これはなんの因果なのか……。
「ごめんなさいです、兎毬木くん。兎毬木くんが、こうなってしまったのもボクのせいですね」
「……俺の性格のことを言っているのか。あの事件を受けて、心が荒まないほうがどうかしているさ。それに、俺は、お前のおかげでいまここに居れているのかもしれないし……」
「それでも、ボクはトマルくんのココロにクサビを打ってしまいました」
「そのクサビが、こうして今目の前に具現化しているのか……」
「トマルくん、どうか思い出してくださいです。苦しいかもしれませんが、かつてのあなたを。かつて、あなたが目指した“自分”というものを」
「俺は……」
「正義の味方になるんでしょう? 兎毬木くんは」
 そう言って、
 コロビは屈託のない笑顔を浮かべる。俺の心がかき乱される。
 俺は、その笑顔を消し去ってしまったのだから。
「って、先輩! 私を放ってなんか感動のシーンやらないでくださいよ! ヒロインの私の立場はどうなるんだぁ!」
「ヒロイン? お前はただのギャグ要因だろ」
「ギャグ要因って! 私をどこまでコケにするんですか! そもそもコロちゃん? コロビちゃんなんですか? その人はいったい誰なんですか! どーも先輩はその子と仲良かった感じがしますけどまさか先輩の死に別れた恋人とか! こ、これは永遠に越えられない恋のライバル登場なんですか!」
「恋人……ではないな」
 俺は静かにそう言った。
「ふふふ、兎毬木くん、君のそばには、ユーカちゃんがいるから問題ないね。それじゃあ、兎毬木くん、幽霊のボクはそろそろ成仏しないといけないから、さよならです」
「あ、おい! コロビ――!」
 俺は叫んだ。心は幼い自分となり、ただ無心になって叫んでいた。
 いかないでくれ。俺は、君が……
「兎毬木くん」
 そう言って、コロビはこちらに近づいてきた。
 そして、顔を見据える。邪気のない無垢な笑顔、どこか幼いころのユーカにも似た顔立ちに、俺はあの凄惨な事件の中癒しを覚えていた。
 でも、俺はその笑顔を失ってしまった。最後に見た笑顔には目に涙の粒が浮かんでいたのを思い出す。
「さよなら、兎毬木くん」
 それはあの事件のさいの再現だった。
 俺へと近づいて、俺にしがみついて、そして……
「あっ……」
 俺の頬にくちびるを付けた。
 それは幼い俺が経験した、最初で最後のファーストキスだった。
 でも、今俺がされたキスは温かみの無い、人形のキスだった。
 とたんに自分の意識が現実へと戻される。それがスイッチになったように、ぐしゃり、と隣の“人形”が倒れ込んだ。
「コロビ……」
 俺が作り出した幻想のコロビはいなくなっていた。
「せ、先輩……」
 代わりにいるのはあのユーカだけだった。いつもの情景にすっかり戻ってしまった。
「すまないな、ユーカ。俺は……過去に縛られていたようだ」
 忘れられない過去、凄惨な過去。そんなものあっさりと取り払って前に進める――ほど人間はできちゃいないのかもしれない。
 こんな俺でも、ずっと過去に縛られているんだ。
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