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頂きもの短編集

晴れときどきオバケ

作者:ゲストa
薄闇に滲む真っ白なシーツを、ゆらり、ゆらりと振るわせて。
オバケだぞー!と凄む思い出には、お日さまの匂いがついてくる。

今や反転。

「…………ぅわっ」

ぱんっと乾いて温かいシーツで眠る夜は幸せだ。
今夜を楽しみに七人分の布地が織りなす通路を行き来していたら、ばっさり道が閉じた。
肩下にぐるりと回された腕は緩いが、袋状になったシーツが視界を塞いで、逆転オバケの正体は見えない。


――いつもの通りに。


この悪戯めいた状況、忍び笑いの一つももらえば振り払えるのだが、あいにく息遣いすら聞きとれない。
そこにいることを疑うような気配の薄さと、シーツ越しに在る確かな実態。
白昼堂々出没するのでなければ、その落差を薄気味悪く感じただろう。

記念すべき初回はもっと現実的な意味で恐ろしかった。
腕の位置、その長さ、明らかに男のものなのだ、人を呼ばなければ対処は難しいと。
一杯に息を吸い込んだところでふと思考が回り、もてあました悲鳴にむせかえった。





この職場の警備が尋常でないのは、身に染みていた。
ムダに広い敷地はぐるりに電磁柵が標準装備され、人の出入り、郵便物の受け取りすら煩雑な手順を踏まなければならない。
最初は男所帯への住み込みに怯んだのだが、今では仕方ないかと思えるほどだ。

あるいたずらっ子は門扉に落書きをしようと近づいて、打ち出し網に絡め取られて泣き喚き、うちはご近所さんに通報された。
傍若無人などら猫は、電磁柵を突破した先で三日三晩臭う謎の液体を浴び、二度とこの辺りに現れなくなった。

それら全てを製作、維持管理するセトに、なぜそこまでの防御網を敷くのか聞いてみたこともある。
趣味、の一言だったが、同じ敷地に住まわせてもらっている身として、いつも心強く思っていることを伝えた。
くいくいと、しきりに眼鏡に触れるのは照れくさい、もしくは嬉しい時の仕草なので、でもやり過ぎだと思っていることは黙っておいた。





つまりこのイタズラは内部の人間による犯行!とまでは、自信を持って言えたのだ。
しかし体格から割り出そうにも、比較対象が自分では誰しもが大きいとしか言えず。
加えてこの宿舎の住人達は皆、休日にも勤務時間にも規則性が全くない。
全員分のアリバイなど到底つかめず、犯人探しは難航が予想された、というわけで。
抵抗すらも投げ出して夕食の献立を考えていた当時の自分は、すでにこの職場への耐性を備えつつあったのだろう。
……ついでに信頼も、少しだけ。

そもそも一分も経てばこのオバケ、何をしなくてもあっさり消える。
今日も例外ではなく、さらりとシーツが解ければ同時に足音も残さず見事に消失、もう怪奇現象の括りでいい気がした。
あれもこれもと頭の中で組み立てていた手順が飛んでしまって、薄雲を溶かした涼やかな蒼をぼうっと見上げた。
視線を漂わせると、秋風に踊るかさついた葉やひるがえる二階のカーテンが……――。

「……ごきげんようレイスさん。もしかして、そこでずっとご覧に?」
「まあね。君は俺の保護下にある、意にそまない行いからは出来るだけ守らないと」

「その、こんな事を言うとおかしな人間だと思われるかもしれませんが……」
「ああ、皆まで言わなくていいよ。君は最近推理ものに嵌ったらしいから、犯人のヒントは出さないでおこう」

「ありがとうございます」
「ただ、一言言わせてくれ。この敷地内なら油断していてもいい。不埒者の正体を推理して遊んでもいい。だがそれ以外の場合に、悲鳴をあげて抵抗できるだけの警戒心は常に備えておいてほしいんだ。君の対応は、あまり一般的ではないよ?」

そう苦笑するレイスの手には、腕に固定して威力を上げる実戦的なスリングショットが握られている。
もしも私が嫌がれば、つがえられたごつい鉄球が唸りをあげ不埒者を打ち倒したのだろう。
しかし面識のない状態で同じように助けられたとしたら、私は逃げる。
言葉より先に手が、どころか武器が出る男など、暴漢と同じくらい怖いからだ。
どう見ても非常識な人間から真っ当な忠告を受ける、この鬱屈。

