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異世界に来たけど戦いません。 作者:カッパ永久寺

北の荒城編

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1.酒場のならず者との戦い

「うぉおおおおおおお! うめぇえええええええ!」
「大声を出すな。お前はグルメリポーターか」
 太陽が真上に登る時刻。俺たちは昼食を取るため酒場に来ていた。
「見てくださいよ先輩! このお肉、形がおもしろい形ですよ! なんのお肉なんでしょうか!」
「それネズミの肉だぞ」
「ほほうネズミ……ちゅー?」
 ユーカの油まみれの手が止まった。
「まぁ、そう恐れる必要はないぞユーカ。だいたい庶民が口にする安物の肉なんてもんは、どんなものが混入しているかわからんからな。回転寿司のマグロは代用魚として赤マンボウを使っているところがあるし、食肉に関しても、植物性タンパク質とかで水増しされてたりするし、成型肉には添加物が注射されているし……」あくまで噂だが。
「ま、まー。どんなお肉だろうとおなかに入れて溶かしてしまえば大丈夫ですよ! なんでもいいからうまけりゃいいんですよ!」
「そうか」
 まぁ、こいつの体内の白血球も本人の生き写しのように強いだろうから、問題ないだろう。
 俺はパンをちぎって咀嚼した。素朴な味だ。この世界の食べ物は、中世のものをベースにしているようだが、妙にうまいものだ。いったいどのような調理を施しているのか気になるものだ。
「先輩! もっと料理頼んでいいですか!」
「金はまだあるから構わんが、ほどほどにしろよ」
「じゃー昼間っから一杯やりましょうか先輩! このまえの私の大活躍の祝杯も兼ねて!」
「未成年が飲酒するんじゃない」
 まぁこの世界には酒に関する法律はないから問題ないのかもしれない。しかしこいつが酔いつぶれてしまったり、ゲロッたりしたら大変だ。
 なんにせよ、こいつには万全の態勢でいてもらわないといけない。
「プハーーッ!」
 これはユーカが酒を飲みほして漏らした声――ではなく。
 俺たちの後ろにいる、薄着の大男の濁った声だった。
 男は手にマグカップを持っている。そのマグカップの中には赤い液体が見える。葡萄ぶどう酒が入っているのか。
 昼間から酒を飲んでいるとは、よほどの金持ちか、それとも、ただのゴロツキなのか。男のあまり清潔とは言えない風体を見る限り、前者でないことは確かだった。
 その男の亜種のような風体の、仲間らしき男二人が下品に笑っていた。
「はっはっは! すっかり儲かったもんだな!」
 男たちのテーブルの上にはじゃらじゃらと金貨が並べられていた。(きん)の価値が高騰している元の世界にそれらを持っていったらいくらぐらいになるんだろうか。
「子供を拉致って売り捌いて、俺たちは大儲けさ。最近は平和ボケのせいなのか、不用心な子供が多いから、仕事がやりやすいぜ!」
 男たちは声をそろえて笑う。
 どうやらあの男たちは“人身売買”を職にして儲けているようだ。機械の発達していないこの世界において、人の手というものは必要不可欠なんだろう。誰かが、裕福な人間が楽をするために、子供たちが犠牲になる。
「せ、先輩! なーんか、向こうの席の男の人達、感じ悪くないですか? それに、さっき“ラチ”とか言っていましたけど、あの人たちはひょっとするともしかすると悪い奴らなんですか」
「鈍感なお前でも分かってしまうくらい……悪い奴らなんだろうな」
「先輩! あの悪い奴らをコテンパンにしてしまいましょうよ! 先輩と私の最強タッグなら瞬殺ですよ!」
「やめとけユーカ」俺は席を立ちあがろうとするユーカのつむじを押さえて静止させる。
「な、なんでですか先輩!」
「いくらあいつらが悪い奴らだと言っても、別にあいつらが現段階で悪いことをしているわけじゃないんだ。それにあいつらが“人身売買”していた確固たる証拠もない。証拠不十分だ。いいかユーカ。正義を示したいのなら、正しい手段で立ち向かわなきゃならないんだ」
「で、でも! あいつらを野放しにして、もしどこかの子供たちがさらわれたりしたらどうするんですか!」
