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異世界に来たけど戦いません。 作者:カッパ永久寺

はじまりの街編

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18.ヘルタースケルター

 現れたドラゴンを目にした人々は一目散に闘技場から飛び散っていった。人々は逃げ惑う。ドラゴンはそれを煽動するかのようにゆっくりと動いていく。
 逃げ惑う人々の中にはシリウスの家来もいた。家来たちは主人たるシリウスの存在を忘れて逃げ惑っていた。
「我は去るぞ!」
「私は逃げる、つまり逃げるが勝ちなんだからねー!」
「まってぇー!」
「ちょっと待ってくれぇ! だれかこの漆のかゆみを何とかしてくれぇ!」
 逃げ惑う家来。取り残された豚大臣シリウス。わなわなとふるえている。
「お前たち私を守らんかぁ! 誰か私を守れぇ! ファナはどこに行ったんだぁ!」
 その声を聞いてファナ――こと、ドラゴンが大臣に体を向けた。
「って、あれはまさかまさか……ファナなのか! な、なんで完全にドラゴンになっているんだ!」
 てっきり大臣の方はすべての事情を知っているかと思っていたが、ちょっと食い違いがあるようだ。
 大臣はファナの正体を知っているが、この展開は予想外なんだろう。
「ふぁ、ファナ! なにをしているんだ! お前にはあの口汚い小僧を食い殺せと命令しただけだぞ! こんな騒動を起こして何をたくらんでいるんだ! こうなってしまっては私の地位がガタ落ちではないか!」
 もはや大臣の地位うんぬんだけではなく、この街の存亡が危うくなっている。
 ドラゴンは散々あたりを歩き回っていたが、観客の人々を食らおうとも殺そうともしていなかった。
 ただ、ドラゴンは一つの生命に向かっていた。
 主人たる、シリウスのもとに。
「ファナ! 一体何をしている! とにかく変身を解くんだ! ……ま、まさかお前、変身が解けないというのか! ま、まさか……あの黒づくめの魔女の言っていたことが本当に……そんな馬鹿な!」
 シリウスの顔が途端に恐怖の顔となった。時すでに遅し、歩みを速めたドラゴンのファナさんがシリウスの元へと駆ける。
 俺もそこへと駆けようとするが、足元にはドラゴンがこぼしたがれきが散らばっておりどうにも歩きにくい。
 このままでは大臣の命は――まぁ、大臣の命なんてどうでもいいのだが。
 しかし、ファナさんにこれ以上人を殺してほしくないものだ。もう、引き戻せないくらいには人を食い殺しているだろうが、俺の目の前で人の死はごめんだ。
 もう誰かが死ぬところは見たくない。
 ドラゴンは数秒も立たないうちに大臣の前に到着した。そうして大臣を手にとらえる。大臣はなすすべなく脂汗をかく。
「はなせファナ! 私は父親だぞ! 両親を殺され、孤独となったお前を手塩にかけて育ててきたのは誰だと思っているんだ!」
「ダ、マ……レ」
 ドラゴンの口から、しゃがれた人間の声が聞こえた。
「ワタ……シノ……オトウサンヲ、コロシタノハ、オマエダ! ワタシノ、ハハヲ、教会ニ、サシダシテ、処刑サセタノハオマエダ!」
「なっ……まさか、全て知っていたのかファナ!」
「ユルサナイ……モウ、ドウニデモナレ……。オマエナンカ、喰イ殺シテヤル!」
 ドラゴンはシリウスを睨み、それを“食物”と認識して踊り食いにかかる。
 そこに閃光のような素早き人影が参上した。
「シリウス様ぁ!」
 シリウスの家来の一人、先ほど俺を瀬戸際まで追い詰めやがったあのカインだ。カインは剣を携えドラゴンの元へ勇敢に向かう。剣を振り降ろし、ドラゴンの腕を粉砕するかのごとく力強く叩く。
 痛みを覚えてドラゴンは手を緩める。その手から、脂ぎった状態の大臣がするりと落ちる。
「わわっ、カイン。あれを止めろ! いや倒せ!」
「おおせのとおりに」
 シリウスはカインの背に隠れてぶるぶる震えている。カインは剣を構えてドラゴンと対峙する。
「青いドラゴン……。たしか、シリウス様が倒したドラゴンも青いドラゴンだったようだが……。これは何かの因縁というやつかな。とにかく、お前を倒すまでだ!」
 シリウスはドラゴンに剣を叩き入れる。もちろん、刃の部分を相手に向けて斬りかかる。しかし、剣は空しくもドラゴンを斬らず、打撃を与えるだけであった。
 ドラゴンの身体は硬くなっている。もう完全に変身をとげたファナさんは、人間のおもかげがどこにもない。
 カインは剣を振り続けるが、それは焼石に水を掛けるようなものだった。ドラゴンの急所を狙って剣を振るうが、そこにたどり着くまでに硬い部分でガードされてしまう。なかなか、シリウスの大臣を助けたときのようなクリーンヒットは出ない。
「これは負けるかもしれないな」
 これでは膠着状態だ。なにか打開策はないものか。
 俺は戦えない。だからなにか、策がないとどうしようもない。あたりを見回す。
 ちょうどいい感じのものを見つけた。

