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幻想酒場 【銀卓/金卓シリーズ】

銀卓の酒場と、砂糖仕立てのゴーレム

作者:葵 大和
◆◆◆

 砂糖仕立てのゴーレムを見つけたのが、そもそものはじまりだった。

◆◆◆

 荒野を一人で歩いていた。
 でこぼこの、少し赤みのある荒野。
 背には自分の背丈ほどのテーブルが折りたたまれて、俺に寄り掛かってきている。簡素な旅具のほかに荷物はそれだけで、そして唯一、通りすがる行商やら旅人やらに、奇異の視線で見られる持ち物だ。――奇異違う、これきっと憧れの視線。

「俺はっ……んはあっ! ……こ……これでっ、このテーブルでっ! 最高の酒場を開くんだよぉぉぉおおお……んんぉぉぉ重いぃぃぃ……っ!」

 すれ違いざまに「見ちゃいけません!」とかよく言われるが、きっとそれは俺の姿が眩しすぎて失明するからだろう。目的に一直線に邁進する人間は、えてして輝いて見えるものだ。馬鹿めっ、俺こそ見本にするべきだっ!

 実家から唯一持参して来たこの背のテーブルは、てかてかと銀色に光っている。言うなれば『銀卓』だ。それが重さの原因でもある。
 ただ、見栄えはなかなかだ。
 なぜ銀卓を背負ってきたかといえば、いざというときに売れば金に困らなそうなのと、あとはよくある酒場との差異を作るためだ。前者、我ながら惰弱な現実主義の発想だが、もともとひどく現実的な世界にいたので、この際仕方あるまい。それも俺の特性だ。

 ちなみに、実家を出てくる時に、「ああ、やっぱり馬鹿だったんですね?」と、ゴミを見るような目でメイドに言われたが、俺の高尚な商業戦略を見抜けないとは、まるで見る目がない。
 ……あ、でも最近は銀じゃなくても良かったかなって、正直思ってる。腰にキてるんだよね……。でも男に二言はないって言うし、鼻高々にメイドに自慢しちゃったし、もうこれ戻れない。腰がパキャァ! ってなるまでは頑張ろう。

「ふんぬっ!! せええええええい!!」

 銀卓を背負い直す。最近マイ腰が悲鳴大合唱してるせいで、いちいち大声出さないと力が入らないんだよね。そうやって気合入れる度に、街道を歩く旅人たちが三歩俺から離れていく。――おい、やめろよ、俺だって人目は気にするんだぞ。これ以上は俺も内心で言い訳できなくなるから、『俺の輝きが眩しいんだろ?』とか言えなくなるから。
 俺が向かっている先、グランドニア王国って大きな国には〈勇者〉がいるらしいが、彼は俺みたいに気合入れなくてもこの銀卓を軽々背負いあげるのだろうか。俺は魔法こそ得意だが、単純な肉体能力はそんなに高くないから、素で超人まっしぐらって噂の勇者には、ちょっと嫉妬を覚える。

◆◆◆

 そんな状態で、少ない食糧と水を食い潰しながら、気合で俺は荒野を歩いた。
 この荒野を越えれば、大陸屈指の膨大量の人で賑わう、あのグランドニア王国である。
 「うおっ、まぶしっ!」というすれ違いざまの旅人たちの声を行進曲に、一歩、また一歩と足を踏み出す。

「うなれ我が足っ、輝け銀卓っ……!」

 さあ、街まではあと百キロだ。がんばれば半日でつくさ。余裕余裕。

◆◆◆

 そうして無心に地を眺めながら歩いて行って、ある時点で俺は最大の過ちに気付いてしまった。
 どうにも無心すぎて、途中から人とのすれ違いがなくなっていたことに気付かなかったのだ。

