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異世界に来たけど戦いません。 作者:カッパ永久寺

北の荒城編

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14.図書館の魔女 其の肆

 ああ……。頭と体がズキズキと痛む。
 苦しい。まるで重い病気にかかったような気分だ。こんな気分を味わったのは幼少のころに病に伏していたとき以来だ。
「うっ……」
 俺はゆっくりと目を開けた。目の前には石造りの天井が燭台の日に照らされて暗く映っていた。
 ここは……たしか図書館だ。ウルスラグナ図書館の地下の図書館に隠された、秘密の図書館だ。
 俺は確かそこで……
 ぼうっとしていると、視界の端から、ゆっくりと魔女風少女の顔が現れた。
「あっ……」
 無表情のその顔に俺はしばらく見つめられる。俺は少女に見下ろされているのか。ふと思ったが、どうも後頭部の部分がほどよい柔らかさと温かさのある枕になっている。おや、俺はベッドで眠っているのかと思ったが。
「ぬわっ!」
 それはその少女のひざまくらだった。
 俺は思わず飛び上がる。
 が、突然飛び上がったせいで、目の前にあった少女の頭と衝突し、少女は倒れる。その衝撃でさっきの痛みを思い出し、俺もふらふらと倒れ込む。
 そういうわけで、俺は倒れる少女の上に覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。
 どういう状況なんだこれは。目の前にはあの少女の顔がアップであった。
 何もしゃべらず、口を一文字にしている。そこに感情があるのかどうかも分からない。と、俺は何ぼーっと少女に見とれているんだ。
 俺は立ち上がろうと、倒れこんでいた体を起こそうとする。
「ん……」
 俺は手元を確認する。すると俺の手元はなんとあの魔女風少女の胸の位置にあった。というか胸を触っていた。両手で両胸を。まるで心臓マッサージをするような体勢だった。
 しかし、手に感触がない。まるで壁を触っているような、床をなでているような。まるでそこに何もないかのような、起伏の一切のない“絶壁”。
 一言で表すなら、貧乳ということか。
で、なんで俺はずっとその少女の絶壁の貧乳を触り続けているんだ。これじゃあまるでヘンタイじゃないか。
 成功者になる俺は紳士でなくては。ここは紳士の対応を。
「あ、その。すまない。ちっともでっぱりがなかったもので、腰か腹だと勘違いしたんだ。少女の胸に触れるとは失礼した」
「―――――ン」
 少女は後ろの俺を振り返り、そして尖った目で、殺すような目で俺を睨んだ。
「はなして」
「あ、そうだな。離すよ。離すとも。俺にはロリコンの趣味はないからな」
「…………」
 俺が少女の胸から手を離した後も、少女はずっと俺を睨んでいた。
 なんだ、怒っているのか。そんなに胸を触られたのが嫌なのか。
 と、怒っているとかそう言う次元の話じゃなかったんだ。この子、俺に攻撃してたんだった。
 俺は思いだし、すぐさま臨戦態勢になる。
 だが、目の前の少女は一向に戦う気配を見せない。
「えと……君はもう、俺に危害を加えないのか?」
 俺が尋ねると、少女はしばらく黙る。インターネットのファイルの読み込み中みたいにじっと黙っていた。そしておもむろに口を開く。
「あなたは、普通の人間なの?」
「えっ? 普通の人間って……。俺は、まぁ、生物学的に言えば普通の“ヒト”だが」
「どうしてあの攻撃をうけて、いきているの?」
 と問うてきた。まぁ当然の疑問だろう。
 俺はその疑問に答えるべく、首にかけていた金属製のアクセサリーを見せる。服の中に入れてあったため普段は見えないものだ。それはチェーンの部分がボロボロになって使い物にならなくなっていた。
「これが避雷針になったんだよ。あれほどの電圧の電気を受ければ人間は死ぬ。だが、その電気を分散させてやれば致命傷は避けられる。人間よりも、この金属のアクセサリーの方が導電率が高いから、電気はほとんどこっちに流れて、俺の方には、そんなに来なかったというわけだ」
「どうでんりつって、なに?」
「導電率というのは電気伝導率とも言って物質の電気の通りやすさを示す……って」
