第七十九話
父子之道、天性也。君臣之義也。父母生之。續莫大焉―――
頼長は母を知らない。いや、知っていることは知っていた―――賤しい女だったということを。
鏡を見るとき思うのだ。おのれは父に似ていない。これは母の顔。父の妾でしかなかった女と同じ顔・・・
「母」への憧憬は、いつのまにかやめてしまった。いつからなのか思い出せないが、おそらくは京に居を移した頃からだろう。それでも、心のどこかで面影を追っていることはわかっていた。
だからなのか否か。姉君が愛しい、そして夕映。
夕映は頼長の乳母で亡き彼の母の姉。上洛することとなった少年頼長に唯一つき従ってくれた女。
そんな彼女が病を理由に実家へさがったのは、もう何年も昔のことだ。それでも何度かは文をかわした。近況をしたためたかの人の文。けして豊かではないことが察せられた。
俵物から反物まで、生活に必要と思われるおおよその物はなんでも送った。毎年、毎年、毎年―――
今年のそれが突き返されてきたのを知った頼長は、悲しみもしたしいぶかりもした。使いの者を問い質したところ、かの人の行方が知れぬのだと言う。
まさか、と不吉な予想が頭をもたげたが彼は強くそれを否定した。
そうこうしているうちに頼長に文が届けられた。携えてきたのは、寺で使われていると思しき小童であった。
頼長の胸はおどった。夕映からの文だった。
彼女は今、仁和寺にいるという。
夕映に会える。母の面影のひとに会える!
「車を用意しろ。仁和寺へ参る」
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