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異世界に来たけど戦いません。 作者:カッパ永久寺

はじまりの街編

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16.決闘裁判 其の陸

「ふん、どうやら脈が切れたようだ。心臓の音も止まった。死んだようだな」
 カインは俺の死を確認すると審判員に顔を向ける。
「トマリギトマルはこのように死んだ。どちらが勝者かは火を見るより明らかだろう」
「は、はい! それでは決闘最終戦はぁ……カイン・トランク様の勝利です!」

 その判決を受けて闘技場の人々はどよめいた。決闘においての人の死はめずらしいものではないが、どんな時代においても『人の死』ほど興味を沸かせるものはない。
 あるものは歓喜し。
「はっはっは! これであの口の悪い小僧はあの世に葬り去った! これでタートルネック教の神官様のご機嫌も取れる! 私の地位は不動のものだ!」
 シリウスはぶぅぶぅと不謹慎に喜んでいる。
 そしてあるものは悲嘆し。
「先輩! 先輩が負けるなんてそんな馬鹿な! 地球がひっくり返ろうと! 宇宙の法則がが乱れようとも負けないと思っていたのに! なんで……」
「トマル……さん、まさか、本当に死んでしまうなんて……」つぶやくファナさん。口を押えて、その場に石のように固まっている。
 闘技場の人々は歓喜の声半分、どよめきの声半分ずつの歓声を上げていた。いくら決闘だからとて、こんな状態になってしまうと手放しでは歓声を上げられない人もいるようだ。
 そんな様子をステージ上よりカインは眺める。ある程度眺めた後、カインは静かにステージから降りて、去っていこうとする。
「やい! そこのカインだかアイーンだかわからないやつ! 先輩の仇は私が取る! 先輩は……先輩は……私のめっちゃ大切な人だったんだぞ!」
「ハン……。あいにく吾輩は女子供を斬る趣味はないもんでな。おとなしく刑罰を受けてあの世でトマリギトマルと巡り合うんだな」
「このぉ! 無視すんなぁ! 私は……私はぁ!」
 ユーカは今にも檻をぶち破ってしまいそうなほどのエネルギーを拳にチャージした。その拳で、あらゆる障害をぶち破って、すぐさま、ステージの方へと駆けようとしている。

