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密偵者〜スパイゾーン〜
作:界牢 天



     第十八章:痛み、恨み


 堺健は、走っていた。
 ある場所にいる、あるクソ野郎に向かって。
「見ツケた見ツけタ見ツケたアッハァ! クソ野郎ガ! クズ野郎がァ!」
 遠くから見たときには、廊下を歩いていた。
 だから、そこに突進した。足に思い切り力を込める。バゴォ! と、床が音を立てて陥没する。それと同時に、爆発的な速度で走る。
「逃げンナよ!? 逃ゲんじャネぇぞ村川ぁァぁ! ぎャハははハは!」
 笑いながら、叫ぶ。恨みを果たすべく、走る。
 村川がいた廊下まで来て、そのときの進行方向を思い出し、そちらに向かう。

 そこは体育館だった。
 入ったときに、目に飛び込んできた、ある少年の姿。
 それは、最も望んでいた少年だった。
「見ぃィィぃィぃぃィぃツケたゼぇェぇェェぇ!」
 その少年の名は、村川正一。
 最も、憎たらしい、村川正一と言うクソ野郎。
 ずっと前に、この少年のせいで、こんな所まで来てしまった。
 痛くて、悲しくて、辛い、悪魔としての世界に。
「しぶといな。全く、何故そんなに無駄なことをする?」
 これほどまでの憎悪を受けても、余裕に満ちた表情で村川が言う。
 めぎ、と、堺の筋肉がきしむ。奥歯が砕けるのではないかと言うくらい、歯を食いしばる。
「潰レろぉ!」
 足と腕を強化し、床を蹴り、高速で突進する。
 この『肉体強化』も、村川を潰すために鍛えたものだ。
 しかし、簡単に避けられる。
 怒りが増す。
「おアァぁぁァァぁ!」
 叫びながら、尋常ではない速度で、人間では決して避けられない速度で拳を振るう。
 しかし、それも避けられ、ナイフをぐっさり深々と刺される。
「…っギィぃぃ! がアぁぁァァァアあアぁぁァあ!」
 痛みを堪えつつ、それでも反撃する。姿勢が低い村川に、全力で蹴りを入れようとする。
 避けられ、宙に浮いた足を真っ二つにされる。
「アぁぁぁァアァァぁァアあ!?」
 痛い。
 誰だって、足を真っ二つにされたら痛いに決まってる。どさり、と、支えを失った体が倒れる。
 しかし、この程度では折れない。
 このクソ野郎を倒すために手に入れた能力だ。こんな簡単に潰れては意味が無い。
 半分無くなった足を見る。
 そして、いつもの完全な足をイメージする。
 ぼこぼこと傷跡が音を立てて、
 足が生えてくる。
 クソ野郎が、驚いたような表情で、再生した足を見ていた。
「どォダよクソ野郎! こレガある限リ俺は潰れネェ!」
 そう、どんなダメージを受けても、すぐさま再生させれば問題ない。例え心臓を貫かれようと、心臓を抉られろうと、何度でも再生する。
 雄叫びを上げながら、全身を限界まで肉体強化し、鋼鉄並みの肉体と爆発的な攻撃力を手に入れ、再度挑む。
 しかし、どんなに工夫して攻撃しても、涼しい顔で避けられる。
 どんなに声を上げて威嚇しても、決してこちらの攻撃は届く事はない。
「クソがぁァァアぁぁぁァアアああぁァァ! 何でダヨ! クソぉ!」
 悔しさが苛立ちに変わり、苛立ちが怒りに変わる。
「……はぁ、何でこんなに頑張るのかねぇ、無駄なのに。いい加減あきらめて死んじゃったほうがいいんじゃねぇの?」
 そんな、余裕を持った声が耳に入る。
 非常に、ムカつく。
「チッ……こんノクソ野郎がぁッ!」
 拳に、さらに力が加わる。床をえぐりながら、すくうようにして放つ爪。転ばせることではなく、相手の足を叩き折ることが目的の足払い。肋骨を砕き、肺を貫き、心臓を潰すべく放つ拳。
 その全てが、全て避けられる。
 たまにナイフで切りつけられるが、そんな浅い傷は再生するまでもない。
 そんなことは、このクソ野郎も分かっているはずだ。だからこそ、ムカつく。
 チッ、と舌打ちをし、隠し玉を使うことにした。
 後ろに飛んで距離をとり、自らの左腕を掴み、引き抜く・・・・。そして、再生するときに、いつもより数倍長く、蛇のような腕をイメージする。
 すると、

