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諸々の事情で連載が遅れ、本当にすみませんでした。まだまだ続けていこうと思うので、お付き合いくださいませ……
二十丁目 シャウルの事情
「はっはっはっ!ただいまマイファ…ミリ…ィ?」

大学から帰ってきた浅岡幹人が最初に見たもの、それはリビングに開いた大穴だった。

「………理由を説明してくれないかい?マイブラザー」

幹人は視線を落とし、壁にぐったりと寄り掛かっている弟を見た。片方の目にアオタンができ、口を切ったのか口元から血が垂れていた。ずいぶんとまた痛々しい様子である

「……」

喋れないほどつらいのか、幹人は弟に尋ねるのを断念し、妹に、と思ったが、ここにはいないようだ、二階の部屋だろうか

「母さ…」

言いかけてやめる。

違う、と思った

鼻歌を歌いながら今夜の食事の支度をしている後ろ姿は、何も知らない人間から見たら可憐、という言葉以外に形容できそうな言葉は無いだろう

「あら、幹人、おかえりなさ〜い」

「た、ただいま母さん…」
「手を洗ってらっしゃい?今夜はお鍋よ〜」

「そ、それは楽しみだ…」

「〜〜♪」

鼻歌交じりにキッチンに戻っていく母の後ろ姿を見送る幹人。浅岡家の住人を20年近くやっているとわかるのだ。これは危険だ、と。

「それでは君に聞こうかな、お嬢さん、お名前は?」

大穴の隣で石像のように硬直している少女に尋ねる。

「………」

「お嬢さん?」

「ハッ!あ、アノ、エと、何デしょウ!」

石化から蘇った少女が慌てて幹人を見上げる。長いこと正座をしていたらしく、動きがぎこちなかった

「オホン、お名前を教えてくれないかい?」

「名前デスか?私シャウルと申します」

「それではシャウルくん、知っているかぎりでいいから僕にこの状況を説明してくれないかな?」

まだ震えている少女を安心させるため、にっこり笑う。少女は少し落ち着きを取り戻したのか、ズレたイントネーションで事の次第を語り始めた…


――――――



もうすぐ五月だというのに、ここ千軒町、少なくとも浅岡家の前にはまだまだ春が来る兆しがない

「待て!落ち着け雨!」

俺の胸くらいの高さしかない妹が、今は巨神兵ほどまでに見えた

「ワ、私なにカまずいこと言いまシタカ!?」

地面に尻餅をついた俺を見てオロオロする少女。だが泣きそうなのは俺の方だ

「説明はできるだけわかりやすくお願いね」

棒読みである。ていうか説明させる気があるなら指を鳴らすのを止めてくれ、今すぐに

「だから俺は何も知らないって!この子も俺に聞いただけだろ!」

震える腕で少女を指差す。指差された渦中の人物は、びくっと震え、恐怖からかじわりと涙を浮かべた

「そうなの?えっと…」

雨が振り返り、少女を見る、あまりの雨の形相に、少女は小さく悲鳴を上げた

「シャ、シャウル言います。中国から来ました!エと、お父サマを探しに日本マで」



「…らしいよ?ねぇ…お・と・う・さ・ま?」

再び雨がこちらを見る、いや、睨む

「だ、だからこの子…シャウルは俺が親父だなんて言ってねぇだろッ!つか常識で考えて無いだろッ!」

「問答無用!」

ダメだ…こうなった雨に常識など説いても馬の耳に念仏…猫に小判なのだ。

「サンお兄ちゃんのバカッ!不潔!最低!あや【イメージが崩れる恐れがあるため、一部の言葉を規制させていただきます】めーーー!!!」

「オグェァッ!!!」

主人公の出す擬音では無い。ともあれ、三丁目はしきりに空中を泳いだ後、アスファルトに向かって背中から自由落下した。いっそ頭からいった方が楽になれたろうか、そんなことを考えてしまうくらい後を引く地獄の激痛だった。