「止めろユーカ。俺の目の黒いうちはそんなことをするな」
 俺はそう言って手をゆるやかに動かす。血みどろ色の海の中から顔を上げ、足を曲げ、ゆっくりとイモムシのように体をくねらせて、痛む体を押さえつつ立ち上がる。
 俺は生きていた。
「なっ……」
「なんだとぉ!」
 振り向いたカインと、ステージを眺めていたシリウスが感嘆の声を上げる。
「先輩っ――!」
「トマルさん!」
 檻の中のユーカと、ファナさんが涙声で声を発した。
 ファナさんはこちらへ駆けて来て、対するユーカはこちらへ来ようと走ろうとしたところ檻に気付かず頭を強打。頭をおさえつつ喜び交じりの涙顔でこちらを向く。ぐしゃぐしゃのトマトみたいな顔だ。
「先輩っ! 先輩先輩先輩! 先輩生きているんですか!」
「ああ、この通り……ぴんぴん……とまではいかないが、何とか生きてるぞ」
「そ、そんな馬鹿な! お前は、俺の手で殺し尽くしたはずなのに! 血があんなに出て、脈もなくなって心臓も止まっていたのに!」
「俺は地獄の底から舞い戻って来たのさ!」
 カインの方へと歩いていく。ああ痛い。俺は体を斬られた後を押さえつつ進む。
 そんな俺の様子を見て、いままで泰然としていた態度のカインが、わなわなと怯え出した。何か怖いものでも見ているようだ。
「こ、このゾンビ野郎! わ、吾輩は不死者アンデットなんかに怖気づかないぞ! てやぁ! うわぁわぁ……」カインはしっちゃかめっちゃかに剣を振っている。
「そんなに怯えるなよカインの騎士様よ。俺は生きとし生ける人間だ。それを証拠にほら」
 俺は学ランを開けて、シャツをめくって己の胸板をさらけ出す。そこには蚯蚓腫(みみずば)れしたあとが二次関数のグラフように描かれている。
 切り傷ではなく蚯蚓腫れだ。体のどこも斬られていない。
「お前の剣を受けるのは骨を折ったぞ……というか、比喩でなく、本当に骨を折るところだったな。カルシウムが欠乏していればあばら骨ぐらいたやすく折れていただろうが……」
「ど、どういうことなんだ! 吾輩はこの剣でお前を斬ったんじゃ……」
「その剣では人は斬れないんだよ。カイン、お前は俺の罠を警戒して、剣の柄やグローブを注意していたようだが、お前は一番大事なところを点検し忘れていたようだな。灯台下暗しというやつかな」
「一番大切なところって……まさか!」
「そうだ。俺はお前の剣の“刃”をすり替えておいたのさ」
 それを聞いてカインはおそるおそる己の剣の刃を掌に載せた。載せると、すーっと一思いに剣を引いた。
 本来の剣ならば掌にまっすぐ、細い線の傷がつくはずなのだが。掌には、傷はつかず、ただ剣の通った跡が薄いピンク色で残るだけだった。
「な……。剣の刃が……切れないだと!」
「峰うちというやつだ。刃を片刃のモノに変えて、お前が俺を峰うちで叩くように仕込んでいたのさ」
「そんな馬鹿な! 一体いつ刃が変えられたというんだ!」
「今日より三日前の夜中に、お前の家に忍び込んで刃を変えたのさ。その時はあんたは俺の策も知らなくて、その上眠っていたので剣を手から離して枕元に置いてあった。だから刃を挿げ替えることができたんだ」
「ずっと前からこれを計画していたのか……」
 カインは唖然としていた。
「そんな……。じゃあ、お前を斬ったときに噴出した、今も体中にまとわりついている血は何なんだよ!」
「ああ。これはただのトマトソースだ」
「と、トマトソースだとぉ!」
「トマトソースを血のりにして、アクション俳優のごとく名演技を演じてやったというわけさ。そう。すべて俺が演出した“演技”なのさ」
 俺はカインとの戦いの前、学ランの中にトマトソースの詰まった袋を仕込んでおき、それが、カインの放つ“峰うち”によって破れることによって、あたかも「剣で切られて出血した」ふうに見せたのだった。
「ちょ、ちょっと待て! お前が斬られたのが演技だとしても……。俺はさっき、お前の生死を確認したんだぞ! 脈もなくて、心臓の音もしていなかったんだぞ!」
「おいおい。脈もなくて心臓の音もしていないやつが蘇生するなんてこと、奇跡でも起きない限りありえないじゃないか」
「じゃあなんでお前は生きているんだ……」
「これはちょっとした手品でな。脈の方はな、このようにゴルフボール……はないから、それくらいの大きさの石をわきに挟んでやってしばらくすると、脈が止まるんだよ。昔テレビのマジックショーでやってた受け売りなんだけどよ」
 そう言って俺はカインに対しその球状の石を放り投げる。それを手にしたカインはおそるおそるそれを脇に挟む。数秒後、自分の脈を触って驚いていた。
「あと心臓の方は、このようにまわりに音を伝わりにくくするように木の板を取り付けておいてな」
 と俺は学ランをさらにはだけさせて、胸のあたりにあった木の板を落とす。
「周りの歓声と、そして俺が“おそらく死んでいるであろう”という先入観により、お前は、俺の心臓が止まったと勘違いしたんだ」
「そ、そんな……」
