第六十九話
父を否定し兄を否定し、友を新院を妻を欺き、いったい何が残るというのだ。何も残りはしない。学兄は去ってしまった。
新院は泣いておられる。
―――もう、泣かないでください
新院の悲しげな横顔に、兄の崩れそうな背中が重なった。
―――なぜ・・・
なぜ、体中に義賢を感じているこの時に摂政のことなど思うのか。
憎い、憎い。
幼く無垢だったあの頃に、兄と信じていた者は少年からすべてを剥ぎ取り汚濁の底へと突き落としたのだ。
どうして理解できよう。あのおぞましい行為!
恐怖はさらなる恐怖を呼び、甘美な狂気が少年を襲う。
虐たる仕打ちのあとの荘厳な触れあい。少年の透けるほどか細い体を組み敷きながら滂沱し、懺悔する兄の悲痛な声。
誰かを“憎む”ということの不確かさはどうだろう。
頼長は、死んだように褥の上に放り出されているおのれの腕を眺めた。無性に泣き叫びたくなった。それに義賢の燃えるような掌が触れたとき、頼長は本当に涙を流していた。
義賢がゆっくりと体を離した。
彼の汗や血の匂いがなおも頼長を恍惚とさせていたが、頼長は全神経をたたき起こし意識を呼び戻すことを急いだ。
太鼓が鳴っている。
―――なんという不覚か
義賢は乱れた髪をなでつけ、太刀に手を伸ばした。
頼長は義賢の手を掴んだ。
驚きと戸惑いが流れてくるのがわかった。
頼長は義賢の手の甲に唇を押しつけた。
「行かせないぞ。義賢」
頼長は立ち上がると義賢の顔を両手ではさみ、自分の目線のところまで導いた。
また血の匂いが濃くなった。
柔らかい掌とやや硬質感がまさる指に顔を愛撫され、義賢はたまらなくなり身をかがめると頼長の首筋に接吻した。
「こんなことは初めてかもしれない。こんな思いは。夜明けがすぐそこまで来ていると思うと、名残おしくなる」
外から漏れる光で、頼長のむき出しの肩は濡れていた。
義賢は頼長のほっそりとした腰を抱いた。
また、互いを深くからませ合った。
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