第二十章:狂笑の少年、少女の道は二つに分かれる
村川正一は、笑っていた。
通常、これだけの神経毒を打ち込めば、少なくとも微動だに出来ないはずだ。
それなのに、立ち上がった。
「く……くひゃひゃ、はは、すげぇ! その生命力、その根性! 毒にさらされた体をも動かすってかぁ! 面白ぇ!」
だから、あまりの無様さに、笑っていた。
大体、どんなに全力を出しても、あの体では大したことは出来ない。立ち上がった、といってもふらふらなので、毒は十分に効いている。
余裕だ。
そう思い、堺の顔面に拳をぶつけると、案の定すんなりと吹っ飛んだ。
堺は、再生能力がある。
そして、思い通りに体を変化させる。
いや、正確には、思い通りの体に再生する、と言ったほうがいいのかもしれない。
その証拠に、堺はわざわざ腕を引き抜き、そこから再生させた。
思い通り、という事は、思わなければいけない
再生した姿を想像するなどの、思考をしなければならない。
だから、思考能力を阻害すればいい。
「粘りはいいんだけどさぁ、実質が弱いんだよ! ダメな大豆使ってる納豆かテメェは!」
村川は、そう言いながら、うつぶせに倒れた堺の腹を蹴る。ごろん、と堺の体が丸太のように転がり、仰向けになった。そこを狙い、腹を踏む。
頭を狙えば、ぐしゃりと潰し、目の前の人間をただの首なし人形にする事だって出来る。
しかし、それだけでは面白みが無い。
とことん、いたぶる。
最初も笑っていたが、襲ってくる愉快さにより、さらに口が裂ける。
さらに、それを抑えきれなくなり、声に出して笑いながら蹴る。
楽しい。
いつもいつも、依頼の際は退屈だ。あんなことは、手を抜いても出来る。さらに、時間の制限もある。
しかし、これは制限が無い。
一瞬、他の生徒にばれたらまずいとも思ったが、全員の集中が校庭に現れた竜に集まっている。だから、心置きなくいたぶれる。
堺は、タフだ。
その体力があると言うのは、村川にとっても利益がある。
タフな分だけ、楽しめる。
がしり、と。
そんな村川の足を、堺の手が掴む。
村川は、ぎり、と歯を食いしばる。
ここまで来ると、もう鬱陶しくなってきた。
「邪魔だよ! うっせえんだよこのボロキレが! 『火球』!」
ボン! と、村川が火球を撃ち、その火球は堺の背中にめり込み、爆発する。
爆炎が村川に届く前に、『無関心』のバリアを張り、村川には一切届かないようにする。
堺の手が足から離れ、村川は笑みを浮かべる。
確かに、堺の手は離れた。
立ち上がるために。
「………………………、あん?」
目の前の少年を、あの爆炎を受けても生きていた、その上、立ち上がった少年を、村川はきょとんとした顔で見ていた。
いや、何かが違う。
確かに、目の前にいるのは堺健だ。しかし、眼球の色や、頭髪の色が、違う。
眼球は、全て黒。
頭髪は、全て深紅。
「堺健! 我に体を貸せ!」
堺から、声が聞こえた。
しかし、当の本人は口を動かしていないし、声は凄まじい低さだ。
「宿主の許可を受諾! 蝿の王、覚醒する!」
低い声が、言う。
蝿の王は、堺に逆支配されたと聞いている。
しかし、堺の中にまだ残っている可能性はあった。
つまり、
堺が縛り付けない限り、蝿の王はよみがえる。
ゾアッ! と、堺の体が、一気に変化する。
ほんの、一秒も無かった。
そこには、絶対的に巨大な蝿がいた。
「ふ、は、ひゃは」
非常に、面白い。
村川は、最も有効な武器を考える。
ナイフでは、大したダメージは期待できない。第一、あんなものに近寄りたくない。
という訳で、制服の内ポケットから拳銃を取り出す。
狙いを定める必要は無い。
あれだけでかいんだから、適当に撃っても当たるだろう。
適当に構えて、引き金を連続で引く。
「はッ!」
ベルゼブブが叫び、辺りに衝撃波を撒き散らす。その衝撃は、床を軽く吹き飛ばしていた。
弾丸が全て弾かれ、衝撃波が襲い掛かる。
しかし、そんなことには興味が無い。
