第一章:翼の少女
「この学校のスパイに行ってもらえないかな?」
密偵養成学校の校長、安部晋三は言った。
本人の話によると、昔の総理大臣の名前とか何とか。
「……天使養成学校?」
校長の前に立っていた少年、村川正一は言った。14歳の、普通なら中学校に通うべき歳だ。
彼は、一億人に一人、いや、他に並ぶことが出来る物が無いほどの『天才』だ。頭脳、身体能力などはもちろんの事、勘も優れている。故に、ここに立つことが出来ている。
「で、何でまた俺が?」
村川は、校長より渡された書類をぴらぴらと揺らしながら言う。
「君は我が校切っての才能の持ち主だ。今までに『炎術学校』や『雷魔術』など、様々な学校のスパイをこなして来た。これ以上に説明が必要無いと僕は思うんだけどねぇ」
この学校には、情報操作、暗殺、内部崩壊担当など、様々な生徒が育てられているが、村川はその全てに変わることが可能であり、それと同時に絶対的な成果を挙げてきた、トランプで言えばジョーカーのような者だ。
「………了解です。で? 書類などはそちらで準備してくれるんですか?」
「もちろんだ」
村川の問いに、安部は答える。
「設定としては、『転入生』として入学する事になる。偽名は使わなくてもいいよ」
村川は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻した。
「それと、そんなに緊張せずに、そっちの方で学校生活をエンジョイしちゃってもかまわないよ?」
「…そりゃ何でまた…?」
「君も疲れているようだしね…まあ、休憩だとでも思っていいよ?」
安部は、手にした本のページをめくる。普通はなんか難しい本でも読んでいるようなものだが、表紙を見ると少年誌の様なイラストが載っている。
「はぁ……有難うございます」
軽く頭を下げた少年に、校長は言った。
「じゃ、明日からお願いね?」
「はい!?」
村川が文句を言う前に、校長の座っている椅子が後方に下がり、椅子の進行方向にある隠し扉が開き、椅子が校長ごとその中に入り、扉が閉まる。
「………チッ……あのクソ中年野郎が…。依頼者とか理由くらい言えよ」
ぶつぶつとつぶやきながら、村川は部屋から出て行く。
そんな訳で、村川正一は道を歩いていた。
仕事場へ向かうべく、何の工夫も無いアスファルトの道を進む。仕事場と言っても、単なる『天使養成学校』と言う名の学校に過ぎないのだが。
転入に必要な書類等は全て校長が偽造していたため、面倒は避けられた。しかしそれでは最初から行かせるつもりだったんじゃないのか、などと思いつつ、仕事のための通学路を歩く。
どんな仕事であろうと頻繁に報告はしなければならないが、休憩だと思っていい、とも言われているので、大した依頼ではないだろう。
T字路に差し掛かり、確かここを右だったな、と思い出しながら右折する。大体、スパイの理由も言われずに行かせられる、というのはどう言うことだよ、などと考えていると、何か音が聞こえてきた。
刹那、村川の後頭部に、何かが超高速でぶつかって来た。正確には、未確認亜高速物体の一部分がぶつかったのだが、速度があるので相当な威力がある。
「うごぁ!?」
叫び声を上げながら、少年は回転しつつ5mほど吹っ飛ばされた。
「うわわわわ!? すいません!」
一瞬前まで村川がいた場所から、少女の物と思われる声が聞こえてきた。
村川が声のした方向を見る。
そこには、13〜14歳ほどの少女がいた。その少し長めの髪は、色素が少し薄いのかやや茶髪で、結んではいない。身長は150〜155cmほどで、割と普通の背格好だった。
「ごめんなさい! 学校に遅れそうになってたから焦ってて……。あ、そうだ! お詫びに行きたいところまで連れて行ってあげる! 何処行くの?」
初対面の人に敬語を使わない、と言うのはあまり良くないと思う。ちなみに、よく見ると少女の肩にすれた痕が付いていたので、おそらくそこにぶつかったのだろう。
「いや、天使養成学校行くんですけど……別にいいっすよ。そんなに気にしてないし。ってかどうやって連れて―」
「分かった! じゃあつかまって!」
少女の軟らかくて暖かい手が、少年の腕を掴む。
「え……いやいいっていってんじゃ」
村川が言い切る前に、少女の背中に淡く輝く翼が出現する。
ぎゃぁぁぁぁ! という少年の絶叫と共に、少女は低空飛行しながら超高速で突き進む。
制服をほこりまみれにされた村川は、天使養成学校の校門前に立っていた。
「ふぅー良かったー。私の学校ここだからついでで済んで良かったー」
隣の少女が満足げに言う。
しかし、村川の表情はやつれていた。
誰だって、いきなり高速ジェットコースターに乗せられたら嫌だ。
「じゃ、また今度会うときがあったらその時はなんかして遊ぼうね〜」
ジェットコースターもとい少女が言う。
「ん。…まぁ、送ってくれてありがとな」
校門をくぐる少女は、照れ笑いを浮かべながら、走っていった。
「……さすがに飛ばないみたいだな」
村川が苦笑いする。
そして、仕事場に向かう。
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