 ふと、久方ぶりに顔をあげてみれば――

「――ふう」

 そこは小高い丘になっていた。見晴らしが良い。
 ああ、だがなんということだろう。
 小高い丘から見渡しても、人っ子ひとり、見当たらない。

「――うん」

 焦燥とか緊張とかは、限界を突破すると安静的な効果をもたらしてくれるらしい。なんて清々しい気分なんだ。今なら全裸で荒野を駆け回れる。
 俺は銀卓を背から降ろして、丘のてっぺんに三角座りで座り込んだ。
 しばらくしてから寝転がって、

「やっぱ方位計くらい首に掛けとくんだったあああ――!」

 空に言葉を投げる。
 一度だだっ広い荒野に迷い込んでしまうと、はて、どっちへ歩いて行けばいいのか、まるで分からなくなる。
 荒野には夜が舞いこもうとしていた。
 涼んだ空気の中を、自分の軽い声音が通っていく。

「そもそも銀卓なんて持ってくんなって話なんだけどさ」
「ンモ」
「肩凝るよねえ」
「ンモモ」
「誰か俺を担いで歩いて行ってくれないかなあ」
「ンッ、ンモッ」

 ……。

「んもう」
「ンモウ」

 さっきから俺の会話に反応しているのは誰だろうか。
 もしそれが人間なら、俺は間違いなくこの場から逃げ出す自信がある。
 滑稽は、方向性と程度がぶっち切れると恐怖に変わるものだ。
 「ンモウ」で会話をする人間がいれば、たぶん俺は頭の先から足の先までを、漏れなくぶるりと震わすだろう。
 おそるおそる声のしてくる方向を聞き定めて、それが自分の足元からだということにようやく気付いた。
 ――丘だ。
 俺が寝そべっているこの丘が、「ンモ」という音の度に振動しているのだ。
 ゆっくりと銀のテーブルを背負い直して、丘から滑り下りる。
 そうして下りきったところで振返ってみれば、

「うおっ、〈ゴーレム〉かよ」

 荒野の赤味の土にまみれた、巨大な土人形がそこにいた。
 きっちりかっちり統制された真四角のブロックで身体が構成されている――土人形(ゴーレム)だ。

「ンモッ!」

 巨大な(なり)と、角ばったイカツイ体型とは対照的に、その鳴き声はやたらに柔和である。しみじみと心が安らぐ気さえしてきた。なにこれ、ちょっと可愛いかも。
 顔は立方形で、二つの目と、とってつけたのような丸い赤鼻がある。
 目は月光を反射して金色に光っていて、夜空に映える大きな星のようだった。――ついでに海苔みたいな眉がついてる。
 俺が観察していると、ゴーレムが鈍い振動音を発しながら身体を左右に振った。
 どうやら荒野の土を振り払っているらしい。

「ンモ、ンモモ」
「んも」
「ンーモ?」

 勘で会話をこなしつつ、俺はゴーレムが土をほろっていくのを傍らで見ていた。
 少なくとも今の状態でゴーレムに敵意は感じられない。
 ゴーレムは自然発生で土に意志が宿って生まれる場合もあれば、魔法によって外生的に生まれることもあるが、もとから行動を規定された後者と比べると、前者のゴーレムは意外と穏和だ。ゴーレムの本質は非戦系に傾いていると実家の図鑑で読んだ。
 まあ、やや変則的ではあるが、そこらへんにいる動物とそう変わらない。
 一部には群れを作って集団生活をしているゴーレムもいるという。
 そうしてゴーレムについての記憶を探っているうちに、目の前のゴーレムの土が掃われていって、その身体の本当の色が明らかになった。

「お前、やたらに白いな?」

 雪のように白かった。
 夜の荒野に立つ真っ白なゴーレム。
 月光を浴びれば、ひとたびに美しさすら(たた)える。――綺麗だ。

「ンモ」
「そっかー」

 いや、何言っているかは分からないけど、その金の輝石のような目が俺についてきたいといっている。間違いない。むしろそうであれ。――移動手段ばんざーい。
 ともあれ、旅は道連れというし――

