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異世界に来たけど戦いません。 作者:カッパ永久寺

はじまりの街編

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18/102

17.嵐の前の静けさ

 静寂に包まれた薄暗い闘技場の地下道を通り、俺とファナさんは控室の中へと入る。
「ささ、こちらです。トマルさん」
 といつものようにご丁寧にエスコートしてくれるファナさん。俺はなすがままにテーブルの前に着き、不安定な木の椅子に着席する。さて、それではうるさいユーカなんかのけ者にして乾杯の音頭でもとろうか。俺はマグカップを取り、それを顔元まで持ち上げ、その中の水面を眺める。自分の顔が薄く映る。それをしばらくじっと眺める。
 ファナさんはこちらをじっと眺めている。なぜか、俺の挙動をじろじろと眺めている。
「ファナさん、どうやらあなた、俺になんとしても水を飲んでほしいみたいですね」
「え……」
 言葉を失うファナさん。そのファナさんに対して俺は畳み掛けるように言葉を続ける。
「そういえば俺が初めの決闘のさいにも、ファナさんから水をいただきましたが……。あのときはユーカの怒声のせいで、うっかり水をこぼしてしまいましたね。で、そのこぼした水なんですが、それをね、闘技場の草地に潜んでいた“フンコロガシ”が飲んだようなんですよ。そうしたらね……」
 俺はファナさんに水を飲んだフンコロガシの死骸を見せる。
「このように死んだんですよ。俺は偶然、フンコロガシが水を飲むところを見たんですがね、水を飲んだら、途端にフンコロガシが伸びて倒れてしまったんですよ。これはどういうことなんでしょうかファナさん? たしかに、浄水設備の整っていない、この世界の水は幾分か危険な部分はあるでしょうが、それでも飲んで即死なんてことにはならないでしょう? これはもしかして……毒が、水の中に溶けていたんではないんですかねぇ」
 そういうとファナさんは黙ったまま怯えていた。
「まったく、シリウスのやつ、毒を盛るなんて汚い真似をしますねぇ。毒を盛られたことを知らずに水を持ってきたファナさんにとっては災難でしょう? しかし、いったい誰がファナさんの持っていた水に毒を入れたんでしょうね? そりゃ、決闘ですから疑わしいやつはいるでしょうけど……ふぅむ」
 俺は腕を組み、考えるふりをする。すでに考えるまでもなく、答えは出ていた。
「それとも、ファナさん自身が、俺に渡すための水に毒を入れた……んでしょうかねぇ?」
「あ……」
「ファナさん。あなたは、現代日本に絶滅寸前の大和撫子のような、清楚で甲斐甲斐しい人でした。ほんとうに、あなたは美しい人だった」
 マグカップを置く。コトンと乾いた音。
「だからこそ俺は警戒したんですよ。あなたが、魔女みたいに見えたもんですから。そう、お伽噺に出てくる魔女のように。ファナさん、あなたは俺を殺そうとしたんでしょう。そのために、ユーカが捕らえられてからずっと、俺のことを気にかけて……いや、“監視”していたんですかねぇ?」
 なめちゃいけないぜファナさん。あらゆる推理小説と、あらゆる美少女ゲームをこなした俺を欺こうなんざ100年早い。
 俺は知っていてファナさんにたなびいていたんだ。決して心を奪われたわけではない。
「はてさて、それではなぜファナさんは俺を殺そうとしたのか? 誰かの差し金……でしょうかね? ファナさんに誰が差し金を? まぁ、差し金をしたのは大体予想が尽きましたよ。考えるまでもありませんね。あなたの義父である、シリウス・カール大臣の手足となって、あなたは俺を殺そうとしたんでしょう?」
 そう言うと、ファナさんは黙秘権を行使して沈黙。
