第九十九話
直にのびる大路を田楽の列に加わりながら半分ほど進んだところで、ようやく二人はそこから抜け出すことができた。男は始終押し黙っていた。顔は年中陽光にあたっているため、それが従来の色であるかのように黒く、凛々しい眉をきつく寄せた様はいかにも神経質そうだ。すらりと伸びた背は清盛よりも高い。
「おまえの生まれはどこだ?訛りがあるように思うが」
男は何も言わない。拗ねた女よりもたちの悪いヤツ、と清盛は思う。
「生まれは京だが、子どものとき以来きたことがない」
男はぽつりと言った。清盛はこの沈黙を持て余していたので、彼が口をきいてくれたことをよろこんだが、男は清盛を睨みつけ言った。
「俺はずっと関東で暮らしてきた。何が言いたいかわかるか?」
清盛は肩をすくめて見せた。男がさらに何か言いかけたとき、後ろから声をかけてくる者がいた。
「あんたの踊りはすごくよかったよ・・・えっと、背が小さいほうの」
清盛は「どうも」と素っ気なく言った。彼の受け答えが気に入らなかったのか、若者はさらに近づいてきた。
「わたしはめったに人を評価しない。とくに芸事に関してはね。もっとうれしそうな顔をしてほしいものだ」
男があざ笑うかのような声を出した。若者はそちらを向いた。ただ顔を向けただけなのだが、その視線はどこか人を圧するものがあった。
「なあ、小さいの。これからわたしの邸に来るかい?歌を聴かせてあげるよ」
清盛は結構、と手を前に出して辞退した。
男は清盛と若者のやり取りに嫌気がさしたようにぷいと顔をそむけ歩きだした。それに驚いた清盛は彼を止めようと声をかける。
「俺は都の人間が嫌いでね。とくに、おまえらのようなヤツは」
男の背中を見送りながら、清盛は頭を掻いた。
「彼は関東の出?坂東武者か。さすがに無礼千万だね。その点あんたはそれなりの礼儀は知っているわけだ、平朝臣?」
清盛は目を細めた。この若者、なりこそ庶民風だが、どっしりと構えた物怖じしない態度はいささか不敵すぎる。
清盛は押し潰されてしまいそうな威圧を感じたが、表情にはおくびにも出さなかった。
「四宮様!」
向こうからもう一人、可憐ともいえる白い顔を上気させた若者が走りよってきた。
―――宮・・・親王か
清盛は目の前の若者を見た。
「無礼者が!この御方が、治天の君にあらせられる法皇が第四の宮様と承知の上での非礼か?!」
清盛はおのれがひざまずいていることに気づいた。彼は今まで、おのれこそがひざまずかれる人間だと思っていた節があった。彼にそう思わせていたのは、はるか昔の尊い血ではなく、わずか三十五、六年前の現神の血であった。
―――帝王の資質というやつか
だがな、清盛よ―――と彼は自問する。今さらおまえは王たる者に何かを見出せるというのか?
「よい、信頼。こやつは何も知らぬ。そうであろう?」
雅仁は清盛に言った。
「恐れ多きことにございます」
清盛は事もなげに答えた。彼は立ち上がり礼儀正しくあいさつをのべると、その場を辞そうとした。
「さきほどの士を追う気ではなかろうな?」
雅仁は清盛の背中に言った。
清盛は顔だけを動かし、雅仁の顔が見えるようにした。彼のそうした振る舞いに信頼は眉を寄せたが、主人が手で制しているので何も言わなかった。
「血を分けた親兄弟だとて互いのことはわからぬものだ。他人の気持ちなど言うにおよばぬ」
清盛は凍てた眼で雅仁を見やったあと、瞬時にあの人なつっこい笑みを浮かべた。
雅仁の言葉はおおいに清盛を憤慨させたが、半分は当たっていたかもしれない。現に、清盛はついに父の過去について知ることはなかったのだから。
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