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十七丁目 魂込め過ぎ要注意
『ギシシシシ…!』

「北斗残悔積歩拳!」

「小春流天下三布如以!」

ピシャァァァッ!


ここ、紫雲寺庭園では、二人とひとつが人間離れした戦いを繰り広げている。彫像の触手が夫婦を襲い、それに応戦する形で二人は戦っていた。

『ギギギギギギ!』

「うわぁッ!」

彫像もさすがに余裕が無くなったのか、孝太郎さんを含め掴んだ人達を放り投げ、本気を出す。何分ガラスゆえ、表情は読み取れ無いものの、十数本にも及ぶ触手を所構わず振り回すようすには、明らかに苛立ちの色が見えた


「俺…ガラスの彫像見に来ただけなんだけどな…」

彫像が乗った台を囲んで飛び回る両親を呆然と見ながら、三丁目は泣きそうな声でぼやいた。

「今更なに言ってんの!あの二人が戦ってる間に何か対策考えないと!」

「っつってもあの妖怪二人に任せとけばなんとかなるでしょ…目には目を歯には歯をってことで…」

「馬鹿ね!壊されちゃったら勿体ないじゃない!あんな面白いもんほっとく手は無いわ!どさくさに紛れてちょっと拝借するのよッ!」

よくもわるくも研究者である。好奇心に火が点いたらもう止まらない

「……」

そういや雨は大丈夫かな…一応兄貴も…

「ご安心を」

「桃江さん、どういうことですか?」

突然背後に現れた桃江さんにももはや動じない、目の前の光景に比べたら可愛いもんだ

「勝手だとは思いましたが私が避難させていただきました。」

なにやらゲストらしき人を二人ほど肩に担いだ桃江さんが、ぺこりと頭を下げる

「あ、ありがとうございます…」

「いえ…、あのガラスの塊が何なのかは知りませんが、ご両親が足止めをしている合間に、私たちは気絶したお客さまを安全な場所まで運びます」

さっきから投げ出された人達がいないと思ったら桃江さんたちか…、暗くてよくわからないが、目を凝らすと、赤坂さんがこちらに手を振っていた

「そういった訳であなたたちも早く避難してください、あの二人でも苦戦を強いられる相手です、いつとばっちりを喰らうかわかりません」

「そ、そうですよね…」

よく考えたらそうだ。いくら夢想転生に目覚めた親父でも、秘孔の無い敵に反則的一撃必殺を繰り出すことは不可能に近いだろう。むしろ危ないのは俺達だ。桃江さん達と違い、何の訓練も受けていない高校生に、頭でっかちのモヤシサイエンティストである

「それではこの方達を安全な場所に移します。あなた方も早く避難を」

再び頭を下げると、桃江さんはすっ、と闇の中ヘと消えた

「というわけで逃げよう!」

がしっ

「逃がさないわよ〜」

にっこりと笑う蘭さんが三丁目の腕を掴んで放さない。無理に放そうとすると、ぎりっ、と締まる。なんだこの力…

「……桃江さんの話聞いてました?」

「えへ♪何のことかしらぁ♪」

「……」

ペコちゃん人形のように舌をぺろりと出す蘭さん、割と童顔なので似合わなくも……じゃねぇっ!

「死んじゃうんですよヘタしたら!命は一個なんです!」

「三丁目くん…大切なことを忘れているわ……私がいるじゃない…二人合わせば二つの命!」

蘭さんは割と豊かな胸を自信満々に叩く

「二つの……って俺の命犠牲にするってことだろうがぁ!」

「さぁ行きましょう!未知なる科学の領域へッ!」

蘭さんは両の瞳を子どものようにキラキラと輝かせて怒り狂うガラスの彫像を指差した

「ッ…!人の話を…うわァッ!」

「キャッ!」

二人の漫才を遮るように何かが飛んできた

「親父!?」

正体は親父である。よほどの力で飛ばされたのか、芝生を削るようにして滑り込んできたのだ

「わ…我が生涯に…一片の悔い無しィ…ッ!」


がくり


天高く腕を上げ、満足げな笑みを浮かべて親父が果てた


「すまん親父……それ前一宮が言ってた…」

自分が仕向けた分、なんだか罪悪感に苛まれる。明日は少しいたわりをもって接することにしよう…

「母さんは大丈夫なのか…?」

親父から視線を移すとやっぱり母が戦っていた。なんと数えきれないほどの中華鍋と肉切り包丁が宙を舞っている。母がここまでするのを見たのは、父が三国志を読んで武神関羽になったとき以来だ