「あのブタ大臣がどうしてファナさんをかくまっていたのか、俺は疑問に思っていたんですよ。どう考えてもあの男が、カインいわく昔はドラゴン退治で名をはせたと言っていましたが、今は落ちぶれてしまっている、あのメタボ豚大臣が――慈悲であなたを保護したとは考えにくい。じゃあなぜ大臣がファナさんを保護して養女にしたのか? そこには、あのビジネスライクな大臣らしい、打算的な考えでもあったんではないですか?」
 ファナさんは追い詰められて、蜘蛛の巣に囚われた蝶になっていた。
「その打算的な考えによってあなたは――何か弱みを握られて悪事を働かされている……てな具合ですかね、ファナさん」
「…………」
「なにか反論はありませんかファナさん」
 実のところ、ファナさんがどのような弱みを握られているのかは知らない。それはファナさんの口から直接聞きだすしかないので、俺はファナさんの返答を待った。
 待てども暮らせども返答は来ない。俺はファナさんの方を見つめ続けるのに飽きて、あたりをちらちらと眺める。そんなとき、ファナさんが突然小さく口を開いて言葉を発した。
「私は……こうするしかないんです」と。悲愴なる顔面でおっしゃった。
「どっちにしろ、この世界には私の住むべき居場所はないんです。私の殺された父も、母も……。私たち一族は、人々から疎まれる存在なんですよ……。それはどうしようもない、仕方のないことです……。でも、それでも、私は、私なんです! 私だって生きていたい! そのためなら……人だって殺してやります。人を殺すことなんて、私の一族にとっては他愛のないことです。赤子の手を捻るぐらいの、あくびの出るような、造作もないことです。ですから、私は、大臣に保護された私は、当時は大臣の職に就いていなかったシリウス様の命令に従って、シリウス様の気に喰わないものをつぎつぎに“潰して”いったんです。私が生きるためには、そうするしか方法がなかった……。誰かを殺さなければならなかったんです!」
 シスターであるファナさんが懺悔をするとは、いささかあべこべだ。しかも、ファナさんの告げる話より、ファナさんが大罪人であることが分かった。
 まさか、そこまでの大罪人であったとは。俺も驚嘆するしかない。
「トマルさん、そのマグカップの水を飲んでください。口を付けてください。そうして死んでください。お願いします。私のために、あなたは死んでください!」
「それも、シリウスの命令なんですね。俺を殺して、決闘をうやむやにして、ユーカの処刑を強行して、タートルネック教の神官にゴマを擦って、己の地位を盤石にしようとしているんでしょうかね。まったく、どんな世界にも悪い政治家は転がっているもんだ」
 俺はマグカップを手にして、それを座ったままテーブル横の床の方まで水平に移動させる。
「ファナさん、たとえあなたがスパイとなって近づいていたとしても、俺はあなたに恩義があることは確かです。たとえ俺の監視のためとはいえ、いろいろ気遣ってくれたのは感謝しています。でも、俺はあくまでファナさんのために戦っていたわけではないんですよ。俺はあくまでゆー……いや、俺自身のために戦っていたんです。だから、あなたを助ける気は、ないこともないんですけど、己の命をささげるほどはありませんよ。人のために死のうなんて反吐が出る。俺は自分のためにしか死にませんし、自分のためにしか生きませんよ」
 手をはなす。マグカップは重力に従い落下する。床に着き、脆いつくりのマグカップはパリンと割れて、中の水と共に飛散する。
 ファナさんは、ちっともこちらを見ず、ただ暗い顔でうつむいていた。
「どうして、死んでくれないんですか……」
「ファナさん、どうしてあなたはそんな暗い心を持つようになったんですか。たとえ俺をはめるための罠であっても、あなたの言動は花のようにキレイで憐憫でしたよ。俺は、あなたが本当に、俺を殺そうとしていたのか今でも疑問に思っていますよ。なんでしょうかねぇ、論理的には分かっていても、どうにも割り切れないんです。あなたの――心というのが」
「心……ですか。はははは……。あははははははは! あいにく、私には“人間の心”というものがないんですよ!
