第七章:密偵と熾天使と
「いや…、ちょっと待て」
村川正一は、自分の借りているアパートの部屋へ向かっていた。
その事に何の問題も無いはずだ。
「…本当に、待ってください神様」
そう、待ってほしい。先ほどから、どうも誰かにつけられているようだ。簡単に言えばストーキングされているようにしか思えない。
犯人は分かっている。でも、信じたくない。なぜなら、
「………………」
クラスの無言少女、青咲氷芽が、その犯人だからだ。
立ち止まって、ばっ! と後ろを振り向くと、青咲も立ち止まる。
前を向いて歩き出すと、後ろから足音が聞こえる。用は歩き出す。
村川は、恨まれるようなことをした覚えはない。そして、あんなに無言だった奴がいきなり、と言うのはありえない。様々なことが言えるが、まとめれば『現状はありえない』だ。
などと考えつつも、とりあえず賭けに出る。
ぐるり、と振り返って、尋ねる。
「あのさ、もしかしてお前の家こっちの方か?」
「………うん」
ああよかったよかった。とは思ったが、
「………………いっしょにかえろ」
予想外の事が起こってしまった。
「いや、別にかまわねーけど」
「………………うん」
そう言うと、青咲は小走りで村川の近くに来る。
「………正一の家も、…この辺?」
「ん、まぁな」
「………今度、…遊びに行っていい?」
こういうセリフはもっと親密になってから言った方がいいと思うのだが、
「ん〜………別にいいぞ。散らかってるけど」
一応、許可しておいた。
「じゃあ今日」
「うぇ!? いきなりかよ! つーか三点リーダ(…のこと)が無い!」
「…………………だめ?」
「う…ぎゃぁぁ!! 涙目で見るなぁぁぁ! 分かった、分かったからとりあえず涙を拭け!」
「………………………ありがと」
少し鼻をすすりながら、青咲が言う。これでは村川が悪人だ。まあ、その通りなのだが。
「あら、お帰りご主人」
村川が帰宅すると、そこには炎上していないフレイルがいた。
「おう、客だ。適当に茶と茶菓子をよろしく」
「はいはい〜」
フレイルはスリッパをぱたぱた鳴らしながら、キッチンへ向かう。
「………………フレイルさん?」
青咲が、よくわからないといった表情で村川を見る。
「ああ、俺の召喚は特別だから」
村川が説明を開始する。
「普通は、精霊とか式神とかは別物で、精霊を使った術は『精霊の力を借りる』事で、式神を使った術は『式神を直接具現化させる』事だから、俺の場合『式神』に『精霊の力』をぶち込んで『フレイル』を『灼熱の魔女』として呼び出すって寸法だ…あ、上がっていいぞ」
「……………うん」
そう言うと、真剣に話を聞いていた青咲は丁寧に靴をそろえてから部屋に上がった。
村川は、とりあえずリビングに青咲を案内した。
「そういえばさ、何で俺と話そうと思ったんだ?」
村川は、そういえばと言いながらも一番の疑問をぶつけてみる。
「…………………………嫌だった?」
「いやそう言うわけではねーよ。疑問に思っただけだし。つーかだからなんでネガティブなんだお前はぁぁぁぁぁ!!」
村川は焦り、もぎゃぁぁ! と叫びを上げる。
「………………………………なんとなく、信頼できたから」
ああそうか、と、村川は思い出す。
村川は、スパイだと思われないように、相手に『この人は信頼できる』と思わせる術式を常に発動させている。ゆえに、この青咲の発言も、この術式のせいだろう。
「ん………まぁ、ありがとう。あ、お前さ、実技試験は何点だった?」
なんとなく、話題を変える。
「…………………………100」
「へ?」
「……100点」
信じられない。
村川でも相打ちだった銀羽に対して100点を取ったというのか。
「………私は、…どんな術式でも打ち消しちゃうから」
青咲が、ぽつりと言う。
「………私は『天使』の中でも貴重な『熾天使』の中でも特に珍しい『神に似た者』だから。…………本当は『炎』の属性にあるべきなんだけど、………私は『氷』だから、………『本来あるべきの属性』と真逆の属性だから、………互いに打ち消し合って、………『相手から自分に向けられた』あらゆる術式を自動で無効化するの」
おそらく銀羽の攻撃を片っ端から無効化して何らかの魔術で倒したんだろう、とか考えていたが、ふとあることに気付いた。
だったら、なぜ彼女は村川が信頼できるのだろう?
相手に『この人は信頼できる』と思わせる術式を常に発動させている。
しかしそれは青咲の能力によって無効化されているはずだ。
では何故だろう。考えられるのは、村川の術式が例外的に消されていないか、あるいは、
村川のことを、『術式』なんて関係無しに信頼した?
ありえないとは思うが、もしそうだとしたら?
しかし、何故クラスの他の連中は信頼できないんだ? と考えたところで、
「おや?お客さんのようですよ?」
フレイルの声がした。
「何?」
村川は、窓から外を見る。そこには、いつかの仕事中に見た覚えがある男がいた。その男から、凄まじい殺気が漂っていた。
「やれやれ……フレイル、青咲のもてなし、頼んだぞ」
「はいはーい」
横から、青咲が心配そうな眼で見る。
「ちょっと出かけてくる。宅配物の受け取りだ。お前はしばらくここで待ってろ」 |