泉
流血描写があります。ご注意ください。
脇差が私の腹を割いて、私の物語は始まった。
貫いた刃を抜くと大きな切創が残ってそこからだくだくと血が流れ出して私の下着を赤く染めた。
大きな傷。私は両の手を傷口にかけるとそれを引いて更に広げた。私の手も鮮やかに染まり、同じ色をした腹はそれを拒むことはない。下腹部まで割いたそれの中にぬるりと手を差し込んで私の目当てのものを力任せに引きずり出した。
まるで心臓のようになまめかしく律動するそれはやはり赤く鮮やかでひどくいとおしい。歓喜に震える手で先程の刃を取ると、私はそうっとそれをふたつに割った。
中では親指ほどの背をしたかわいらしい少女が眠っている。揺り籠の代わりをした子宮ごと少女を胸元に引き寄せると、彼女は身じろぎをした。どうやら、起きたらしい。その長いまつげをそうっと上げて、私を見た。誰かに似た黒い大きな瞳。そして私をその目に映して、少女は私を呼んだのだ。
ははさま。
思わず、涙があふれた。ああ、そうだ。私が彼女の、母なのだ。
微笑むと、少女はその何倍もの笑顔を返した。ああ、いとしい。ようやく出会えたこの少女を、一生かけて守り抜きたいと痛いほどに思う――
だがその感動も冷めやらぬうちに、
突然現れた黒ウサギが、それを奪って食ってしまった。
奪われた驚きに私は声も出ず、ただ、はあ、と息を漏らした。
無残に残った、子宮の破片に手を伸ばす。しかし、
「それに触れてはいけないよ」
そう黒ウサギが言うから、その手も止まってしまった。
やる場所をなくした手を引き寄せる。
「どうして」
どうしてこの子を。
悲鳴のように叫べばウサギは「君はもう、百五十も眠ったろう」と、まるで当然のことであるかのように答えた。
だが私には、ウサギの言葉の意味がわからない。
大事なものを奪われ、理解できぬ言葉を吐かれ、私はひどく悲しくなってしまった。
涙があふれ出して止まらなくなって、私は両手で顔を覆い、そのときようやく、てのひらの血が渇いて黒くなっていることに気づく。ああ、ああと声を上げて見窄らしくやかましく泣く私にウサギは、君はいつもそう泣くのだねと困ったようにわらった。「何度生きて何度死んでも、あなたは夢で泣くのだね」と。
私はそのウサギの前で、子供のように泣きじゃくる。救いの手は差し伸べられぬまま、世界はゆるりと歪んで、ウサギも少女も滲んでいく。
夢は終わってすべてが終わる。
消えていく世界の中で見るものは、黒く凝固したわたしのてのひら。
*
夢は終わって、朝を迎える。
そこは白いシーツの上だった。
床は白く天井は白く、微笑む人もまた白く、ただ活けられた花だけが赤かった。
黒ウサギはいなかった。
腹を割いた脇差もなかった。
けれど腹の中はからっぽ。
だから何一つとして宿らない。