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異世界に来たけど戦いません。 作者:カッパ永久寺

はじまりの街編

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1.スライム状の生物との戦い

 なぜ俺はこんなところにいるのか。
 俺は突然……ファンタジーの世界に飛ばされた。
 何痛いこと言ってるんだ俺は。片腹痛い。頭が痛い。
「わっはっはー! トマル先輩見てくださーい! ハイジになったみたーい!」
 裸足で原っぱをかけている後輩で幼馴染のユーカ。あいつは童顔でチビだから遠目で見ればアルプスの少女ハイジかもしれん。あくまで遠目で見ればだが。
 ううむ、しかし途方に暮れていてはいけない。
 どんな困難も乗り越えなければ、立ち向かわなければ真の成功者足りえない。かのアインシュタインさんだって若いころは論文も認められず苦労していたんだ。
 そうだ、アインシュタインさんだ……。
 俺は思考を開始する。
「んー。先ぱぁい、何考えているんですかぁー」
 能天気なユーカは原っぱをごろごろしながらやってきた。
「いいか、ユーカ。俺たちはワームホールを通ってここにやってきたんだ」
「え、ええと、わあむほおる?」
「そうだ。いいかユーカ、宇宙というのは一つではないんだ。いわゆるマルチバースってやつだけど、つまり宇宙というのは俺たちがいる宇宙以外にもたくさんあるんだ。その宇宙と宇宙をつなぐのがワームホールだ。そのワームホールの入り口たるブラックホールを突き抜けたら別の宇宙に行けると聞いたことがあるから、つまりブラックホール的な特異点を通って俺たちはここへやってきた。まずこういう風に仮定して、どうして俺たちはブラックホールを通ってきたかだが、ブラックホールというのは恒星が……」
「え、えーと先輩……エイゴじゃなくて日本語でおっけーですよぉ~!」
 頭の容量はおそらくファミコンレベル(1MB)のユーカ。こいつの頭にゃ何も入らんし何も考えられんようだ。
「つまりだ、このアインシュタインさんが考え出したEイコールmc二乗というのは……」
「ぎゃぁああー! もうそんなごちゃごちゃ考えないでくださいよー! そんな難しいこと考えたってどうにもならないじゃないですかぁ!」
「これだからバカは困るんだ! お前の使っているパソコンやスマートフォンは一体誰が設計したりプログラミング組んだりしていると思っているんだ! その中のソフトウェアは誰が作っていると思っているんだ! 皆難しいこと考えて技術をはぐくんできたんだ! バカのお前はその人たちの労力の結晶をないがしろに踏みにじりやがって! 少しは考えるんだ!」
 そうだ、人間は考える葦なんだよ。
「い、いやーだって私って考えるより行動する派なんで。それに考えたってどーしよーもないじゃないですか!」
「何を言うか! まずはこの視認される世界の状況を把握してからだな」
「さぁ行きましょう先輩!」
 そう言ってユーカは俺の手を掴んだ。そしてそのまま俺を無理やり引っ張り草原へと駆けだした。
 広大なる地形。両手を広げても届かない、果てのない草原。
 進む先は平坦な平原。俺たちはただそこをまっすぐに進んでいく。エンジン全開で。
 キキーッ。
 ユーカ超特急は急停止した。
「え、エンカウントですよ先輩!」
「え?」
「モンスターが あらわれた! ですよ!」
 そう言われて正面を見据えると、そこに、スライム状の固まりがぐにょぐにょとうごめいていた。
 何だあれは。新種のミュータントか。
 色は透明。ただ透明なスライム10キログラムほどがドスンと団子状にある感じ。巨大なクズモチが生命を吹き込まれて狂暴化したみたいなやつか。
「一体全体あれはなんなんだ」
