ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  有明の月 作者:小波
第八十九話
 呈子入内の日が目睫の間に迫った頃、頼長は父からの書に応じ宇治へと赴いた。しんと重く冴えた大気をまとった彼は痩せて見えた。実のところそうだったのだ。何かと情義を気にする男だ。公能のことを重荷に感じているに違いないと、忠実は思った。そして、この情を切りはなせぬ彼の性格に苛立ちを感じた。
「・・・法皇様が言を飜すなんて!」
 頼長は力なく言った。
 忠実は溜息した。
「あやつはもう養父ではない。また兄でもない。なぜそこまで躊躇するのだ」
 父の言葉に頼長は顔を上げた。彼の眼になんとも言えぬ色がおびていた。
「『子なんぞ政を為さざるか』。孔子はなんとお答えになられましたか、父君?」
「なにをたわけたことを。政治に学問などいらぬわ」
 頼長は力なく首をふった。
「私は父君のご期待に添いとうございます。なれど、なれど、わが兄君にございます。ああ、いっそ出家できたなら!」
 忠実は激怒した。上げたその手は、しかし、むなしくおろされただけだった。
 頼長は両の手でおのれの頭をかばい、震えていた。
 忠実は息子を見おろした。が、見てはいなかったであろう。彼は何事かをつぶやいた。頼長には聞き取れなかったが、人の名だったように思う。

 日をおかずして、忠実は上洛した。幾度となく法皇に多子立后を要請し、ついに皇后冊立を実現させた。しかし、ほどなくして呈子も入内立后。多子を皇后宮、呈子を中宮と称すなど、かつての御堂関白時代の入内争いの様相を呈したのだった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。