第九章:動く人形
「お、何だありゃ」
夕暮れの中、黒金波智は、呟いた。
その視線の先には、路地裏の入り口付近で笑っている子供達がいた。
よくよく見ると、木の棒を振っているような動作をしているようにも見える。黒金は、その子供達の背後へ回り、様子を伺う。
「あははは! きったねぇな! 捨てられてやんのー!」
最近の子供は恐ろしい子もいる。そう言う事を実感させる台詞だった。
木の棒が振るわれる先には、青い髪の毛のような物があった。そこから下はよく見えない。
「よーし! じゃあそろそろ終わるか? いい加減飽きてきたし」
「おお! やっちまえ佐藤!」
その少年の手を見ると、鈍く輝くナイフが握られていた。黒金はその少年の腕をとっさに掴み、
「何やってんだ? ずいぶんつまんなそうな遊びだけど」
少し注意してみた。しかし、子供達は驚きもせず黒金を睨み付ける。
「はぁ? 何お前。うぜぇな。人の楽しみ邪魔してんじゃねーよ馬ー鹿」
素晴らしく生意気な餓鬼だった。黒金の口元が引きつり、言葉を発する。
「お前が何だよ? 『主天使』の俺に向かってうざいと馬鹿のコンボはどうな訳?」
天使及び天使養成学校には、九つの階級がある。
下位三隊『聖霊』の階級として、下から天使、大天使、権天使。中位三隊「子」の階級として、下から能天使、力天使、主天使。上位三隊「父」の階級として、下から座天使、智天使、熾天使がある。
天使養成学校の階級だと、例外を除き、生徒は下位三隊、卒業者は中位三隊、教師は上位三隊として分けられる。
そんな事は知らない餓鬼達であったが、何だか強そうなので舌打ちをしてその場から去っていった。
「………ま、ぶっちゃけ俺まだ新入生だから天使なんだけどな。でもこういう嘘も悪く無いよな? ぶっちゃけ俺いい奴じゃね?」
などと独り言を言いながら、路地裏を見る。
そこには、
ダンボールの中で体育座りをしている少女がいた。
「大丈夫か?」
その少女は、真っ白な肌ときれいな青髪を持っていた。服装は男物のシャツに男物のジーンズと言うボーイッシュな服装だ。木の棒で叩かれていたところを見ていたので、少し心配だったので聞いてみたが、全く反応が無い。こちらを見る事も無く、ただ平然と座っている。まるでクラスの無言少女みたいだった。
「えーと…………もしもーし?」
微動だにしない。もしや、と思い、首筋の辺りを探ってみる。
その首筋は細く白く、繊細な肌だった。だが、それを無視とまでは行かないけど意識しないようにしながら、あるものを探す。
首筋を注意深く見ていると、その部分だけ四角い線で区切られている皮膚のような物を見つけると、黒金は確信する。
「機械人形か」
機械人形とは、子供のいない老人が子供の代わりとして、小さい子供がいる家庭で子守役として購入したりする物であるが、凄まじく精密な機械なので相当値が張る。高性能AIなどを搭載している物は特に。
だが、そんな高価な物が何故捨てられているのだろう? と思いながら、首筋の四角く区切られた皮膚のような物…スイッチを押す。
キュイキュイという起動音の後、少女はゆっくりと黒金を見る。
「対象の人物を特定………DNAの鑑定により『黒金波智』と認識。………機体のわずかな損傷を確認。ダメージ計測………機能への影響は無し。システム正常」
動作確認などをした後、機械少女はじっと黒金を見つめる。
「質問します。私に損傷を与えたのは貴方ですか?」
「あ? えーと、さっきお餓鬼様共がお前の事ボコってた。用は俺じゃないって分からねぇ? いや分かるだろ?」
口調から察するに、どうやら鉱山などの作業用らしい。機械なら呼吸は必要ないので、毒ガスの充満している場所でも平気で行動できる。
「質問します。本当ですか?」
「本当だ」
「………対象の足元にある棒を解析…。対象のものである痕跡は無し。よって先ほどの回答は真実と断定します」
最初からそれ使えよ、と言う言葉をぎりぎりで飲み込んで、質問する。
「で、何で捨てられてたんだ?」
少女は、しばらく沈黙した後、
「………回答します。雇われた会社の社長が、犯罪行為を犯したため、私はここで電源を切り、新たな雇い先を探していました」
「……犯罪行為? 何やらかしたんだ?」
「それを女性である私に言わせるつもりですか?」
「………OK。大体分かった」
どうやら仕事用に造られた物の割に、設定された性別によっての性格も設定されているらしい。
「で、どうすんのお前?」
「……………まさか、電源を入れときながら拾う気が無かったとでも言うつもりですか?」
少女の目は語る。私を拾えと。
「………いや、俺の家ちょっと狭いし、だいたい燃料とか分かんねーし」
「燃料は充電で補給可能です。狭くても、スペースは私が作ります」
「いや、作るスペースもねーぞ?」
「貴方のIDの検索結果、貴方は寮で一人暮らしのはずです。男性の一人暮らしの場合、本人は片付けたつもりでも、他の人が片付けようとすれば、ある程度スペースは出来上がります」
「……人のDNAとかIDとか勝手に調べて、個人情報保護のかけらもねーなおい」
「今はそれは問題ではありません」
沈黙があたりに流れる。黒金の嫌がる理由は、『男子寮』の一部屋に(見た目)『女の子』がいる、と言う辺りでヤバイ。ラブコメでもあるまいし。
かといって断ると不憫な気がする。電源を切っていても、機械人形はメモリの維持に多少電力を使用するらしい。それが続けば、電源は尽きる。そして、たとえ誰かが拾っても、それまでに入力したデータは全て破損するため、何だかそれはとてもかわいそうだ。電源が尽きる前に拾われたとしても、変なおっさんだったらなおさらかわいそうだ。
どうする?