「スライムですよ先輩! おお、リアルのスライムってなんかゼリーみたいでおいしそう、ジュルリ……」ヨダレを一滴ユーカはくちびるにこぼしていた。
「スライム……あれは人類の敵なのか?」
「うーん、普通に考えたらモンスターというやつじゃないですか?」
 しかし、ファンタジーの世界に来たと思ったら今度はモンスターが現れたとはとんだ超展開だ。
 これらの出来事を正確に調査したら何枚論文書けると思っているんだ。これだからバカは困る。
 まずは状況を把握せねば。目の前の透明スライム。あれはスライムの癖してどうして生きている? スライムは無生物なのに、あれは動いている。いや、動いているからって生物というわけではないかもしれない。もしかしたら、ターミネータの『液体金属』的なロボットかもしれない。俺たちの世界にはそんなものなかったが、別の世界のこととなるとわからん。
 とにかく生物かどうか判別しないと。何かモノでも投げつけたらどうだろうか。
 なんて思っていたら。
「モンスターめ成敗してやるぅ! チョトツモウシーン!」
 無鉄砲を二次元化したようなユーカが愛刀の竹刀『タチウオ』を振りかぶりながらモンスターの透明スライムに直進。
「ぬぁ! 下段にいるとは卑怯な!」
 足元をおろそかにしていたユーカはスライムにけ(つまづ)き、スライムの上に倒れた。そして……倒れたユーカの身体はぐにゅりとスライムに沈んでいく。埋まっていく。
「ひゃっ! ち、ちべたい! ギャー私のカラダがスライムの中にぃ!」
 ユーカの身体はすっかりスライムの中に。
 完全に吸収され、透明なスライムの中には必死にもがくユーカの姿が。
「ぎゃぁああああ! 冷たい! は、肌が……腕も、足も、きゃーんこのままじゃ股の間も胸の間まで! まるでトコロテン風呂に入ったみたーい! いやー!」
 トコロテン風呂なんてこの世に存在しないが、ユーカの感じる恐怖が何となく見ていてわかった。
「た、助けてくださいよ先輩! これじゃあ私お嫁に行けなーい!」
「ユーカ、お前は仮にも高校生最強の体育会系女子なんだろ。そんなお前ならこんな奴さっさとやっつけられるんじゃないのか?」と適当に言ってみる。
「そうですね……。高校生にして剣道3段の私に敵う者などいなーい!」
 ユーカはそう言って、手に携えていた竹刀を振り回すが……焼け石に水のようで。
「うわぁ! スライムの中だから竹刀がうまく振れないよぉー」
 ユーカは水の中でもがくように竹刀を振っていた。
 中はただのゼリーなので攻撃が効かないようだ。なのでユーカは、竹刀の突きでスライム内の外壁を破ろうとするが。
「か、硬い! 外壁が意外と硬い! どういうことなんだぁ!」
 どうやら竹刀ではスライムの外壁というか皮? を突き破れない模様。
 しかも、今度は振り回していた竹刀に異変が発生。
「あ、あれ……。し、竹刀が……竹刀が溶けているだとぉ!」
 竹刀からシューと煙が。竹刀は次第にぼろぼろと崩れていき、すでにそれはごぼうみたいな細い棒になっている。
 そして、竹刀だけでなく、ユーカのセーラー服もシューと煙を立てていた。
 どうやら……スライムの腹の中に入ったユーカは、スライムの胃液によって溶かされているみたいだ。
「きゃ、きゃー! 私の服がぁ! 溶けている! せ、先輩早く何とか……きゃー見ないでぇ!」
 言われなくともお前の身体をまとうものが溶けていく様子なんか見たくない。
 だって……その溶けていく対象は、衣服の次は肌になり……肌が溶けると、全身人体模型の中身みたいに、超大型巨人みたいに真っ赤な体になって……最終的には骨だけになるんだから。こんなさめた性格の俺でもグロはだめだ。特に幼馴染のグロなんか見たかねぇ。
 なんとかしねぇと。グロいことになる。そんなことになったら……。
 夕食が食えなくなるじゃねぇかー!