「よろしい、俺の野望に付き合いたくば――ついてくるがいい。ただしっ! 賃金はでないからな!!」

 ろうどうほうなんてものはありません。

「ンモ!」

 よし、物珍しい白いゴーレムを確保した。
 これだけの巨体で、物珍しい白で、夜に映える姿ならば、酒場の広告塔として活用することができる。
 これはいい広告塔を発見したものだ。
 見た感じ、赤鼻から『ふんすふんす』って気合あり気に鼻息吹いてるし、気概は十分だろう。それに、このゴーレムが発する雰囲気は癒し系である。パっと見はやや恐ろしげなゴーレムの姿だが、こいつはきっと普通のゴーレムよりは恐れられないだろう。なんだろう、ペットみたいな感じ。

「でさ、どっちいけばいいのかわからないんだけど、グランドニア王国ってどっちかわかる?」
「ンモ、ンモモモ」

 白いゴーレムは角ばった三本指の一本を立ちあげて、ある一点を指差した。月の浮かぶ方角だ。――なんと便利なゴーレムだろうか。地図の代わりにもなるらしい。……あれ? こいつもしかして俺より役に立つんじゃ……。

「おお、ありがたい。……あとさ、いまさらふと思ったんだけどさ、なんで俺の言葉がわかるのに、しゃべれないんだろうな……」
「ンモウ……」

 しょんぼりするゴーレム。ああ、聞くべきことではなかったらしい。きっと声帯の作りが違うとか、いろいろと小難しい理由があるのだろう。
 ――さておき、

「いつまでもお前ってのはなんだな。何か名前をつけようか――」

 言うと、ゴーレムが突如として自分の指をパキリと砕いた。そうして、砕けて白い砂のような粒子になったそれを、俺に手渡してきた。
 はて、何を言いたいのだろうか。
 もらった砂を、ひとまず眺めてみる。
 白い。さらさらと細かな粒子だ。汚れ一つない様は、どことない高級感を感じさせる。
 匂いを嗅ぐ。
 無臭だ。広告塔から強烈な悪臭が放たれるという悪夢染みた状況になる予定はないらしい。良かった。かなり良かった。
 舐めてみる。
 味はするのだろうか。
 ――した。

「甘いな!!」

 絶妙な甘味だ。
 甘すぎず、しかし仄かに、舌から身体に染み込むような甘味が伝わってきて、多幸感を得る。

「これ『砂糖』か! お前、砂糖で出来てるんだな?」
「ンモッ!」

 それを伝えるために、わざわざ身体の一部を砕いて渡してきたらしい。
 ははあ、砂糖で出来たゴーレム。
 これはもはや、単体の見世物としても十分に活躍できる代物だ。俺の目的があくまで酒場の繁盛にある以上は、ひとまず置いておくにしても、これは良い出会いをした。偶然の彷徨いも捨てたもんじゃないな。

「よし、じゃあ、お前の名前は〈サトウ〉だな!」
「ンンッ!! ンフッ、ンンッフ!!」

 どうしたよ。むせるなよ。面白いむせ方するな、サトウ。

「――ン……ンモ……」

 白いゴーレムの顔が、一瞬にして憔悴(しょうすい)したような気がした。――気のせい気のせい。俺のネーミングに感謝感涙したんだろうさ。

◆◆◆

 それから一日と半分。
 砂糖仕立てのゴーレム――〈サトウ〉は、俺と銀卓を担いで荒野の行商街道を歩いていた。
 すれ違う行商や旅人たちから物珍しい目で見られるが、そもそもグリフォンだとか、ドラゴンだとか、そんなものが空を飛んだり、地上に降りてきて翼を休めたりする光景が見られるこの行商街道で、白いゴーレムの姿はそれほど奇天烈ではない。
 どれかといえば、サトウが普通のゴーレムとは違って真っ白な身体をしているのが物珍しいようだ。