「…………気を、つけます」

絞り出した小さな言葉に、レイスは満足気に頷いた。








「それではお休みなさいレイスさん、ワイゼンさん。また明日」
「ゆっくり休んでくれ」

「おやすみノルさん」
「忘れ物はない?じゃ、コレ持ってこの懐中電灯、また少し改良してみたんだ」

「セトさん……以前も言いましたが両手持ちサイズは夜道には不向きです。サーチライトなみの光量は要りませんから」
「うん、だからこんな装備を考えてみた、ここを押して?」

「――ひいっ!?自動で絡みつくベルトとかもっと要りませんから!!しかもデザインがまるで虫……?」
「解ってるね、この細かな節とびっしり生やした柔毛が抜群の装着感を生むだろ?」

「ええ、おぞましいほど。ならせめてこの塗装、つやっつやの黒光りはやめませんかっ?嫌な感じの見覚えが……」
「……気に入らなかった?壮絶な耐久性と並外れた存在感にあやかろうとしたんだけど……」

「意図的ですかっ!!」

ノルが寝泊まりする離れまで送るのは今夜はセトの役目、ここぞとばかりの試作披露に夜道が賑わう。
切れ切れに響く、おもに苦鳴に耳を傾け、留守番組は諦観の目を見交わす。

「……阿呆ですよねーあいつ。張り切れば張り切るほど空回って、なんだってノルさんに嫌われないんだか。好感度にこだわるならまず我が身を振り返れっての!イヤ待てよ、だからこその危機感か?」
「別に不思議でもないだろう。表面だけを見る人間ならこんな掃き溜め、一週間と勤まらない」

「ちょっと、やめて下さいよ掃き溜め呼ばわり。自分で言ってて虚しくないんですか?」
「……そうだな、懸命に居心地良く整えてくれているノルさんにも失礼な話だ。悪かった」

「レイスさんが素直に謝った!?……不気味だ」
「調子に乗るなよ小僧。彼女の居ない今、貴様が豚そっくりに泣き喚いても不都合はないんだ」

「そう、そんな感じでいて下さいよ、それこそノルさんもいないのに」
「“家”用の設定が馴染んだんだろう、無意識に混じってくるんだ。慣れろ」

「はあ、んじゃまぁおいおい…………あと、つかぬ事を伺いますが、夕食のシチューに幾つ肉が入っていたか覚えていらっしゃいますか?」
「お前が改まると不快だな、仕事を思い出させる。しかも意味が分からん。五個だが、それが?」

「ほぼ倍ね……誤差の範囲か?けど今日の今日ってのが――?」
「――待て、それは加減どちらの差だ?」

「多い方です、そりゃもうごろごろと。旨かったなぁ……」
「どういうことだ!?贔屓か?ノルさんがお前をっ…………お前を?無いな、不注意か」

「ひどっ、そんなオチならわざわざ話振りませんって。他の奴らの状況と考え併せてもアレです、なんつうか……どうなんですかね?」
「纏まりが無さすぎる。情報収集と分析はお前の領分だろう、言葉を濁すな」

「あ~~…………シーツ男の中身、ノルさん見分けてきてますね。肉が増えたり菓子を貰ったり、長めに寝かせてもらえたり、風呂におもちゃが現れたり、寝酒に付き合ってもらえたり。ささやかな好意らしきものが度々、当日か翌日中には犯人に返っています」

「……信じがたいな。単純にそれが可能かも疑問だが、何故だ?実害はなくとも鬱陶しいだろう、殴りつけて罵りこそすれ、優しくする理由がない」
「ええ、普通は急所踏み抜いて唾を吐くところですが、そこはノルさんですから。察知方法については見当がつきません。しかし、受け流すのではなく相手を気にかけるようになった理由なら予想できます。シーツ一号はルークでした。あいつの仕事は胸糞悪い物も多いですからね、奴にとっての日常とノルさんが送るそれがあまりに違うものだから、まるで違う生き物のようで、触ってみたくなったと本人が述べていました」

「虐めてみたくなったの間違いだろう、八つ当たりにな。しかしあいつがお前にそんな話を打ち明けたのか?とても仲がいいようには見えないが」
「そこを押して相談に来て、取り成してくれと頭を下げたのですから真実でしょう。ノルさんに怯えた様子がなかったので素直に謝るよう助言しましたが、ぐずぐずしているうちに二号三号が出没。濡れ衣を恐れて沈黙したようですね」

「……ちなみに何号までいるんだ?」
「六号のみ欠番です。つまりあなた以外全員やらかしました」

「お前らは、セトを笑っている場合なのか?」
「面目次第もございません。言い訳になりますが、こちらに非があっても拒まれないというのは快い感覚です。誰だか認識されての事なら尚更に。あなたは興味が沸きませんか?自分だと気付いてもらえるかどうか」