「それは仕方のないことだ。どうせ、俺たちがあの男たちをどうこうしたところで、人身売買が絶えることはないんだ。必要以上の人助けなんて無意味だ。助けたところで本当に相手が幸せになる保証なんかない。俺は戦わないし、人助けは――人間生活を円滑に行える程度の人助けしかしない」
「せ、先輩はなんて冷徹な人なんですか!」
「冷徹なんじゃない。ただ現実的な話をしているだけだ。ユーカ、所詮、一人の人間が救える世界なんて猫の額ぐらいの小さいものなんだよ。だから、自分に関係のない世界なんか救う必要なんかないんだよ」
「あーもー先輩はしゃらくさい! 人助けに理由はない! でしょう!」
 がしゃん。
 ユーカの怒りを表すかのごとく、陶器の割れる音がした。
 気づくと、向こうの男たちが現れたウェイトレスに対してがみがみと文句を言っている。おそらく、いちゃもんをつけているんだろう。
「おねえちゃん、“お客さま”に対してそんな態度取るとはええ度胸やのぉ! わびとして俺たちと遊ぼうやないか!」
「きゃーお許しを~!」
 男とウェイトレスが乳繰り合っていた。
「ぎゃああああああ! かんにん袋の緒が切れましたよ先輩! このビッグウェーブに乗るっきゃない! とりゃああああああ!」
「まったく、俺たちはタートルネック教に目を付けられているのに」
 いつものごとく向こう見ずなアホである。
 ユーカは3人のならず者男たちの卓へと向かう。村娘風の服を来たユーカは、その簡素な服の懐から木刀を抜刀する。
「ユーカちゃん見参!」
 男たちはウェイトレスからユーカの方へと目を動かした。
「なんだぁ、このガキは?」
「が、ガキとはなんですか! 私はもう16歳なんですよ!」
「なにはともあれ“商売道具”が自らやってきてくれるとは有り難い。さぁお嬢ちゃん、お兄さんがお菓子を上げるから一緒についてきてくれるかい?」
「わーいお菓子だぁ! ……って付いていくかぁ!」
 ユーカは二人の男に対して瞬間的に木刀を()いだ。相手の眉間に木刀を薙いだため、二人は目を押さえて、うつむいた状態で悶えていた。
「怪しい人についていっちゃダメってこちとら小学校のころからずっと言われてるんですよ! そんな安い手に引っかかりませんよ!」
「このガキが! 生意気なことしやがって! 痛めつけてやるぞ!」
 男は丸太のように太い腕を突出しパンチを繰り出す。風を切るそのパンチを、ユーカは残像が見えるほどの、いつもの超人的な身のこなしで避ける。
「とやぁ!」
 跳躍したユーカは男の鼻っ面に木刀を叩きこんだ。男の鼻は真っ赤に染まり、そのデブな風体と相まって、どことなく愛らしいキャラに見えた。
「こ、この野郎! 俺の鼻を赤っ鼻にしやがって! (ゆる)せねぇぞ!」
 男はいきり立っていた。酒で酔っていたこともあってか、男は獣のように息を荒げていた。そして、男はふとテーブルに置いたものに手を伸ばす。
「これでおとなしくなれや! 往生せい――ッ!」
 男は斧を手にしていた。それを力任せに、力と言うより、重力に身を任せて振り降ろした。
 しかし、そんなものユーカには効かない。ユーカはその軽い身のこなしでバック転して斧をかわした。
「へへーんだ! そんなの軽くかわせますよ! STG(シューティングゲーム)で言うところのKIDSレベルですよ!」
 そうユーカが軽口をたたいていると、男はユーカのことなんか目にもせず、斧をおもむろに振り上げた。
 ひゅん、と上がったそれを今度は力任せに横に薙ぎ、縦に薙ぎ、斜めにと、ランダムな方向に斧を振り回している。斧に振り回されていると言った方が妥当か。
「さぁ――、俺に――攻撃っ――してみ――ぅろっ! これっ、じゃぁ――、よけれ、な――い、だろう――っ!」
 予測不可能な攻撃。その連撃は竜巻のような形となって、強大な防壁となった。近づけば斬られる。なすすべがない。
「い、いくら私でもあんなめちゃくちゃな攻撃されちゃあどうしようもないですよ――! ていうかあんなの反則じゃないですか! 剣道なら退場ですよ! 先輩どうしたらいいんですか!」
「どうもしない。お前はじっとしていろ」
「せ、先輩はかわいい後輩がピンチの時になんでもしゃもしゃパンを食べているんですか!」
「ユーカ、噛むのは脳にいいんだぞ。1食あたり1500回噛めば脳が活性化するぞ」