 すべて、すべてすべてすべて……偽りの、化けの皮だったんですよ!」
 そういうと、ファナさんは椅子から乱暴に立ち上がり、懐から手のひらサイズの小壜を取り出す。小壜の中には毒々しい色の液体が揺らめいていた。
 一瞬、それは毒薬ではないかと思った。そのビンのコルクを開け、中身を飲み干す――ような勢いで口元へと持っていく。
 まさか自殺でもするのか。
そう思い俺は立ちあがる。と同時に、壜の中の臭いを体いっぱいに吸い込んだファナさんが、壜を取り落とし、パリンという音が静寂に響く、そんな中。
ファナさんの体に異変が起きる。ぞわぞわと、鳥肌が立つような感じで、ファナさんの腕が、右の肩から下が、一瞬青く染まり、うろこのようなものに覆われる。それは歩行者用信号機の点滅のようにチカチカと変化していたが、しばらくすると、腕はすべて青い、ごわごわとした、うろこの付いた怪物の腕に変わっていた。
 何なんだ一体。俺の目の前で非科学的なことが起きている。第一、スライムやゴブリンが出てくるこの“アナザー”の世界において、こんなことは日常茶飯事なのかもしれないが、現代社会に居た俺にとっては奇想天外すぎる。
「ぐるぁああああああああ!」
 とファナさんが、いったいどうやったらそんな美しい口元からそんな声が出てくるのかと疑問に思うくらいの、汚らしい咆哮をあげた。ファナさんの容姿は、手元の部分だけだが、怪物になっている。まるで特撮のような展開だ。ファナさんは宇宙生物か何かだろうか。いや、いままでのスライムやゴブリンのことを加味すると、“魔物”に分類されるものなのだろうか。
「トマル、サン、アナタヲ……タベテ、グァ、ゲェ、マスネ……」
「へっ……」
 考えている間に怪物となったファナさんが顔を上げる。その顔は青に染まっていた。秋田名物のなまはげのような、鬼の顔になっている。
 あれは人間を食らう顔だ。
 逃げろ――。もはや策も何もなく、ただ本能的に、ファナさんの豹変に恐怖し、後ずさる。椅子に足がぶつかりずずっと音が響く。
 ファナさんは俺を睨む。その目から光線が発せられそうなほどの強いまなざしを受ける。俺は動けない。蛇ににらまれた蛙だ。
 いや動けよ。動け兎毬木トマル。行動しなくてもいい、ただ頭だけを動かせばいい。考えろ。考えるんだ――。
 策を思いつく間もなく、ファナさんの腕が、あっと気付いた時には目の前に伸びていて、ぱっと目を開けたときには、ファナさんの伸ばされた怪物の腕の手の中に自分がいた。
 冷たい怪物の手。人間のそれよりも、腕は長く、手は広い。ただ少し力をくわえただけで、手の中の俺がぐちゃぐちゃのミンチ肉になってしまうだろう。俺は俎上の鯉だ。
「ふぁな……さん」
「グギャアアアアアアアアアアアアア!」
 もはやそのファナさんには理性がなく、ただ“食欲”だけが精神を支配し、俺に喰いかかろうとしている。
 俺の身体をまるまる食ってしまって。遺体も腹の中。
 なるほど、これで完全犯罪成立だ。遺体がないのなら誰が殺したのかも分かるわけない。そもそも俺が死んだのかどうかも分からなくなる。こうして俺の存在を消滅させて、この決闘をうやむやにしようというのか。
 これと同じような手で、ファナさんはシリウスに従って人を殺めていたのか。
 しかし、どうにも腑に落ちないのは――この、ファナさんの変身である。人間が怪物に変化などというのは非科学的だ。ファンタジーの世界であるところのこの世界ではありえる話なんだろうけど。
 ファナさんはあの小壜の、香水のようなものを嗅いで変化した。薬品を嗅いで人は変身できるものなのだろうか。
 あるいは、あの薬品はただの起爆剤で、もともとファナさんのほうに、怪物に変化する能力があった……とも考えられる。いや、むしろその方がしっくりくるような気がする。
 もともとファナさんは化け物であった。このような化け物になってしまう体質で、今は制御できるけど、薬品を、もしくは麻薬的なものを嗅ぐと制御の枷が外れて暴れ出す――のだろうか。
 すべて推測である。しかし今、ファナさんの手中にある俺には総当り的に物事を考えていくしかない。
「グァアアアアアアアア!」