 イメージした通りの腕が生える。

「すッゲぇだロ! コレが俺の再生ノ本質ダよクズ野郎! イメージしタ通リに再生すル! だカラ俺はドンな奴が相手デも対応でキる! スっげェダロぉが! アア!?」
 例えば、相手が物凄く固い鎧を着ていたとする。そのような場合は、鋭い槍のような腕を作り、貫く。
 例えば、相手が物凄く遠い所から攻撃してくるとする。そのような場合は、切り口を相手に向け、物凄く長い腕を生やし、その勢いで直接殴る。
 この場合、ちょこまか避けるクソ野郎なので、蛇のように無数の関節を持つ腕がいい。
「そォら、叫べよクソ野郎! そレガテメェの断末魔だ! あギゃハハははぁ!」
 ゲラゲラ笑いながら、挑発する。目の前のクソ野郎は、ため息をついてから、口を開く。
「ぎゃー。うわー。たすけてー。……これで良いのか?」
 あざ笑うような目つきで言った。
 堺の怒りが、頂点に達した。
「…んノ、ざッケンじャネぇぞ! クソがぁァァァぁぁァぁぁぁァぁ!」
 頭に血が上り、もうまともに思考が働かなくなった。
 苛立つ。ムカつく。
 感情だけで、殴りかかる。
 当たったか、避けられたか。そんなことは考えない。
 ただひたすら、相手の体に向かって攻撃する。
 クソ野郎が吹っ飛ぶ。
 一瞬、決まったか、と思ったがそうでもない。拳に手ごたえをあまり感じない。
 わざと当たり、そのエネルギーを後ろに飛ぶ事によって自分のダメージを軽減させ、更に距離を取る方法だ。
 利用された。
「……ムカつくンダよ、オ前ハァァぁぁぁァァぁ…ッ!?」
 叫ぼうとしたが、急に、がくん、と体に力が入らなくなる。
 無様に、瓦礫の上に転がる。
 どんなに力を加えても、体が起き上がらない。
 どんなに肉体を強化しようとしても、変化しない。
「あ……ぎぐ…が…?」
 口が上手く動かない。
 頭の回転が、凄く悪くなる。
 何とか原因が何なのか、考える。
 たまに、ナイフで切りつけられていた。
 ほんのわずかな傷だが、それでも、こんな状況に追いやられる理由。
「ま……さか…、ど…く…?」
 神経毒の塗られたナイフか。
「残念だったな、低能野郎。―――」
 クソ野郎が、言う。
「――極限まで、いたぶってやるよ」
 そう言って、クソ野郎は赤い紙を取り出す。
灼熱の魔女フレイル
 ぼう、と、何も無いところに炎が上がる。その中には、人影があるように見えた。
 そして、今の堺にとって最も残酷な一言を、言う。

「アスタロトを殺せ。そして死体は残さず食え」

 アスタロトは少しムカつくが、何度も助けてくれた。
 例えば、村川に堕とされて、ベルゼブブに食われそうになり、反撃したときに。
 例えば、他の悪魔とのコミュニケーションが上手くいかなかったときに。
 恩は、いくつもある。
 これが補佐としての役目だ、と言いながらも、楽しそうに接してくれた。
 アスタロトも、現在この学校に進行している。
 それが、この一言で、殺される。
「了解しましたー」
 非常に、楽しそうな灼熱の魔女フレイルの声。
 何の恩返しもできずに。
 迷惑ばかりかけて。
 結局、殺されてしまうのか。
 結局、こんなクソ野郎に、殺させてしまうのか。
 ぎしぎしと、体が悲鳴を上げる。
 灼熱の魔女フレイルが、火球を撃ち、その爆発を利用して、飛んでいく。
 思考は、まとまらない。
 けれど、やることは分かっていた。
「ぐ…ぐぎ、が……」
 この、クソ野郎を。

「……さ…セネぇよ!! こンノクソ…野郎ガぁァァァぁァぁ!」

 村川正一を、殺す。












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