「あれじゃ近づけもしませんよ…」

「ふふふ…私を誰かと思っているのかしら…」

何を思ったか、蘭さんが腕を胸を下で組み、不敵に笑う

「………モヤシ?」

ボコン

「痛つつ……、冗談ですって、で、なんか方法でもあるんですか?」

頭を押さえながら尋ねる。でも蘭さんはまがりなりにも科学者なのだ。少なくとも三丁目よりは現実的なアイデアを出してくれるかもしれない


「愛よ!あのガラスの彫像には愛が足りてないと思うの!」


「……さいですか」

親父を見てくれ蘭さん。愛を取り戻し損ねた男の末路がそれだ

「と、いうわけでちょっと愛を教えに行ってくるわ、ほら、ついてきなさい。私の前につく形で」

「ちょ、ちょっと!待ってくれ!」

蘭さんが三丁目の背中をにこやかにぐいぐい押す。愛を教える姿勢ではない

「大丈夫よ!なぜならガラスだから!何も鉄筋で殴られるわけじゃないんだしっ!」

「殴られること前提かよ!……ん?ちょっと待てよ…ガラス…」

もしかしたら…いや…しかし…

「ほら!覚悟を決めて!」

完全に魚夫の利を狙う蘭さんを尻目に、三丁目はポケットから携帯を取り出し、電話をかけた

「…もしもし?ああ…そうだ…そこからここに来れるか?なに?…人がいっぱい?そこをなんとかしてちょっと来てくれ…」

「誰と電話してんの?」

三丁目は無視し、一通りの用件を告げると電話を切った

「よし…、なんとかなるかもしれない…根拠もくそもないが、他にいい方法なんて思いつかん」

「マジ!?」

「とりあえず母さんにはもう少し…あッ!」

包丁に反射する光の中、三丁目は見た。孝太郎さんが彫像の目の前に倒れている。なんで…。しかし一瞬でその疑問は解消される。

「四谷さんッ!」

孝太郎さんの傍に四谷さんが倒れていた。気絶しているらしく、三丁目の呼びかけに応える気配はない。どうやら孝太郎さんを運ぶ途中、ガラスの彫像の触手が当たってしまったらしい

「くそッ!母さんッ!」

しかし小春はすでにそれを知っていた。だから苦戦していたのだ。さっきからよけられるであろう攻撃から背後をしきりに守っている

「まいった…わ…ね…」

変幻自在の触手を包丁で捌きながら小春は苦笑した。包丁と触手がぶつかるたびにガリガリと接触音がするが、ガラスが削れているようすはない

『ギギギギギギ!』

そんなことお構い無しにガラスの彫像は容赦なく小春に無数の触手を浴びせる。なにしろアレには疲れがない、壊されることでもないかぎり止まることは無いだろう



その瞬間だった



小春は一本、たった一本だけ、彫像の触手を捌き損ねた。疲労か、はたまた集中力が途切れたのか、触手は小春の背後の孝太郎さんと四谷さんを襲う



ビュウッ!



「え?」

蘭さんが耳を疑う、明らかに人の骨が砕ける音では無かった

「はぁはぁ…あ、危ねぇ…」

「三丁目くん…いつのまに……」

蘭さんは呆気に取られていたため気付いていなかったが、三丁目は四谷さんが倒れているのを確認したときからすでに走っていた。触手が襲い来る瞬間、あらんかぎりの力で孝太郎さんと四谷さんの手を引っ張り、直撃を免れたのだ。幸いなことに、二人とも体重は軽かった

「さすがさんちゃん…私の自慢の息子よ…!………ッ!」


しかし彫像の攻撃はそれで終わりでは無かった。ひるむことを知らない彫像は、なおも触手の数を増やし、小春目掛けて叩きつける

「まったく、少しは、休ませなさい!」

包丁を振り切り、次々と触手を跳ね除ける。だが小春の疲弊はすでに頂点近くに達していた。

「…ッ!キャァッ!」

横なぎの強力な一撃を脇腹にくらい、たまらず小春は吹っ飛ぶ。

「母さんッ!」


「だ、大丈夫よ…」

しかし立つことはできない。呼吸も非常に苦しい。ガードの上からでもこの威力、直撃していたらバラバラになっていたことだろう。


「…ッ!しょうがないわね!アニマッ!」

携帯に向かって怒鳴る蘭さんだったが、返ってきた声は…

『いやじゃ』

「ちょ!ちょっと!アンタなに言ってんのよッ!非常事態なのッ!!!いいから来なさいッ!!!」

だがアニマはどこ吹く風である。それもそうだ、こんな状況を説明したところで、とうてい理解できるとは思えない。たとえそれがロボットであれ

『ふわぁあ…わらわは眠い…休んでおるから早う帰って来て修理を続けよ…』

プツ……ツー…ツー…

「ちょっとアニマ!?アニマッ!」

両手で携帯を握り締めて怒鳴りつける蘭さんが目についたのか、彫像は蘭さんの頭を触手で殴った。ただし小春に喰らわせたときの10分の1ほどの威力で


「き、効いたぁ……」

ばたり


蘭さんは大きなたんこぶを作りその場に倒れた


「ちっくしょぉ…」

残すは三丁目のみ
彫像は台の上で回転し、三丁目を見下すように構える



やられるッ!そう思って目をぎゅっと閉じた瞬間…






「こほっこほっ!砂ぼこりヒドイよ…これ…」

紫雲寺邸、警備員の隙間を縫って、一人の少女が姿を現した

「来たよー、サンお兄ちゃん」

雨だった。そう、三丁目が呼んだのは妹、浅岡雨だったのだ。しかし何故雨なのか、それはガラスの彫像の表情を見れば一目瞭然だろう

『ギ、ギギギギギ!』

さっきまで無表情より無表情だったガラスの彫像の顔が、狂おしいほど苦悶に歪んでいる。

「おお…!まさかここまでとは…!」

三丁目が安堵から、感嘆の声を漏らした。力が抜け、その場にへたりこむ

………

……さて、もう一度言おう、この彫像、『ガラス』なのである。生命が宿り、一個体と称されることはあれど、根本は『ガラス』なのだ…

「わ、何コレ!突然青山さんに外に出ろって言われたのってこのこと!?」

雨が驚く、だがもっと驚いているのは彫像の方だ。本能というやつだろう、なぜなら雨は…


「…さすがグラスデストロイヤー…」

「人聞きの悪いこと言わないでよッ!」

顔を真っ赤にして怒鳴る雨、彫像はというと、しなしなとさっきの2分の1ほどまでに収縮していた

「はぁ…とりあえず…落ち着いたな…」

張り詰めた緊張感から解放され、三丁目は大の字になって芝生にねっころがった

「ねぇ、私何のために呼ばれたの…?」


「……やっぱりガラスはガラスが一番だな…」



「はぁ?」



今回最大の手柄を立てた浅岡家の末娘は、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、かわいらしく小首をかしげるのであった……


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