「先輩の耳を噛んでやりましょうか!」
「あいにくこれは耳のないパンでな。そもそもパンというのはポルトガル語で……」
「だーかーらー! パンの話はいいですから!」
 ユーカは男の無秩序な連撃から逃れつつ叫んでいた。
「まぁユーカ。そう焦ることはない。もうすぐあの竜巻のような連撃は止むぞ」
「えっ? 先輩はどうしてそんなことが分かるんですか!」
「まぁ見ておけ。パンとサーカスの始まりだ」
 男の動きが止まった。
 それと同時に、男が振り降ろしていた斧が、男の大きな手から離れて床に落ちた。
「アッ……ぐぁああああああ!」
 男の腕は斧を落とした状態で停止していた。停止した腕がぴくぴくとふるえている。
 これは痙攣だ。
「ど、どうしてだ! いつもはこんなことにならないのに! 俺のこの鍛え上げた腕ならば、あの重い斧を振り回したとしても、脱臼も痙攣もした覚えがなかったのに!」
「よく見て見るんだな下種野郎。自分の斧を」俺は男に対して言った。男は一瞬こちらを見た後、斧の方へと目を向け直した。
「なっ……」
 よく見ると男の斧には針金が巻かれていた。その針金は斧の脇にある、重い文鎮ペーパーウェイトを取り付けていた。
「運動エネルギーは速度の2乗に比例し、重さに比例する。速度が大きければエネルギーは大きくなり、そして運動する物体が重ければエネルギーも大きくなる。俺は普段あんたが使っている斧を、文鎮を取り付けていくらか重くしてやった。あんたはその斧を普段使っている斧と勘違いしていたため、普段と同じ速度で振り回したため速度は一定。だが重さは大きくなっているからそのぶん運動エネルギーが大きくなっている。あんたの腕の耐久度はよくわからんが、さすがのあんたも大きな斧を振り回すためには渾身の力が必要だっただろう。それは腕が耐えうるギリギリの力。そのギリギリの力を、ちょっと大きくしてやれば――腕が疲労し、腕が駄目になる。そういう塩梅だよ」
「先輩文章長いですよ! 一言で説明してくださいよ!」
「つまりあいつの腕が駄目になったってことだよ!」
 男は俺の方へと顔を向けた。腕を駄目にした張本人が俺だということが分かり、攻撃対象を切り替えたようだ。
「お前が仕組んだのか、このガキが!」
「ガキとは心外だ。中世の日本なら俺はとっくに元服(げんぷく)していて成人となっている年だぞ。あそこのバラガキと同列にしないでもらいたい」
「ごちゃごちゃうるせぇ! 俺の腕を駄目にした責任、取ってもらうぞ――ッ!」
 男は両手で斧を持ち上げ、俺の方へと走ってくる。木製の店内、木の板の床を、ギィギィと耳に障る音を鳴らしながら。
 俺の前に来た男は奈落へと落ちた。
「がはっ!」
「ここの店の板は一部腐っているんだよ。あんたぐらいの体重のやつがこの板の上に乗れば、自重で床が抜けてドボン――というわけだ」
「ふざけるな……。お前、ほんとうはこの木の板も自分で脆くしておいたんだろ!」
「さぁーてねぇ。平和主義者の俺が、店を傷つける行為なんかするわけがないからなぁ」
 実のところ、すべて俺がセッティングしたものだ。初めからこの男を貶めるため、策を練っていたんだ。
「せ、先輩! さっきは冷徹だと思ってましたけど、やっぱり先輩は勧善懲悪のため素知らぬ顔で策を練っていたんですね! 憎いですよ先輩!」
「いいかユーカ、これは人助けじゃないぞ。ただ、こいつらが目障りでパンもろくに咀嚼できないもんだからやっつけたまでだ。ハエをはたくのと同じことだ」
「そーいいつつ先輩は正義のために戦か……じゃなくて戦わずして勝ったんでしょう! 先輩は最強です! やっぱり先輩は正義の味方です!」
「正義の……味方か」
 あの事件以前、青臭かった俺が目指していたものだった。今ではもう、そんなもの夢見ることもなくなっている。今の俺はただ己のために成功者を目指すだけだ。
「……とにかく、こいつらを自警団に突き出そうか。人身売買で拉致された子供たちがどうなるかはわからんがな」
「さーお縄を頂戴ですよ!」
 ふとあたりを見回すと、石像のように呆然と立ち尽くす店主とウェイトレスさんの姿があった。俺たちのことをどんな風に思って眺めているんだろうか。
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