第九話
備前守平忠盛が東山の麓にある邸を訪れたのは、昼もだいぶ過ぎた頃であった。
「備前、よく来ましたね。まっていたのですよ」
「ご美顔麗しくいらっしゃり、何よりでございます」
女御は眉を少し寄せた。
「そのようなあいさつはおよしなさい。それに、そんなところにおらず、こちらへ上がってきてはいかが?」
忠盛は雪のとけやらぬ庭に、片膝をついていた。
家子である家貞は、そのうしろに控えている。
女御と忠盛のあいだには御簾による隔たりがあるが、千早丸と忠盛には隔たりとなるものがなかった。
千早丸は御簾の外の簀子の上に、行儀よく座っていた。
女御に、お行儀よくしろと言われたからである。
「そのような無礼なことはできませぬ」
忠盛にとってこの女人は前妻の姉である前に、仕えるべき君なのだ。
そして白河法皇の愛人。
忠盛は院司の一人だ。
女御と対等に話せるわけがなかった。
彼女もそれはわかっている。
しかし、一時とはいえ義理の弟であった男だ。
「・・・そうですか」
「父上」
女御の声と重なるようにして、千早丸が口を開いた。
女御は千早丸を見た。
家貞も少年を見た。
少年は大きな目で、父を見つめた。
千早丸は立ちあがると、裸足のまま庭へおりた。
「父上。ご指南、賜りたく存じます」
そう言い、千早丸は木刀を忠盛に向けた。
「和子!」
立ちあがろうとした家貞を、忠盛は制した。
少年の眼のなかにたゆたう侮蔑の色を、忠盛は見た。
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