第八十一話
この日、陰陽頭より凶兆ありとの奏上があった。
凶兆―――
空より出でし禍の輝き。
この世の終わりか否か。
天の粛正か。
陰陽師の言うことは当てにならない、と頼長は思う。
左大臣・源有仁の逝去により、彼はこうした騒動のさなか、内大臣のまま一上の宣旨をこうむった。一上―――つまり左大臣である。太政大臣は一種の名誉職なので、実質的には左大臣が太政官の首席であった。
陰陽頭の奏上により、鳥羽法皇が陰陽師や僧を集めて祈祷をさせたりしているのを見て、頼長はせせら笑った。
妖星はなにも、今初めて現れるわけではない。その記述はけして多くはないがいくつかの文献に載っている。史記においての妖星の記述が最初であり、その日、始皇帝の祖母・夏太后が亡くなったとあるが、そんなものは天命だ。妖星があらわれたからだと言う者もいるらしいが、あまりにも条理にそぐわない。
―――しかし・・・
と、頼長は思う。
このことが人々に恐怖を与えていることには変わりない。新院も憂えられておられるのだろうか。
「何かおっしゃいましたか?」
公能が尋ねた。
頼長は「いいえ」と言うかわりに蝙蝠を広げ、女がするように口元を隠した。そんな彼の腰を公能は抱き寄せ、彼に口づけをする。
白の狩衣が頼長の顔を透明にする。それから透けて見える紅葉のような紅い単が彼のしなやかさを強調させていた。
「妖星が出るそうですな。宮中でやたらとそんな話しを聞きましたよ。今夜は恋しい女が待っていようとも、誰も外へ出ないでしょうな」
「御前様以外に通う女君がおいでか?義兄上」
「男にとって通う女が多すぎるなどということはありませんよ。優れた子を多く出すのは家の誉れです。だのに、あなたはそれをしない。それほどまでに、わが妹を想っておられる」
「はっはっはっ」
頼長はさもおもしろいことを聞いたかのように吹き出し、仰々しく袖を一振りした。今、幸子のことなど聞きたくはなかった。
「内府様」
例によって義賢が牛車の準備ができたことを知らせに来た。
「こんな日にどこへ行かれるのです」
「新院の御所へ」
頼長は顔とは裏腹に感情のこもらぬ声で言った。
公能は不審そうに頼長を見ていたが、ふと視線を転じ庭の義賢を見た。そして、思わず目を細めずにはいられなかった。この若者はなんと理想的な肉体をしていることか。服の上からでもわかる隆々とした筋肉。頼長とは対照的な黒く焼けた肌膚。
「佳き若者にございますな」
頼長はきらりと光る眼で義兄を見やった。
「都きっての荒れ馬にござりますれば。あなたに御すことができますかな、義兄上?」
そう言い立ち上がると、頼長は颯々と廊を行った。
牛車に足をかけたとき、頼長はつまずきもしないのによろけた。息切れがひどい。先程、号したからだろう。
「内府様っ」
家司たちが驚きの声を上げる。義賢が手をさしのべ主の体を支えた。なんて力強い腕だろう!
だが頼長は義賢を突き放し彼をきっ、と睨んだ。
「おまえほど無防備な男は知らぬ。しばらくは私の前にその愚鈍な体をさらすな」
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