『無関心』のバリアを発動し、それを全て無効化する。
ベルゼブブが無駄にでかい羽をやかましく羽ばたかせ、こちらに飛んでくる。
村川は、拳銃をその辺に捨て、『天羽々矢』を放つ。頭を貫く事も出来たが、それでは面白みが無いので、軌道を曲げて胸を貫く。
「ぐ、…ご、がぁぁぁぁぁ!」
ベルゼブブは唸ったが、まだ止まらない。
「ほぉら、まだまだ行くぞぉ!?」
楽しい、楽しすぎる。
先日、この学校の機密情報を調べたときに見た術式を少し変えて発動する。
『あらゆる衝撃を弾き、弾いた衝撃を放った敵を追尾して攻撃する』魔術。
すさまじい速度で、ベルゼブブが結界に衝突する。
その威力は、全てベルゼブブに跳ね返る。
「ぐがぁッ!?」
ベルゼブブが、予想外の出来事に驚き、ダメージに耐え切れずに吹き飛ぶ。
こんなに脆かったら、でかい意味が無い。
「何が悪魔の頂点だぁ!? てっぺんならそれなりに頑張れって! お前殺虫剤でも死ぬんじゃねぇの!?」
気持ちがハイになってきた。
溢れるような、爽快感。
こんなに楽しいことは、もしかしたら今まで無かったかも知れない。
村川が、見当たらない。
白羽は、ゆりかごの中を探し回ってはみたが、村川を見つけることは出来なかった。
何があったのだろう、と思う。
外には悪魔が…高名な悪魔がたくさんいるので、危険だ。
もう、黙っていられない。
皆は、窓の外を見ている。
出入り口から、反対の方向を見ている。
こっそりと、ドアを開ける。
そこから、廊下へ飛び出す。
村川を探すために。
正一が、見当たらない。
だからと言って、青咲は別に心配する必要はない。
村川は、強いから。
とっても、強いから。
「…!? お、おい! あれを見ろ!」
誰かの声に従い、青咲は窓の外を眺める。
リヴァイアサンが口を開けていて、その奥には巨大な火球が作られていた。
リヴァイアサンの、全ての口…七つの口それぞれに、巨大な火球が生まれていた。
どんどん、大きくなっていく。
あれを撃たれたら、この学校は壊滅する。
何十人、何百人もの人間が、死ぬ。
青咲は、それはいやだと思う。
青咲は、自分の両手を見る。
そこには、最強、最上といわれる、神に似た者の力が宿っている。
開いて、握る。
本物が宿っていることを、知られたくない。
教師に知られたら、青咲はただの実験人形になってしまうかもしれない。
とはいっても、それは確信を持てる事ではない。ただ、うわさを聞いただけだ。
なら、やることは簡単だと思う。
皆を。
正一を、守るため。
大好きな大好きな、正一を守るため。
青咲は、窓のふちに足を掛け、他が止めるのも気にせずに、飛び降りる。
この力が、役に立つのなら。
精一杯、使おうと思う。
皆にも見てもらって、真実を見てほしい、と思う。
たとえ、皆に差別意識をもたれようとかまわない。
正一は、きっと信じてくれるから。
正一は、絶対信じてくれるから。
だから、飛び立とう。
「……………Who can become like the god?」
神様のようにはなれないけれど、皆を守ることは出来る。
バサァ! と、六枚の翼を広げ、神に似た者としての力を出す。
皆が、こちらを見て驚愕する。
リヴァイアサンが、全ての火球を、青咲に向けて放つ。
その、魔術によって作られた炎は、青咲に触れる前に食いつぶされる。
ゴアッ! と青咲は、リヴァイアサンに巨大な氷の柱を突き刺す。
リヴァイアサンが、痛みで叫ぶ。
青咲は、くいっ、と指先を軽く動かす。
氷の柱が爆発し、リヴァイアサンを内部から切りつける。
自分が実験人形になるから、力を使わないのなら、それは単なるわがままだと思う。
この力で、たくさんの人を守れるのなら。
それは、素晴らしいことだと思う。
だから、皆を守ろう。
たとえ自分の体が、人として扱われなくなっても。
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