 しばらく歩いて、俺は大変なことに気付いた。

「食糧が……そ、底をついた……!」
「ンモウ……」

 どことなく俺を憐れんでいるように聞こえるのは、近頃でサトウとの会話のコツを掴んだからだろうか。結構サトウって表情豊かなんだよね。
 ともあれ、グランドニア王国まではまだ遠い。
 横道にそれたおかげで、目算がずれてえらいことになった。
 サトウは食べ物を食べる必要がないみたいで、つまりこれは俺個人の問題だ。
 ――仕方ない。

「銀卓をちょっと削って売ろう」

 苦肉の策だ。
 行商街道を外れずに歩いているおかげで、人とはすれ違う。
 その行商たちと交渉をして、銀の欠片と食糧を交換してもらおう。

◆◆◆

 結果、手元には肉と、一瓶に詰まった赤赤とした酒と、数枚のパンが手に入った。
 銀テーブルの角をほんの少し手刀で叩き切って、それと交換した。
 ちなみに我が手刀は万能ナイフと同義である。魔法でちょちょいのちょい。こういう時に役立つちょっとした切断魔法とか、これこそ世界に広めるべきだよね。皆物騒過ぎるんだよ。魔法は敵国を焦土にするために使うものではないぞ。
 ともあれ、餓死の心配はなくなった。

「ふむ。酒は飲まないんだけどなあ……」

 酒場を開こうとしているやつが何をいうのだ、と言われるかもしれないが、商売と個人の趣向は別問題だ。
 酒場は酒の場だが、同時に社交の場でもあると俺は思っている。
 俺の目的は後者を極めることであって、まあ、酒場は流行に(のっと)った口実のようなものだ。
 ふと、そこで俺はあることを思いついた。

「せっかく酒があるから、この辺りで客を(つご)ってみようか?」
「ンモモ!」

 手元にある食糧と酒はたいした量じゃないから、多くを呼び込めはしないが、二三人分ならば馳走できるだろう。
 肉も少し残して、パンも二、三枚を残しておけば、それとないつまみも作れそうだ。

 さて、問題は酒の味だろうか。
 取引をした行商人が言うには、この赤い酒は葡萄酒で、西方の芸術王国において作られた、さぞ高級な酒らしい。
 はあ、やや胡散(うさん)臭い気もするが、交換してしまったからにはいまさらどうしようもあるまい。
 なにより、俺には秘策がある。
 ゆえに、

「サトウ様! お願いします! ちょっとあなたの『砂糖』を分けてください!」

 平伏と共に、俺はサトウの砂糖を求めた。

「ンモ、ンモモ」

 サトウは「しかたねえな」みたいな身振りで、また身体の一部を削り取ってくれた。
 手渡されたそれを、俺は酒の中にぶち込む。
 酸味と甘みがうまく融合すれば、これは新たな酒になるはずだ。――完全に勘だがな!
 だが、サトウの砂糖を一舐めした時の多幸感には、何か可能性が眠っている気がする。
 そういうわけで、そもそも銀卓だけの、『場』と呼称するのさえおこがましい感じの野外酒場を、俺は開いた。

◆◆◆

「うまい……っ! なんだこの酒は! どこの酒だっ!?」

 荒野に男の声が響いていた。野太い、よく通る声だ。
 目の前には銀卓が一つ。椅子なんて気の利いたものはなく、立ち飲みだ。

 その日の夕方、サトウを広告塔に『旅の疲れに少しばかりの酒を』と気の利かない文句で客を寄せ、物好きな二人連れの客を引っ掛けた。
 街道横に銀卓がぽつりとおいてある違和光景と、珍しい白いゴーレムを見やって、興味本位で寄ってみたらしい。
 行商ではなく、彼らは流浪の旅人だった。

