あいつはとんでもないものを盗んでいきました。それはあなたのパンツです
今日、私の家で盗難がありました。
しかし、それが……。
「どうして俺のパンツなんかを……」
私の父。
そう。今日、盗まれたのが父のパンツだったのです。
犯人に目星はついています。だって、パンツ片手に庭から逃げたところを私が見たからです。
最近となりに越してきた男の子――遼平くんだと思う。
「なあ、乙女。どうして俺のパンツなんだ? お前のならわかる。なぜ俺なんだ?」
乙女とは私の名前。遼平くんは私と同じ学校。同じクラスでとなりの席。明日から非常に会いづらい。
「言わせてもらうけど、お父さんがややこしいだけでしょ」
「ややこしいとはなんだ。ややこしいとは」
「もー。もし盗まれたパンツがお父さんのだってわかったら、私逆に学校行けなくなるじゃん」
「なんで、お前が心配するんだよ。心配するなら俺を心配してくれよ」
「だって、お父さんのパンツ――」
そう、父のパンツは、
「女児用じゃん。私そんなの穿いてないし」
「しょうがないだろ。あれが一番フィットするし、穿き心地がいいんだ。悪いか」
「悪いとか言ってないし。お父さんとわかるようにタグに、『お』と書いた私がバカだった。あれじゃ私の乙女の『お』と被って絶対誤解されてる……」
この歳でタグに名前書く人普通いるの。とか考えてよ。そのときとなりにあったシルクのが私のだし! どうでもいいけど!
私が苛立って、髪をがしがしやっているとお父さんが、
「なんだ。となりの遼平くんが好きなのか? お前も年頃だなぁ。やっぱり」
「そんなんじゃないし。このままじゃ、明日からずっと私がお子様パンツを穿いていることになるのがいやなの!」
私のお父さんは平均より小柄で、私と体型も身長も大差がない。いわば男でガリガリ。女でちょいぽちゃみたいな。
「そっか。なら黙っていれば、お前が嫌悪で言えば遼平くんが嘔吐なわけか」
嘔吐という言い方はどうかと思うけど。
「そういうこと。もう。今からでも言いにいこうかな。私のために。べつにあいつはどうでもいいし」
「ちょっと待ちなさい。乙女」
私がリビングの戸を開けようとすると、お父さんに止められる。
「なに?」
「俺に良い考えがあるから」
「うん?」
∀
教室に着くと遼平くんはもう来ていた。転校生のせいか、クラスではそれなりに人気もある。
私は昨日お父さんに言われたとおりに事を進めようと息を吐いて、席に着く。
遼平くんが窓際一番後ろ。私はその横。
カバンから昨日徹夜で書いた手紙を取りだす。正直、30回ぐらい書き直した。だって、こういうの書くの初めてだったし。なにをどう伝えていいか、すっごく悩んだ。くそ……帰ったら覚えてなさいよ、お父さんめ。
それを誰にも気づかれないようにそっと、遼平くんの引き出しの奥に押し込んだ。誰にも見られてないよね? こんなのバレたら私一巻の終わりになっちゃう。
押し込んだあと辺りを見渡す。どうやら気づかれてないようでホッとひと息。
チャイムが鳴り、遼平くんが席に戻ってくるとき私に「よっ」となんでもないように挨拶を交わす。
「おはよう」ととりあえず返した。ホント気づかれてないと思っているようだ。
「!?」
私に挨拶したあと教材を出すとき、どうやら手紙の存在に気がついたようだ。ふふ、なに、あの慌てよう。これは少し書いた甲斐があったものね。
遼平くんは私の顔をちらちらと手紙と見比べる。
バレたのかな? と思ってドキドキと胸が熱くなるのを感じる。けど、どうやら私に相談するか悩んでいるだけのようだった。
そんなことを知ってて意地悪で見ぬふり。そのまま通常授業を受ける。
∀
そして、あっという間に放課後。ついにこのときが来たのである。あのあと遼平くんは、コトある毎に私のほうを見てくることに多少の苛立ちがあったが、この際どうでもいい。
今日で遼平くんとの終止符を打てるんだから。
私は待ちあわせ場所に指名した学校の屋上にくる。
遼平くんは急ぎ足で、私より先に教室を出て行ってしまった。向かう先は、ここだろう。相手を待たせないために、予定時間より前に行くなんて少しは男らしいところがあると認めるかな。
