第七十二話
まるで、海をへだてた宋から入ってくる翡翠のような柚の葉の緑が、心地よい風のなかゆらゆらと揺れている。
祇園社での出来事から何日経ったであろう。
贖銅三十斤は少々痛い。しかし、都を追放されなかっただけでもよかったのだろう。
清盛は廂に寝転がり、柚のさわやかな花の香りを楽しんでいた。
遠くで、いや、隣の部屋なのかもしれない、千歳と百代の声がした。また年に似合わず書でもめくっているのだろうか。
清盛は寝返りをうった。
父に対してすまないと思う。
銅三十斤を贖ったのは父だ。今回のことでおのればかりか父の名にも傷をつけてしまったのだと思うと、顔をあわすこともできない。
おのれの身の上を見るがいい。いい年をして部屋住みの冷飯食いで子のめんどうまで見てもらっている。
千歳はもうじき八つだ。けして幼すぎるということはない。そろそろ元服のことも考えるべきだ。
清盛は舌打ちした。
―――何をしているのだ?俺は・・・
彼は胸のあたりがざわりと騒ぐのを感じた。
焦り。
―――家盛
清盛はつぶやいた。
家盛は、清盛が大それたことをやらかして謹慎しているあいだに、常陸介に任命されていた。介とはいえ常陸は大国だ。
父の笑顔、母の鍾愛。弟は兄が手に入れられないものを持っていた。
あれはいつだったか。そう、保延の年だ。はじめて京を離れ瀬戸内の海へ出た少年の頃―――。父・忠盛は鳥羽院より海賊追討の賞を与えられることになっていたが、忠盛はそれを辞退。かわりに清盛が父の譲りにより従四位下に昇進したのだった。あの時、清盛は夜も眠れぬほどに胸おどったのであった。位階が上がったことに対してではない。父の思いにだ!
「父上」
一瞬、清盛は自分が言ったのかと思ったが、そうではないことに気づいた。呼んだのは千歳丸だった。白の水干がまぶしかった。体より少し大きめの―――。
「どうした、ん?こっちへ来るか」
清盛は両手を広げた。
千歳丸は首を振った。
「外に不審な者がおりまする」
幼いが聡明そうな口調で言った。
「不審?」
「垣根からこっちを見ているのです。百代が怯えています」
清盛はすばやくはね起きると、太刀を手に庭へおりた。
「内大臣・・・!」
―――だから嫌なのだ。公卿らときたら、こうもねちっこい!
刺客か否か。どちらでもよい。邸の周りをうろつく輩は許さない。
清盛は門のところまで行くと、勢いよく飛び出した。 |