 咆哮を上げて、ぎゅっと俺を握るファナさん。痛い。ついさっきカインに峰うちを食らわれたばかりだというのに、それ以上の痛みが俺を襲っている。今度は演技ではなく、本当の“死”の痛みが近づく。
 考えろ――。ファナさんは昔から怪物であったと思われる。怪物、この世界では“魔物”と呼ばれる生物だ。魔物の図鑑ならおじいさんの家で読んだはずだ。そのなかに、今のファナさんのような魔物はいただろうか。
 大きな手、獰猛な牙、うろこの付いた青い肌。魔物図鑑を一通り読んだが、この世界の魔物というのは、ファンタジーの物語のように、いくらか実際の生物をモチーフにしたものがあったりする。
 たとえばドラゴンとか。たしかドラゴンはトカゲや蛇に容姿が類似していたりするが――。
「あっ」
 この怪物の正体は――ドラゴンなのか。
 すべてのピースがそろったようだ。俺の描いた方程式は解を導き出した。
「ファナさん、俺は何が何でも生き延びてやりますよ」
 俺は怪物の手を、人思いに、うろこの生えている方向とは逆方向に撫でる。
 逆撫でする。
「グギャァアアアアアアアア!」
 すると怪物は咆哮を上げて一瞬手を緩める。その一瞬を見逃さず、俺は手からつるっと下に出る。
 そのまま走り、ファナさんと充分な距離を取る。
「グギヤァアアアアアアアア!」
 怪物の鱗、そのうろこを生えている方向から逆方向に撫でる。するとうろこが動き、それによって生え際に違和感が生じる。どんな生物だって違和感を感じたら気持ち悪くなるものだ。
 それがドラゴンの鱗ならなおさらだ。中国の故事に『逆鱗』という言葉がある。うろこの一枚がさかさまに生えている竜のことで、その竜のそのうろこに触ると怒りだすという。
 そういえば、今思い出したが、昨夜、ファナさんが俺の宿屋にやってきたときのこと。倒れかかるファナさんを抱きしめようとしたら、ぶっとばされたことがあった。あれは、ファナさんの身体のうろこを“逆撫で”したから、あんなにも我を忘れて俺を突き飛ばしたんだろう。
 ファナさんは、不快感によって力を緩めてくれた。しかし、『逆鱗』のように、怒り出してしまったら困るものだ。そう思いファナさんの方を向くが、ファナさんはただ止まっていた。さきほどの威勢はどこに行ったのか、地に倒れ、腕がしだいに人間のモノへと戻っていっていた。
 拍子抜けするほどの終幕。まさかうろこを撫でるだけで終わってしまうとは。
「ファナさん……」
 倒れ伏すファナさんに近づく。まさか、死んでしまったのか。俺はファナさんに殺されかけたというのに、なぜかファナさんの心配をしていた。
 そっと倒れた体の背に手を当てると。
「あぁ――っ!」
 絶叫し、歯をかみしめて、体を倒れた状態でのけぞらせるファナさん。なにか、のっぴきならないことが起きる予感。
「やめてやめて私の身体がシハイされていく私が私があああああ私がどうして殺して殺してコロシテコロシテコロシテェ!」
 金切り声をあげて絶叫したファナさんは、体を白い光に包まれる。危険を感じた俺はその場から退散し、離れたところからファナさんを見守る。
 光は巨大なシルエットとなる。それはまごうことなき、魔物図鑑で見た、ドラゴンの姿だ。
 シルエットを覆う光のとばりはゆっくりと消滅する。姿があらわになる。
 巨大な体。直立した体。長い首。
 背に生える船の帆のような大きな翼。
 鋭い牙と爪を光らせている。肌にはうろこが生える。体の色は不健康な青色。
「ギヤァアアアアォオオオオオオオオ!」
 部屋をぶち壊してしまうほどの咆哮をあげて、ファナさんが、完全にドラゴンへと変化した。
 もはやそこに彼女の面影はない。ただの獰猛なドラゴンだ。
 ドラゴンは咆哮を上げ終えた後、頭突きで部屋の壁をぶち破った。
 ぼろぼろと部屋の壁が崩れる音。「ギヤァアオオオオオ!」とまた咆哮を上げて、ドラゴンが向かう先は壁の向こう、闘技場へと向かっていた。
 もはや俺の方へ見向きもせず、ただ“破壊”のみを眼中において行動しているようだ。暴走状態。もはや、どのような行動をするか、予測不可能な状態。
「困ったものだ」
 そうつぶやいて、ドラゴンが崩した壁を通って外を眺めると。
 本当に困ったことになっていた。
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