「騎士様たるあなたが、人の生死を見間違うなんて、敵に返り討ちに遭われたらおしまいじゃないですか?」
「…………」カインは返す言葉がなく、ただうなだれる。
「とにかく俺は生きていたんだよ。カインさんよ。あんたはまんまと俺の罠にはまった醜いネズミ野郎なんだよ」
「な……何を! たしかに吾輩はお前の生死を見間違えはしたが、それがなんだというんだ! 決闘が仕切り直しになるだけではないか! そんなペテンで生き延びたって、今度こそ吾輩の剣でお前をぶった切って……」
「いや、カインさんよ。あんたはすでに負けているんだ」
 俺はステージの上からカインに指を差す。目玉を抉るような力強い突きで。
「な、世迷言を言うな! 吾輩が負けているとはどういうことだ!」
「どういうことも何も、あんた、場外反則で負けだぜ」
「えっ……」
 カインが立つのはステージより下の地面。俺が死んだと思い込んだカインはステージから降りていたのだ。
「審判員さんよ、場外反則は即負けなんだよな」
「え、ええ……。そうですけど……」
「じゃあカインさんよ、あんたは負けだ。俺の勝ちだ」
「な、なぁああああああにを!」
 カインはステージを上がり、俺の間近くまで来ると、俺の胸ぐらをつかむ。
「場外反則も何も! 吾輩はお前が死んだと思い込んでいてだな……。そ、それにさっき審判員が吾輩の勝ちと宣言していたではないか!」
「決闘での勝敗は、どちらかが“死ぬ”か“降参”するかのどちらかだ。死んでもいず、降参もしていない俺は、つまり厳密に言えば負けていないということになるんだ」
「へ、屁理屈だ!」
「屁理屈ではない。理屈の通った、ルールに乗っ取った話だ。さぁカインさんよ、そろそろ騎士らしく、潔く負けを認めたらどうだ?」
「くっ……」
 これぞ論理の勝利だ。世の中で一番強いのは正しいことだ。正義こそが最強。
 正義を突き付けてやれば人間、反論できないものだ。
 カインは審判員に体をむけた。もはや敗者の顔になっていた。
「審判員さんよ。こいつの言うとおり……吾輩は場外反則を犯した……。だから今回の勝負、吾輩の負けだ!」
「な、何を言うんだカイン!」
 その言葉を聞いて驚いたのはシリウスだった。席から立ち上がりぶぅぶぅとステージ上の俺たちに文句を垂れている。
「シリウス様、かつてあなたは強大なドラゴンを倒したとも言われる剣豪であったでしょう。そんなあなたなら、騎士道の誇り高さを充分に承知でしょう。今回、まんまと一杯喰わされたのはどう見ても吾輩の方です。あきらかに吾輩の落ち度です。ですから、吾輩は騎士道に乗っ取り負けを認めます――」
 それを聞いてシリウスは茹で上がる。赤くなる。
 どうやらシリウス大臣は、若かれし頃ドラゴンを倒してしまうぐらいの剣豪だったようだ。あの豚のシリウスが。時が経つと人はいい方にも悪い方にも変わってしまうものだ。
「こ、このカインめ! お前は私の家来失格だ! 破門だぁ!」
「シリウス様……あなたは変わられてしまったんですね……」
 そんなやり取りをしり目に、決闘は締められる。
「えー、それでは、決闘最終戦は、カイン様の場外反則により、トマリギトマル様の勝利となります」
「よし」
 ガッツポーズを心の中で行い、こんどこそ正真正銘の勝利を得た俺はステージを満足げに降りていく。
「先輩! やっぱり先輩はカッコイイですよ! 私先輩が絶対負けないって信じてましたよ!」
 がうがうと吠えるユーカ。なんかうるさいのでそれを無視して俺はファナさんの方へと向かう。
「ファナさん」
「トマルさぁーん」
 ファナさんがこちらにかけてくる。俺は倒れ込むファナさんを抱きしめる。やわらかい体。彼女こそがこの物語のヒロインだ。
「ぎゃっ、私を差し置いておいしいところを持っていかれた! 私はどうすればいいんだぁ!」
 ユーカはもはや空気と化していた。
「おかしい! どういうことなんですか! だいたい先輩は私を助けるがため戦っていたのに、ここは私となみだなみだの抱擁をするのが絵になるんじゃないですか!」
「黙れユーカ。俺はただお前の借りを返すために命を張ったまでだ。ことが済めばお前なんか用無しなんだよ」
「用なっしーですって! ぷしゃー!」
 なぜか某ゆるキャラのような狂乱を行うユーカ。そんなのは無視してファナさんと共に歩く。
「トマルさん、お疲れのようですから、控室の方でお水と食べ物を用意しておきました」
「ほう、それはありがたい。それではお言葉に甘えて休憩しに参りましょうか」
 と俺とファナさんは二人、どよめきの中の闘技場を去っていく。
 その様子をギロリと睨んでくるのは二人の姿。一人は嫉妬心に燃えるユーカのまなざし。それともう一つはシリウスの執念深きまなざし。
 シリウスはずっとこちらを見つめていた。よほど俺のことが気にくわないのだろうか。まぁいい。あいつはどうせ大臣の職を下されることだし。
 ファナさんの身はどうなるんだろうか。
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