「初めてだ! こんな酒は! 甘い酒なぞ若輩のための飲み物で、本物の酒呑みならばやはり辛み酒と思っていたが……これは考えを改めねばなるまい……!」

 野太い男は、興奮気味に言葉を紡いでいた。
 その連れのもう一人の女は、黙って淡々と酒を飲み干している。
 決して不味そうにというわけではなくて、むしろ酒の味に夢中になっているようだ。

「主人よ、教えてくれ。この酒はどこにいけば買えるのだ」
「残念ながら、ここでしか飲めない特別な酒だよ。また飲みたいなら、この銀卓を探すことだ」
「ぐぬう……。よし、ならば次もこの野外酒場を探し出してみせよう。目印は銀卓と白いゴーレムだな?」
「そうだね」

 当初の商業戦略を、旅人の男はしっかりと汲み取ってくれたらしい。銀卓、これこそが我が戦略。――たぶんサトウの方が目立ってるけどな!

「――ハハハ! おもしろいじゃないか、野外移動式の酒場なんて。それだけで希少価値が付きそうだ!」

 男が急に楽しそうに笑った。
 どうやら男は、この酒場が移動式のものだと思ったらしい。
 確かにこの(なり)ではそう思われても仕方ない。
 でも、男に言われて、逆に俺は『それはおもしろそうだ』と思った。
 最初は大国グランドニアに行って、そこに腰を据えて酒場を繁盛させようと思っていたけど、この旅の途中で銀卓を広げて、その時その時に通りすがる人を集めて、ただ楽しく話をするのも、結構おもしろいかもしれない。今になって思うようになった。
 ひとまず、食材がこれだけじゃさすがに味気ないから、グランドニアでもう少し準備をして、サトウという荷物持ちもできたことだし、そのあとで移動式酒場をやってみようか。
 いや、やろう。

「次に来た時はまた別の――新しいメニューを用意しておくよ。もし旅仲間がいるなら、銀卓の酒場の噂を広めてくれると嬉しいな。偶然が重なって、その旅人たちとばったり出会うかもしれない」
「ああ、ぜひともそうするよ」

 旅人の男女はそのあとでまた旅路に戻っていった。
 手元に残ったのは自分が食べるために残しておいた一切れのパンと、酒の対価に旅人がおいていった金の食器。
 『硬貨はいらない』と言ったら、ずいぶんと豪奢な対価をおいていってくれたものだ。
 次に酒場を開く時にぜひ使わせてもらおう。

◆◆◆

「なあ、サトウ。お前は俺に対価なく砂糖をくれるけど、お前は何か欲しいもの、ないのか? ――というか、そうやって身体を削って大丈夫なの?」

 小さくなったりしないのだろうか。
 成り行きで一緒になったサトウだが、こうして一緒に歩いていると、どことない繋がりが感じられてきて、少しサトウを気遣う気持ちが生まれてくる。

「ンモ」
「――ぬあー、なんて言ってっかわかんねー」

 サトウは右の三本指の一本、その親指らしき位置に映えている指をグッ、とあげてみせた。謎リアクション。
 次いで、サトウは人差し指らしき指を使って、地面に絵を描き出した。
 ――ほうほう……ふむ、ふむふむ。

「お前、絵うますぎだろ」

 ――絵心が半端ない。「ンモ」よりよっぽど分かりやすい。間違いなく、絵画力的に俺の負けである。俺は小さい頃にウサギ描いたメイドたちに見せたら、『な、なんという怪物を……!! 旦那様! 旦那様ァ! お坊ちゃまは将来ご有望であらせられますぅ!!』とか感涙された男だ。――待って? 俺ウサギ描いた。怪物描いてない。

 少し溢れた涙を袖で吹いて、またサトウの絵を見る。
 そうしてサトウの言わんところを察した。

「なになに、身体にほかの砂糖を塗りこめば回復すると? ――うおっ、その上()りこんだ砂糖が熟成されて旨みが出ると!! なんという! なんという便利な身体!」

 だいたいそんなところだ。
 『熟成されて旨みが出る』という箇所を絵で表現したサトウは、一種の天才だと思う。なんで? なんで俺分かったんだろ。ちょっとサトウの絵にアブナイ魔力的なモノを感じるんだけど。

