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  有明の月 作者:小波
第七話
「姉さま・・・わたくしの、子なのですね。わたくしの産んだ、子なのですね・・・」
「ええ。そなたは母になったのですよ」
 影の頬を涙がつたった。
 まるで夢を見ているような瞳で、彼女は言った。
「姉さま。この子のこと、よろしくと、わが夫に・・・。妻としても、母としても至らなかったわたくしを、ゆるしてください・・・と・・・」
「なにを弱気なっ!子の行く末を見届けるのが、母の務めでありましょう。元服も見ぬ気ですか?!」
 影は、にこりと笑った。
 目立たぬ女であったが、白の袿に身を包んだその姿は、爛熟した白百合のようであった。
 死に臨む人間とは、かくも美しいものであったか?
 いいえ。
 女御は否定した。
 影は、妹は、何かを思い定めたのだ。
「姉さま、姉さま・・・」
 何かを探すようにさまよう手を、女御は握った。
「影は、忠盛様に愛されて、幸せにございました・・・」
 女御は胸が締めつけられる気がした。
 影はゆっくりと目蓋を閉じた。
 そのとき、赤子が急に泣きだした。
「おお、奇跡じゃ!影様のお子が・・・」
 予定より二月も早かったというのに、この赤子は月満ちて生まれた赤子より、ひと回り大きかった。
「ああ、よく泣く和子だこと。鼓膜が破れてしまいそう」
 遠くで、雷が鳴っていた。


「やったあ!また一本取ったぞ、家貞!」
 日焼けして真っ黒な顔を笑顔でいっぱいにし、少年はうれしそうに言った。
「いや、和子は強くなられましたなあ。わたくしなど、もう息切れしてしまいましたぞ」
 そう言い、汗を拭った男も、黒く日に焼けていた。
「じゃあ、もう一回だっ!」
 少年はまた木刀を振り上げ、男に向かっていった。
 男も木刀をかまえる。
 少年は闇雲に木刀を振るった。
 男の方は息切れしたと言いながら、その動きは猫より機敏であった。
 暦上春になったとはいえ、雪が解けるにはまだ寒すぎた。
 それでも、白梅や紅梅は徐々に花を咲かせはじめている。
 垣根は質素な柴垣。
 邸、庭も飾らぬが風情ある詩情にあふれていた。
 だのに。
 この剣の稽古の有様は、趣もへったくれもない。
 邸に仕える者は日常のことゆえ何も思わぬが、たまに訪ねてくる者などがあると、少年のわんぱく振りに驚いて、開いた口がふさがらぬといった状態になる者もしばしばいた。
 だが、この邸の主は、そんな少年を叱ろうとはしなかった。
 少年の奔放な行動が、どんなに優美で洗練された起居よりも美しいと、彼女は思っていたのだ。


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