第七十六話
左大臣が亡くなられた。
花園左大臣―――源有仁。輔仁親王の王子。
忠実の脳裡に、有仁の優雅な姿が浮かんだ。かの貴人も思えば悲運の星のもとに生まれたのであろう。
散位・民部卿藤原顕頼も病を得、出家したとか。
―――白河院治世下を耐えた者たちよ・・・
忠実は目をつむった。
「大殿、内大臣様がお見えです」
家司の報せを聞き、彼はゆっくりと目を開けた。
「父君。ご息災でなによりでございます」
頼長の菊のように白い顔がほころんだ。
月に一度は文をよこし、父の体調に少しでも障りがあると聞こうものなら、その日のうちに宇治へ赴いてくる息子―――。
だが、この日頼長が忠実のもとを訪れたのには別の理由があった。
養女・多子の入内。
頼長がおのれの手元で育てている花の蕾のような少女は、今年でやっと七つになるところだ。彼女の実父は頼長の義兄・公能。娘の入内を望んだのは頼長よりも公能であった。
頼長は多子の入内にあまり気乗りしていないようであった。
忠実は、先程からしきりに法皇にご承諾の御気色があることを手放しで喜んでいる公能を見た。続いて頼長を。彼とてこの入内が大きな意味を持つことくらい重々わかっているはずだ。そう。頼長は父の意図することをすべて理解していた。だから、承服しかねているのだ。
「法皇様はなんと仰せなのだ」
忠実は尋ねた。
「この旨、大相国様に報知せよ、と」
頼長の声は心なしか掠れていた。
「摂政様はあなた様の御嫡子。どうか諒承を得てほしいものです」
公能の言葉に忠実の顔が少しばかり引きつった。忠通がそう簡単に首を縦に振るわけがなかった。養女といえども頼長が娘を天皇の後宮におくり込む。それが意味することは一つ―――外戚化だ。ひいては摂関の地位を得ることである。
祖父、父、そしておのれが支えてきた摂関家が忠通の手中にあるということが、忠実には耐えられなかったのだ。
現在の摂関家において、天皇の外祖父と摂関の地位が直に結びついているわけではない。摂関は父から子に受け継がれるものだという世襲制が進んでいた。したがって、忠通による譲渡がなされぬかぎり、頼長は摂関にはなりえぬのだ。
ならば、摂関と拮抗する地位を有することができる外戚となるよりほかに道はない。
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