「ふーむ」

 思い返してみると、そもそもどうして、偶然に出会った俺についてくるのだろうか。俺は出自の関係上、魔物や魔獣、魔族なんてモノに好かれやすい性質をしているかもしれないが、それはあくまで実家付近での話だ。
 グランドニア王国のあるこっちの方の魔物についてはそんな詳しくないし、面識もない。
 けれど、まあ、サトウが楽しいというのならそれで良いのかもしれない。

 俺はサトウの肩に乗せてもらって、夜の空を見上げながらまた声をあげる。

「まあ、お前が何を思ってついて来ていても、そうしたいならそれでいいんだけどさ」

 そういうことで、俺も納得することにした。
 空を見上げて目を凝らすと、大きな光から小さな光まで、点々とする星が見えてくる。かつて住んでいた場所と空で繋がっていることを、ふと実感させられる。

「――俺も砂糖仕立てのゴーレムなんて初めて見たから、ちょっとこの世界にワクワクしてきたよ。最初はそういう好奇心そのものを感じたくて旅に出たんだ。俺って実家に籠ってる時に、実家事情でいろいろ勉強させられたんだけどさ――」

 言葉で振り返っているうちに、どうも昔話がしたくなった。自分が言いたいだけの、他愛のない話だ。

「ンモ?」

 そんな言葉にも、サトウは反応を返してくれる。

「こう、書面の上で世界を知るってのも、味気なく感じてさ。せっかくこっちの世界に来たから、前世で生きてた世界と全然違うこの世界を楽しんでやろうと思ってたんだけど。こういうファンタジー世界に憧れあったし。でも、かといって、その実家事情のせいで外に自由に遊びに行ける時間もなくてさ。反抗期のフリしてこの銀卓担いで、家を飛び出してきたんだ」
「ンモウ」

 実際に外に出てみると、まあ大半は書面で見たとおりだったけど、砂糖仕立てのゴーレムに関しては初めてだ。これは書面には載っていなかった。俺が知らないことだ。

「あとはそうだな――人との会話は、書面が相手じゃ感じられないからな」

 だから社交場なんてものを自分で運営しようと思ったわけだ。別に会話する相手に困っていたわけじゃない。たくさんのメイドもいたし、魔族や魔獣ともよく話した。

「けど、あっちはあっちで、世界が狭いんだよ。せっかく隣に違う価値観持った領域があるんだから、こっちでも社交したいなあ、なんて」

 親父には悪いが、俺は一旦外の世界を自分の目と耳で見聞することにした。
 だから――

「――書面でしか見たことがない珍しい物とか、俺が知らない新しい物とか探しながら、ついでにいろんな国や都市の特産品集めて、移動酒場でもやってみるか」
「ンモ!」

 そう決めた。
 サトウもまあ、気分がノっているうちは付き合ってくれるんじゃないだろうか。
 ゴーレムの内心なんてものはよく分からないが、サトウは意外と肯否定に関してハッキリしているし、なんともなく、そのうちわかってくるんじゃないかなあ、なんて楽観的に考えている。
 だからひとまずは、グランドニア王国に向かって、備品と食材を集めて、あとサトウの身体に補充する砂糖を買い集めて、また旅に出よう。
 銀卓酒場亭主の世界見聞録と洒落込もうじゃないか。