どうします?
どうしやがります?
「……いかん。担任が混じってきた」
「何の事かは分かりかねますが、結局、どうするのですか?」
「ああもういいよ! 拾ってやるよこん畜生がぁぁぁぁ! その代わり、お前を拾う上で何か俺に利益を作れコラ!」
黒金の叫び(半泣き)を聞いて、少女は、少し考えてから、
「…回答します。膝枕が出来ます」
「そんな趣味は無い! つか、どんな会社だよお前の元雇い先」
「回答します。単なる鉱山開発です。私は社長の趣味で造られ、雇われたようです。社長が変な事をしようとしたらあの寂しい頭髪をむしりとる、と言ったら何もしませんでしたが」
怖っ! と黒金は叫びを上げる。
「…ん? じゃあ何で膝枕とか言ったんだ?」
「中年のおっさんは私の趣味ではありませんが、貴方なら許容範囲だからです」
その言葉に、黒金は一瞬どきっとしかけた。相手が機械でも、黒金は純情青少年である。と言うか何故機械に趣味があるんだ? などと思いつつ、
「………もういい。とりあえず雇ってやる。でも片付けとか頼む」
「了解いたしました」
「これは………凄まじい散らかり様ですね」
「これでも頑張ってんだけどな」
黒金の部屋は散らかっていた。そこらへんに漫画だの雑誌だのゲームだの十字架だのが大量に転がっていた。機械人形の少女は表情を変えなかったが。
「いくらでもスペースは作れそうですが?」
「アレはお前を断る口実だ」
「ほう、貴方は路上に女の子を捨て置く趣味をお持ちですか」
「んな趣味ねぇっての! つーか女の子を喜んで居候させるよーな阿呆じゃねぇっての俺は!」
言い争い(データベースを使って巧みに攻撃していた少女の一方的な有利)を続けて、とりあえず切りがないので眼前の目的、部屋の片付けを優先することにした。
「まずは要らなそうな物を全排除します。付近の人はすみやかに退避して下さい」
「…………退避ってお前、何する気だよ」
黒金の言葉を全て無視し、機械人形の少女は準備に取りかかる。
「不要物のロックオン完了。直ちに排除します」
少女はジーンズのポケットから畳まれたビニール袋をおもむろに取り出し、広げる。相当大きなゴミ袋だった。その中に小さな機械を放り込み、機械のスイッチを入れる。
凄まじい暴風が吹く。
「うぉい! 何やってんだお前は!」
黒金が必死で叫ぶ。しかし少女は全く反応しない。風の音で聞こえないのか、それとも無視しているのかは分からない。どちらかと言うと後者の方が断然あり得るような気がするが。
「解答します。掃除です」
しばらくした後、反応した。見ると、ゴミ袋の中に大量のゴミが吸い込まれて行く。
「なんかもの凄く面白かった漫画とか、今はまっているゲームとか、俺にとって必要なものも吸い取られていたような気がしたが気のせいですよね気のせいだよね気のせいだね気のせいにしといて僕は何も見ていませんだから無かったことにして下さい神様」
やけくそ気味につぶやきながら、黒金がうなだれる。
部屋はすっきり片付いた。必要最低限の物(娯楽を除く)しか無い。
「片付けを完了しました」
「これで良かった………良かったんだよね? もう勉強しなきゃヤバいもんね? いや神牙もなんか凄いの使えるし中途半端な術式じゃみんなに追い付かないからもう訓練もしなきゃなんないんだよね?」
「解答します。知りません」
やっぱりこの少女は酷い。心が凍ってる。村川と会わせたら溶けたりしないだろうか。と転校生に頼ろうとしてみる。
黒金は外の風景に眼をやる。闇が辺りを包み込んでいる。
夜という物は、嫌いだ。
星が輝き、月明かりが大地を照らす。
黒金以外の大勢の人から見れば、それは美しい光景だろう。
だが黒金はそれが嫌いだ。
努力なんて無駄なのだと言うことを、改めて実感させられるからだ。
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