目を伏せ、ゆるく手を開いては握り込むレイス、それを眺めながら無表情に晩酌を続けるワイゼン。
だがその手が止まった瞬間、ワイゼンもにやりと表情を崩した。

「六号誕生ですかね?やるならお早目に、洗濯日和がなくなっちゃいますよ」
「言ったことがあったか?お前のその持ち腐れた敏さは嫌いだ。機会があり次第試行する、結果は伝えよう」

「あ~あ、ノルさんたら結局全員に弄ばれて。かわいそうだな~」
「お前なんか大嫌いだ」








ルール①:襲撃は白昼健全に、きっちりとシーツを挟んで直接触れないよう配慮されたし。


冬支度でもあるまいに、頻度を増したオバケとの遭遇。
いつもながらの密やかさに、こちらも呼吸を整えて自然体を心掛ける。
最初のオバケはこちらが咳き込むと、思わずというように片手で背を撫でてきた。
そんな態度でなおかつ無害なら、警戒心を持ち続ける方が難しかったのだと、レイスに言い訳してみたい。

無遠慮につむじに顎を置くのがいるかと思えば、極力触れないようシーツを握って引き寄せたり。
後で微妙にこちらを避けてみたり、逆に含んだ笑いで愛想良く接してきたり。
事が起こる前、ほぼ一様に押し黙り、無機質なまなざしでこちらを眺めている皆さん。
いくら平凡でも成人女性をあまり舐めないで頂きたい。

けれどただ身近に居るだけの私にさえ、束の間の温もりを求めるほど彼らが弱っているなら。
こちらとしても、騒ぎ立てて逃げだすほど情がないわけじゃない。
ただ一生分かり合える気がしないから、一線は越えない覚悟だ。


――おばけの正体なんて、私は知らない。










ルール②:過度な不安を与えないよう時間厳守。撤収は慎重に、万一正体を晒した者は全ての罪を被るべし。


うなじを押せば、小さな頭が胸に着く。
腰を攫えば、抵抗もせず寄り添ってくるしなやかな体。
シーツ越しというもどかしさが野蛮な衝動を炙るのは、俺だけが持つ感情なのか。
白い繭の中声も立てず、成すがままの彼女には危機感が足りない。
ここに立つのが害意を持つ人間ならどれだけ惨い目に遭うだろう。

回した腕にゆっくりと力を込めていく。
異常を悟るまでの時間を計り、その後の対処法も観察したい。
……あとはそう、君には惨めな無力感が必要だと思う。

妨害は、ほんの手始めの段階で入った。
隣のシーツに着弾した鉄球がそのまま居座っているのは、凶悪な棘が生えているからだ。
視界を奪われたままいきなり振り回された彼女は、立つのもおぼつかず腕に重みを預けてきた。

ノルさんの存在を織り込んで、しかしぎりぎりの回避を強いる狙撃は本職であるムルフィンのもの。
得物を選ばない男が構えたスリングショットは、既に引き絞られてこちらを狙う。
隣に立つルークも、暴力的なまでの満面の笑みで腕時計を指し示した。
一分など、とうに過ぎていたらしい。

声を殺して笑い転げるワイゼンに後を預けて連行され、若造二人から長い説教を受けた。
途中でセトが加わり、通りがかったベルトランには鼻で笑われた。
違反には叱責と罰を、規律は正されなければならない。





「本当にここは環境に恵まれていますよね。閑静で、敷地も広々としていて」
「ああ、本当にクソ忌々しい広さだよ。奴らが生涯最期に見るのは俺の顔かもしれないな」

「あの、何がどうしてこうなったんですレイスさん?敷地の雑草を全部一人で手刈りだなんて……今までどおり除草剤ではいけないのですか?」
「駄目なんだ、詳しくは言えないが俺の名誉が掛かっている。気にしないでくれ、肉体労働は慣れているから」

早くもうんざりしながらグローブを嵌めようとして、しかし珍しく返事を返さない彼女を伺うと、目が合った。
もともと人を選ばず真っ直ぐに見上げてくる女性だが、憂慮を含んだその表情はあまり覚えのないものだ。
無言で見つめ合うこと数秒、やがて控え目に浮かんだ微笑もまた、記憶にないほど柔らかだった。

「それでも。休憩を忘れてしまわれないよう、後で飲み物をお持ちします。何かご希望がありますか?」

適当に何かを答えたのだろう、ぞっとするほど華奢な背中が離れていく。
いつだって大事なものから壊れていく。

彼女の自衛意識を高めるうまい手を考えよう。
幸いそのための時間は、今からたっぷりとあるのだから。
本作はゲストa氏より頂いたお話です。許可をもらいrikiが投稿しております。

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