「バカーー!信じてたのにーーッ!」」

雨は横たえる俺の心にとどめとも言えるべく言葉の(やいば)を突き刺し、そのまま走り去ってしまった

「アノ、大丈夫…デはナイデスよ…ネ…」

「……浅岡家にようこそ…」

三丁目の意識はそこでぷっつりと途絶えた

――――――

―――

「なるほどねぇ、だがそれにしては家の様子が甚だしいのだが?」

「ア、はい…ソれには理由が……」

シャウルが続きを語ろうとしたとき、大穴の一部が崩れ、中から幹春の遺体が……

「ま、まだ死んでないぞぉ〜〜」

よろよろと這って出て来た浅岡家の大黒柱は、見るも無残に折れ果てていた。

「お父さん…、ダメじゃないかそこでボケなきゃ…、舞い上がる煙の中からつかつかと歩いてくるとかね……」

「マジか、じゃあもう一度……」

「天国行っとく?」

幹春の言葉を引き継ぎ、小春が現れた。にっこりと笑って。

「だ、だから母さんアレは誤解だっ…ヤッダァァァァァバァァァァーーーッ!!!」

「キャァァァア!」

果たして浅岡家のリビングにもうひとつ大空洞が生まれた。中にはセフィ◯スとは程遠い中年親父がいるだけだが

「シャウルちゃん?」

棒読みだ。デジャビュ

「ひぃッ」

「もう一度詳しくお願いね、大丈夫よ、私は女の子には優しいから、さっきの十分の一には抑えられるわ……当たり所がよければね…」

シャウルは恐怖した。

あまりの絶望に涙したのもこれがはじめてだった

………

「へ、変ナ解説しナいデくだサイ!」

「はっはっはっ!このフレーズはこういうときに使えばいいのか!」

「…幹人……冗談を言っている暇は無いのよ…?」

「ご…ごめんお母さん……」

おそらくはこの世でこの男をダマらすことができるのは、核でもなければ反物質でもない、それは母親だろう。

「アの……私…」

すっかり萎縮してしまったシャウルが挙動不審気味に呟いた

「ああどうぞ、続けて」

「ハイ……私の実家はトテモ貧しク、それでも母様と12人ノ兄妹で幸せニ暮らシていたのですガ……ある日母様ガ病に臥せってしまっテ、私ダケでは兄妹を養っテ行くことはできなくナッテしまったのデス…」

「それはまたシリアスな……」

「こら幹人、その言い方は無いでしょ、いくらコメディーだからって」

……ツッコミ不在がこうもツラいとは、誰が予測したであろう

「ソれで母様にコレを貰っタのデス…」

幹人はシャウルから一枚の紙きれを受け取った。かなり年季が入っており、所々破けていたり、黄ばんでいる。

「なになに……ふむふむ…」

眉を寄せ、文面を目で追う幹人

「なんて書いてあるの?」

「はっはっは、中国語だから読めないよ母さん」

「……そういうことは早く言いなさい」

ため息をつきながら幹人から紙を受け取った小春は、とりあえず目を通してみた。

「あら?」

「どうしたんだい?」

幹人が覗き込む

「これ、『浅岡公明』って……」

「や、これは気がつかなかったなぁ」

「ご家族ニこノ方はいらっしゃいませんカ?」

「う〜ん…いるにはいるんだけどねぇ……」

「ホ、ホントですカ!?」

「うん、あれよ」

小春の指差した先には……



チ〜ン……

「そ、そんナ……」

「幹春さんのお父様、5年前に亡くなったの…」

リビングに続く畳部屋に仏壇がひとつ、中にはアロハシャツを着て豪快に笑う老人の白黒写真が


「惜しい人物を失くしてしまったものだ……アレほどストリートファ◯ターを語れる人間はそうはいないというのに……」

「アホか…」

後ろからのツッコミは三丁目のものであった。頬を摩りながらよろよろと起き上がる。

「おお!マイブラザー!心配したぞ!」

「うるせぇ、にやにやするな気色悪い…あつつ…」

駆け寄る兄を一蹴すると、三丁目はリビングからのろのろと出ていこうとした。

「どこいくの?さんちゃん」

「ああ、ちょっと誤解を解いてくる。つまり探してたのは公明のじいさんで今の浅岡家は関係ないんだろ?えーと、シャウル?」

「ハ、ハイ…たぶン…」

「大変だなぁ…マイブラザーは……」

腕で目を擦りながら兄貴が呟いた

「はいはいそうですね…」

バタン

三丁目が出ていくのを三人で見送ると、小春が尋ねた

「なんで公明お義父様を?」

「…母様ガ……そこを頼れッテ……ドうしよウ…ハルバル日本まデ来たノに……」

泣き出しそうになるシャウル、とその時

『シャウル……つらいのは解ります…ですが泣いてはいけません、あなたは強くなりたいのでしょう…?』

「う…でモ…」

『悲しみに耐えることも修業です』

「え…?幹人?」

「僕じゃ無いよ母さん」

きょろきょろと辺りを見回す二人、だが三人以外他には誰もいない。

『すいません…御二方、これは私の責任でもあるのです…』

なんと、声はトランクケースから聞こえたのである、さしもの二人も目を丸くするより他無い。

「あなたは…?」

小春が姿無き声に呼びかけると、澄んだ声で返事が返ってきた。

『私は炎泪、この子の師を名乗らせてもらっています…』


「トランクが…喋った…」

「すばらしい……トーリュ以来の珍奇な……」


二人が驚く中、一方大穴では…



「僕はなんのために…」

ガクリ…


人知れず、幹春が力尽きようとしていた…