第十六章:日常、怒り
「……この学校に入った目的?」
元不良教師、砂座来駕に渡されたプリントを見て、村川は目を丸くした。
現在、天使養成学校の三時間目の授業を受けている最中である。
先ほどまで『悪魔の種類は〜』という内容をやっていたのに、なぜこんなものが渡されるのだろう、と少し考えてみる。
「砂座ちゃーん、これなんだぜよー?」
思考がまとまる前に、紅城が質問した。まあ、考えるよりこちらのほうが早かったかな、と村川は思う。
「…あー、本当は一時間目の学級活動にやりやがろうと思ったんだが、忘れててなー」
あっはっはー、と砂座は笑う。クラスの大半は『それでいいのか』と思っただろう。
「……………………………さぼり」
青咲の言葉を聞き、教室の全員(村川除く)…とくに砂座が、ピシリと凍りついた。
動きが止まったクラスメイトを見て、青咲が不思議そうに小首を傾げる。
「…え? 今の天咲が言いやがったのか?」
砂座が、信じられないものを見るようにして青咲を見る。
「…………………………………………………私は、………………青咲です」
再び凍りつく教室。村川も今のには少し驚いた。
そして、
「おああああぁぁぁぁあ! マジだぁぁぁぁ!」
氷はクラスメイトの大絶叫で砕かれた。青咲は無表情だが、よく見るとうるさそうに眉を寄せている。
「すげぇ! 青咲がまたしゃべったああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「レアだ! レアシーンだ! 鳥じゃなくて希少価値のレアだ!」
「いい加減うっさいわボケが!」
「英語で書くとRareの方のレアだ!」
「うっせーよレア野郎! 十字剣でブッ刺すぞコラ!」
「刺したら俺に渡すぜよ! 串焼きにしてやるぜよ!」
紅城も混じってきたので、相当うるさくなりそうだな、と村川は思う。
実のことを言うと、村川はこのプリントの理由を知っている。
任務で入り込んだとき手に入れた機密情報に書いてあったことで、何か『目的』を持った生徒は、本物の天使が宿りやすいので、優秀な生徒として扱われる…らしい。
とりあえず、『今まで積み重ねてきた罪滅ぼし』と書いておいた。無論嘘である。
「それじゃー列のケツのやつから裏にして順に集めやがれー」
十分後に、砂座が言った。内容を見ようとする者もいたが、たいていは殴られていた。
「そーいえばさ、みんなお弁当って誰が作ってる?」
昼食時、白羽が言った。
周りには、村川、青咲、紅城、黒金が座っている。今日は青咲以外弁当持参だ。
「あん? 何でいきなり聞くんだぜよ?」
がつがつと弁当をほおばりながら、紅城が言う。口の中には玉子焼きとごはんが一緒に詰め込んであるため、声はくぐもっている。
「え? い、いや、なんとなく気になってさ……、あ、あたしは自分で作ってる」
白羽は、少し顔をそらしながら言う。よく見ると顔も少し赤くなっていたが、誰から顔をそらしたかは分からない。
「ふーん。俺は前まで自分で作ってた。最近は亜機が作ってくれてるけど。けっこうやさしくね? やっぱ村川ファイア?」
「…何それ」
黒金の発言に対し、村川が若干引き気味に聞く。
「ああ、なんか青咲といい亜機といい、村川と会ったとたんに心を開いたから、『氷を溶かす』みたいな感じでファイア、ってわけだぜよ」
黒金の変わりに紅城が答える。紅城が理由を知っている、ということはおそらく二人で考えたな、と村川は思う。
「…つーかさ、亜機って誰よ」
やや置いてきぼりになった白羽が、不機嫌そうな顔で言う」
「あれ、会ってなかったっけ? 俺が無理やり拾わされた機械人形だよ。ってか無理やりって酷くね? めっさひでーよ」
「いやいや、でもアレ一体で500万はするぜよ?俺は他にも200万くらいのやつ見たことあるけど、それよりよっぽどすげーし、ずいぶんお得?」
「ちょ…マジでか? つーことは俺道端で500万……いや中古だから400万拾ったようなもんか? 凄くね?」
黒金と紅城は楽しそうだが、白羽は置いていかれている。なんか凄くかわいそうに思えてきたので、村川は少し助けてやることにした。
「でさ、紅城は誰に作ってもらってるわけ?」
村川が言うと、紅城は少し止まって、
「あん? ああ、そういえばその話だったな。俺は自分で作ってるぜよ」
「…あれ? サタが作ってんじゃねぇの?」
祭りの時には、『サタに作らせてるぜよー』と聞いていた村川だったが、これは情報違いだ。
「……台所に背が届かなくて、台を使ってふらふらしてたぜよー」
紅城がうつむきながら言った。確かに、あんなミニサイズじゃすこしつらいだろう。
「へ、へぇー……で、でさ、村川は? 誰が作ってんの? やっぱりフレイルさん?」
やや圧倒されていた白羽が、気を取り直して言う。
「ああ、フレイルは低血圧だから、早起きには向かないんだ。つーわけで俺が自分で作ってる。まあ流石に早起きはつらいけどな」
「じゃあさ! あたしが作ってあげるよ!」
村川が返答した直後に、白羽が身を乗り出して言った。あと少しで鼻と鼻が密着するところだったので、村川は少し身を引きながら言う。
「いやでもさ、お前も早起きつらいだろ?」
「自分で言うのもあれだけど、結構自身あるよ?」
「人の話を聞けっての!」
毎度毎度、白羽は人の話を聞いてくれない。
視界の隅で、なぜか青咲の眉がぴくぴくと小刻みに動いていたが、白羽に対する対応で精一杯だったため、それどころではなかった。
「っソガぁぁァぁァ! ヤってラレっかこんナこと!」
荒地の中で、堺健が吼えていた。
「こんなこと、とは?」
堺の発言に、アスタロトが質問する。
「エンジェルエリアの情報アつめ! ナんデ俺がヤんナきゃならねぇンだぁ!」
「は? それならもう入手しましたが」
「…へ?」
吼えていた堺が、間抜けな声を出して止まる。
「地上のとある機関に依頼して調べさせたのですが…、ああ、これが校内の地図だそうです」
アスタロトのおかげで、今までの努力を全て無駄にさせられた堺は、再び吼える。
「クソったレがァぁぁ! 人の苦労を無駄にシヤガッテぇぇェェ!」
「いやいや、これが私の趣味なので」
アスタロトは満足げな笑みを浮かべるが、堺はほぼやけくそ状態である。
「ガぁぁぁァ! もォイイ! それならセメるぞコラ!」
「了解しました。直ちに全悪魔に伝達します」
「イっテ来い! もぉソロモン85柱全部出せ!」
「…72柱なんですけどね」
本物の悪魔と偽りの天使の戦いは、音も立てずに近づいてくる。
他に悟られないように、近づいてくる。
もう――、目の前だ。 |