「よおし、んじゃ、まずはグランドニア王国へ! 実際に歩くのは俺じゃなくてサトウだけどなっ!」

 旅の移動手段としても、サトウは優秀なのだ。

◆◆◆

 それから数か月。
 グランドニアの活気だった酒場で、こんな話題があがっていた。

「なあ、知ってるか、〈銀卓の酒場〉って」
「ああ、知ってる知ってる。俺も知り合いから聞いたんだが、行商街道とかにたまーに現れる野外酒場だろ? 俺の知り合いは一回だけ入ったことあるって言ってたぜ」
「その場限りで出されてくる酒や食い物がやたらにうまいらしいな。俺も探してるんだが、これがなかなか(つか)まらねえ」
「俺もだ。いつも旅に出る前に他の旅人とか行商人とかから情報集めて、目的地に着くまでの暇つぶしに探しているんだが、なかなか見つからねえんだ。暇つぶしっていっても、結構ワクワクするんだけどな。隠された秘密基地探してるみてえで」
「なんでも、銀卓の酒場を探すためだけに旅に出るやつまでいるらしいぞ」
「捜索隊かよ」
「噂が広まって、物好きが動き出したんだろうさ。噂じゃどっかの王族が国家資産を使いこんで直々に探してるとか」
「本気度がすげえな」
「気持ちは分からないでもないけどな」

 酒場で酒を飲み交わしていた二人の男は、はあ、と酒気を帯びた息を吐いた。

「『銀卓と白いゴーレムを探せ』っていってもな、ゴーレムなんて荒野にいけばいくらでもいるけど、白いのなんか見たことねえぞ」
「だから、見れば一発で分かるんだろ。ていうか他の噂だと、その銀卓の酒場の亭主が絶望的なまでの方向音痴かつ迷子スキル持ちで、よく分かんねえ森ン中とか山奥とか、たまにはぐれの浮遊島とかに行っちまってるらしいぞ」
「そ、そんなんどうやって探せって言うんだよ! お前、はぐれの浮遊島とか! どこに飛んでいくかも分からねえってのに!」
「ああ。あと天界とか地界の方で見かけたって噂も」
「お、おお……(きわ)まってるな」
「瘴気のせいで俺たちが足を踏み入れられねえ魔界で見つかるより、ずっとマシだろ?」
「そ、そりゃあそうだが……」
「こうなったらもう運だな。一説じゃ、銀卓の酒場に出会った旅人は幸せになるとか、そんな話まで出てきてるっていうし」
「そりゃあ旅人冥利に尽きるな。――はあ、そんなすげえ迷子スキル持ちなら、俺も本腰入れて探すしかねえか。暇つぶしなんて言ってられねえな……」
「どうせ俺たち、流浪するしか能がねえ馬鹿野郎だしな。そこに何かを探すっていう目的がつけば、流浪の旅にも色気が出るかもな」
「まったくだよ。ああ、旅の女神様、どうか私に銀卓の酒場への道をー」
「最初から神頼みはいかんだろ」

 そんな会話に尾をひかせながら、酒場の夜は()けていった。

◆◆◆

 のちに二人の旅人は銀卓と白いゴーレムを見つける。
 〈銀卓の酒場〉の客人となり、そしてまた、他の旅人たちにその噂を広めていった。
 人が人を呼び、銀卓の酒場に訪れた者は二度目のために。そうでない者は初の接触のために。旅の途中で銀卓を探す時間が増えていく。

 話は広まりながらも、その酒場は世界に一つしかない。
 だから、どこかおとぎ話のような幻想性と、隠れ家的な隠匿性を手足に(くく)りつけながら、銀卓の酒場の噂は世界を歩き続けた。

 多くの旅人は、旅に出る前に、旅の女神に願い事を掛ける。
 きっと今回の旅では、陽光を派手に反射する眩しい銀卓を見つけられますように、と。
 旅人たちは希望を胸に、今日も当てどない流浪に身を任せる。

 銀卓の酒場は、そんな彼らの旅の途中に――ぽつりと佇んでいるかもしれない。

 ―――
 ――
 ―


◇◆◇ 裏シリーズ ◇◆◇
『金卓の酒場』
【ちょっと臭う入口】

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