 この世界の人間(いや魔女か)に科学の講説をしてもどうしようもないか。
「まぁとにかく、俺は無事だ。少々体が痛いが……」
「そう」
 そういうと、少女は俺のそばを離れて歩いていく。向かう先は本棚のほうだった。そうして本棚の前にある本を手にして読書を再開した。
 俺はゆっくりとそこへにじり寄る。
「あなたはこっちに来てはいけない」
「え?」
「それを約束するなら、あなたに危害は加えない」
「ええと……」
 少女はぶっきらぼうに言い放った。俺は何をすればいいか分からず、その場に棒立ちになった。
 こっちに来てはいけない。何かそっちにあるのか。
 しかし、少女は来てはいけないと言った。来てはいけないというのなら、来ちゃいけないんだろう。
 そして来なければ危害を加えないと言った。つまり約束を守るのなら何も危害を加えないからおとなしくしろと言うことか。
 じゃあおとなしくしよう。
 おとなしく、後ろから少女の読む本でも覗き込もう。
「この本を読んじゃだめ」
「え?」
「下がって」
 少女は相変わらずのぶっきらぼうな口調で言った。
 俺は易々と命令に従う男じゃないんだぞ。
「下がって」今度は振り返ってきつい目でそう言った。
「はい」俺は命令に従った。
「私から2メートル以上離れて。それなら危害を加えない」
「ああ……」
 俺はしぶしぶ少女の言うことに従った。まるで俺は子供を甘やかす親バカみたいじゃないか。こんな子供の言うことに従うなんて。
 でも、さっきみたいな攻撃を喰らうのは御免だからなぁ。
 というわけで俺は後ろに下がっていった。俺は平和主義者だから、平和に事を済ますのが一番だ。
 後ろに下がって、少女の後ろ姿を眺めた。
 さて、これからどうしようか。
 後ろに下がった先は部屋の入り口になっている。そこから部屋の状況は見渡せるが、部屋の壁に沿っておかれた本棚、または中央の少女には手が届かず、ただ俺は見ることしかできない。少女が読んでいる本も、この位置からじゃ少女が陰になって見えない。
 というわけで俺は石像のように、地蔵のようにその場でじっとした。
 つまらん。俺は一体何をしているんだ。
 こんなときはいろいろ考えることが暇つぶしになる。今は魔法についてでも考えておこうか。先ほどの魔法、電撃の魔法についてでも。あれは俺が魔法陣を踏んだ際に発動したものだ。言うなれば、事前に仕掛けられた、トラップ的な魔法だ。そう、少女は攻撃をしたつもりはなかったんだ。
ただ防衛をしていただけだったんだ。
「そうか……」
 それに気づき、俺は目の前の少女の見方を変えた。彼女は、無断で相手のテリトリーに侵入した俺に対し、ただ防衛していただけなんだ。攻撃なんかしてないんだ。
「すまなかったな」
 俺は少女に声をかける。
「俺が勝手にお前の陣地というか魔法陣に入ってしまって。あの時は俺の因果応報だったな。相手の陣地に勝手に入っちゃいけないからな。失敬したよ」
「…………」少女は黙っていた。
「あんたの、その防衛の精神は感服するぞ。あんたに敬意を示したくなる。ええと、言うのが遅れたが、俺は兎毬木トマルという者だ。さすらいの旅人で、いまはこの図書館で知識の習得をしていたんだ。ところで、あんたの名前はなんなんだい?」
 と俺は尋ねる。少女はその声を聞いてゆっくりとこちらへ顔を向ける。しばらくじっと俺を見つめてから。
「イージス」
 と小さく答えた。
 イージス、それが少女の名前なのか。
「イージス、か。なかなかいい名前じゃないか。ところで、イージスさんよ。ずっと聞きたかったんだが、あんたは魔女なのか?」
「…………」イージスは黙った。口を真横にして。
 しばらくイージスは黙ったままだった。どうにも目の前のイージスは昔のスペックの低いパソコンみたいに動作が遅い。彼女特有の時間の流れがあるのかもしれない。
「私は……魔女」とぼそぼそと小さく言った。
「そうか、やはりな。で、その魔女がどうしてこんな街にいるんだ? 魔女は確か人々に隔離されて、北の荒城に寄せ集められている……って本に書いてあるのを聞いたが?」
「…………」
 イージスは何も言わなかった。
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