「はぁ……。このドラゴンめ! お前を、倒して、私は名をはせてやる!」
 ドラゴンに果敢に向かうカイン。剣を振りおろそうと思いっきり力を込めるカイン。しかし降ろした剣はドラゴンの鋭い爪に当たり、それにうまい具合に力がかかり、剣がカインの手からすっと抜けて、剣は回転しながら彼方へと飛んでいく。
 丸腰状態のカイン。そんなカインのもとにドラゴンは鋭い爪で相手を引っ掻こうとする。
 それを見計らい、俺はユーカの檻の前に立ち、その檻の下に木の棒の先を付ける。棒の下に石を載せて、てこの原理を使って、棒をぐっと押し下げてユーカの入った檻を滑らす。
 ユーカの檻は立地条件が悪かったのか、平らな部分から斜面の方へすぐさま倒れる。そこを滑っていく。
「いけユーカ」
「何をする先輩!」
 ユーカをとらえる檻が角度の付いた観客席を滑っていき、カインとドラゴンのいるところへと向かっていく。
「カインさんよ、どいておいた方がいいぜ」
「はっ!」
 カインが素早く横っ飛びをする。残されたドラゴンのもとにやってくるのは。
「ぎやぁああああぶつかるぅうううううう!」
 ユーカの檻がドラゴンに激突。激しい音が闘技場に響く。
「さぁみなさん、ひと先ず逃げましょう!」
 俺は皆――といっても、残っているのはシリウスとカインだけであったが、に声をかける。
「し、しかしあのドラゴンが……」
「今の状態で戦っても無意味だ。とにかく逃げるぞ!」
 というわけで、カインはあの豚シリウスをたくましい腕で担ぎ上げて、俺と共に闘技場を出る。とにかく、何か手を考えておかないと。あれ、なにか大切なモノを忘れていたような気がする――が、気のせいか。
 気のせいだな。
「まってせんぱぁああああああああああい! 私を置いていかないでぇええええええええええ!」
 ユーカを置いていっていたのをすっかり忘れていた。
 俺は踵をかえしユーカの元へと戻る。
 しかし、時すでに遅し。現場へ戻るとそこにはドラゴンに捕まれたユーカの姿が。
「離せ! 離せぇ!」
 ユーカが入っていた鉄の檻はおそらくドラゴンの手によって鉄くずにされたんだろう。そしてユーカを強引に取り出したのか。力技の大脱出だ。
 ユーカはじたばたともがいている。もがけどももがけども、ドラゴンの手からは逃れられない。
 俺はユーカのところへ近づく。ドラゴンと目が合う。ドラゴン――ことファナさんが手のユーカを印籠のように突き出す。
「チカズク……ト、コイツ、喰ウ! オマエノ、大切ナ女ヲ、喰ウ!」
 本能による、本能のための言葉。ファナさんの苦しみや憎しみをぐつぐつと煮込んで作られたような言葉だ。
「きゃー離してぇ! 私なんか食べてもおいしくないよぉ!」
 ユーカの怯える声。だが、俺は少しも怯えない。
「そうか。そんな筋肉質女が食いたいなら好きなだけ食え。まずいからと言って残すなよ」とドラゴンに言ってやる。
「な! 先輩!」
「ユーカ、お前には"怪物に襲われたお姫様"なんて似合わんぞ。俺は信じているぞ。お前がなよなよと敵の手に落ちるような奴じゃないってことをなぁ」
 そう。こいつの強さは俺が一番知っている。不屈の強さ。本気を出せば、何でもやってのける、ドラゴンなんて目でもない、最強の女だ。
「そーんなに先輩が期待するなら、私120%の力を出してやりますから! てやぁあああああああああ!」
 ユーカは力づくでドラゴンの手を空けようとする。何の理論もない、何の策もない、ただ力だけの攻撃。
 人間離れしたその力で、しだいに手は開かれていく。
「ぬぉおおおおおおおお!」
 空いた手からユーカが飛び出る。ユーカはこちらにやってきて、ペロッと舌を出していつもの垢抜けた笑顔を浮かべる。
「先輩! ただいま戻りました!」
「娑婆の空気はうまいか」
「ババアの空気さいこーです!」
 そう言ってくるりと体を回し、ユーカは先ほどのドラゴンに向かう。
「なんかよくわかりませんけど、ドラゴンが現れましたね! まぁ降りかかるキノコは振り払わないといけませんからね! さぁ、わたしのいかりの“どらぐすれいぶ”をくら――」
「やる気になってるとこ悪いが逃げるぞ」
「えっ?」
 ユーカを引っ張って闘技場を出る。
「急げユーカ。相手はドラゴン、巨大なぶん動きが遅いと思うから早く逃げるぞ」
「敵前逃亡なんかかっこわりーですよ! あんなドラゴン私にかかればイチコロ、つまりイチローのごとくコローンっと剛速球を投げるかのごとく――!」
「とにかく逃げろ。それとお前は国語を勉強しろ」
 俺はユーカをひっぱり走り出す。ドラゴンはゆっくりと追いかけてくる。
 闘技場を出ると、入口にカインとシリウスが俺たちを待っていた。
「あ、お前たちは私を牢屋にぶち込んだやろうども! このぉ! ぬけぬけと先に逃げやがってぇ!」
「ユーカ、言いたいことはあるだろうが今は黙ってくれ」
 そうして俺は大臣の胸ぐらをつかむ。
「あんたに聞きたいことがある。ひとまず避難をしたらすべてをぶちまけろ」
「はっ……」
「安心しろ。俺は戦わない、平和主義者だからさ」
 大臣を下す。本来なら三枚におろしてやりたいところだが、俺にはそんなことはできない。殴ることも蹴ることもしない。
 それに今は怒っている場合ではない。そんな暇はない。
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