「キャー先輩早く助けて! もうスカートが溶けちゃってパンツが見えちゃうー!」
「助けてやるぜ」
「え、先輩……」
「ああ、ユーショク<夕食>のためだからな!」
「せ、先輩……。ユーカのためって……」いや、夕食のための言ったんだぞ。聞き間違えるな。
 俺はユーカ・イン・ザ・スライム、スライムの中のユーカの前に立つ。
「さぁ覚悟しやがれよスライム」
 俺はポケットをまさぐる。その中から一つのアイテムを取り出す。
「は、早く助けてくださいよ先輩!」
「おいユーカ、成功者を目指す俺はキレイ好きでもあるんだよ。頭のいいやつは頭の中の整理がうまい。その頭の整理のうまい奴はもちろん、現実での整理整頓もうまい……というわけだ」
「え、えーと先輩。一体何の話を……」ユーカは俺が何を言っているのかわからないのかぽかんとしている。
「それにビジネスマンたるもの、身だしなみはきっちりしないといけないからな。身だしなみと、身の回りのお手入れ。そう、できる奴はジャンルを問わずなんでもできるんだ。どうしようもないめんどくさがり屋の天才野郎とか、例外もあるだろうがな。まぁ、そんな御託はともかく、俺はとにかくキレイ好きなんだ。俺は完璧が好きなんだ。ピッカピカのバスルームとか一日中見てても飽きないからなぁー」
「あ、あの先輩……。先輩がキレイ好きなのは分かりましたから早く私を助けてください! きゃー!下着がぁ!」
「これでも食らいやがれ!」
 俺は巨大透明スライムに向かって一袋の粉をどさっとふりかける。
 スライムはそれを何も考えず吸収していった。
 これで一応グロの危機は回避された。
「きゃー! なんてきわどいセーラー服に! 隠せなぁーい!」
「安心しろユーカ。もう危機はさったぞ」
「へ? 危機は去ったって……。一体どういう」
「よく見てみろ。もう胃液がシューシュー言ってねぇだろ?」
「あーそういえば……」
 ユーカの身体をじゅうじゅう溶かしていた胃液はいつのまにか水のような無害な液体になっていた。
 俺のもくろみ通りだ。
「でも、一体どうして胃液が無害なものになったんですか?」とユーカはスライムの中から尋ねる。
「それはこいつのおかげだ」俺は先ほどスライムにやった粉の袋をユーカに見せる。
「んー、『重曹クリーナー』? まさかこれをふりかけたおかげでこうなったんですか」
「そうだ」
「じゅ、重曹ってスゴイんですね。敵もキレイキレイしちゃうなんて……」
「どうやらまだ原理を分かってないようだな。お前もさすがに『中和』は知ってるだろ」
「中和? 中華と和食ですかぁ?」
「中和、アルカリと酸が合わさって塩を作るやつだ。中学で習ったんじゃないのかお前。そんなんでよく俺と同じレベルの学校にいるもんだ。まぁ、その中和が起きて胃液が無害な水溶液になったんだ」
「つまりどういうことなんですか?」
「いや、だからな……。胃液というのはだいたい『酸』なんだよ。それにアルカリ性の物質である炭酸水素ナトリウム、つまり重曹を加えたら中和して胃液の『酸』が抑えられたということだ」
「ほー! とにかく助かったんですね! 結果オーライ!」
「まぁ、結果オーライだな」
 こいつに理屈を話しても馬の耳に念仏だな。

「ところで先輩、胃液が収まったのはよろしいんですが、私はどうやったらスライムの中から出れるんですか?」
 溶けたセーラー服を隠しながら、ユーカは落ち着いた顔で尋ねる。スライムの中から。
「そうだな、それをまだ考えてなかったな」
「え! 考えてなかったんですか!」
「まぁでもなんとかなるだろう」
「なんとかって……先輩らしくないだらしなーい言葉ですね……」
「いや、ほっといたら排泄物として出されるだろ」
「え?」
「いやだからそのスライムの尻の穴かは分からないけど……」
「いやぁああああああああー!」
 異世界の草原の中、スライムの中で絶叫するユーカの声はむなしく山にこだました。
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