屋上のドアを開けると、冬の匂いを感じさせる冷たい風が私を包む。
「あ、あの! 僕も今来たところで……」
中央に立つ男性が来たばかりの私に向かって、深々とお辞儀をしてくる。
よく見ると遼平くんだった。普段は「俺」って言うくせに真面目ぶって「僕」と使うらへん。紳士を演じてんのかな。
驚きつつ、3ミリほど棘を刺しこんで言う。
「なにやってんの?」
すると「は?」とした顔で私を見上げてきた。
「な、なんでお前が?」
「あの手紙を入れたのが私だからよ」
そう告げると大層驚いた顔を見せる。なにかに絶望した顔といったほうが正しいかもしれない。そこまで落ちこまなくてもいいのに……。私だって、一応女の子なんだから。
「なんで、あんな丁寧な文を……ああ、俺の一日を返せ。俺のドキドキを返せ。一銭残らず全部返せ!」
「それは私のセリフよ」
「なんの話だよ!」
手のひらを返したように、乱暴な口調で噛みついてくる遼平くんに、私も怯まずに本題を突っこむ。
「昨日、私の下着盗んだでしょ」
「盗まねえよ。なんで俺がお前のを」
これがお父さんの作戦の2個目――『盗んだ下着を自分のだと言え』
でも動揺もせず、シラを切っている。
「私見たんだから」
「なにを」
「遼平くんが逃げるところ」
「くっ……」
これには遼平くんも一旦怯む。
「返してよ。今返したら許してあげるから」
「だから、俺は盗んでない。証拠はあるのかよ」
あくまでも貫き通すつもりのようだ。ならこっちにだって考えがあるんだから。
「私、盗んだ下着を片手に家に入るところまで見たんだからね」
「ぐぐっ……」
一歩引いて、私から距離を取りつつ顔を歯で歪ませる。
「どうなの。まだ言いわけするの!」
「……あれなら捨てたよ。臭かったし」
遼平くんは吐き捨てるように開き直った。
私の目から逃げ、コンクリートの地面を見下す。
「え?」
「あんなお子様で、クッセーもん。なんで俺あんなの欲しかったんだろうな」
言いたい放題だった。
遼平くんは、私のことを言っているつもり。でもあれはお父さんのだ。自分に合っていると私に自我が生まれたときは、お父さんはもう女児用下着を穿いていた。大きくなるにつれて普通は、穿かないと知ると毛嫌いする時期もあった。今もそんなお父さんはたしかに気にくわない。
けど――
「酷い! あれは私の……私の……たった一枚の……た、たか、らもの、なのに」
もっとはっきりと、力強く言うように声を出したつもりでいた。それを頭に考えて言ったはずなのに、口から吐かれたのは弱々しく痰が絡んだような声音だった。
お父さんの作戦。その3。『宝物だったのに』
これを恐喝するように言うのが当初の予定だった。
「ご、ごめん。そんなつもりじゃ。あるよ。部屋にある。捨ててないから。なあだから泣くな」
泣く? なんで私、泣いてるの。なんで。
目元を拭うと、手の甲がひんやりと冷たい液体で濡れた。
「泣いてないから」
鼻をずずっと吸って、遼平くんに強攻な目で合わせた。
私は強がったのかも。
「帰ったら返す。けどその代わり」
「その代わり?」
遼平くんが真剣な眼光で私を見る。え、なに。この空気。照れるじゃん……。
「俺と付き合ってくれ」
「え」
「転校してきたときからずっと好きだったんだ」
唐突な告白。初めてされた。でも私はおもわず、
「いやだ。パンツ盗む人と付き合えるわけないし。気持ち悪い」
言ってしまった。
「だよな。じゃ、じゃあ、代わりにお前の普通のパンツ一枚くれよ。なあ?」
血色を変えた熊みたいに遼平くんが変質者のごとく息を荒くして近寄ってくる。
「いやだし! それならあれあげる。どうせお父さんのだから!」
「ええ!? ますますいらねー! なあいいだろ! モテない俺に恵んでくれよ」
「きゃあああああ! 変態!」
「ぎゃあああ」
私の渾身の平手が頬に入った。
遼平くんは倒れこみ、私はオドオドとして屋上から逃げだしたのであった。
こうして「父のパンツ盗難事件」は幕を閉じた。
おしまい。
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友城にい