第六十八話
ああ・・・。あなたが望まないかぎり、俺はあなたに触れることさえできないのだ。
なんという悲しい運命!
義賢は絶望の淵に立っていた。
頼長は頭を従順に義賢の手の中に預けていたが、また震える声で「義賢」と呼んだ。
主は怯えている。おのれの不甲斐なさにうちひしがれているのだろう。
俺ができるのは、このお方が望むときに慰めることだけ。
このお方にとって、それは誰だってよいのだ。
そう。
この俺でなくとも―――。
春をひさぐ賤しい女。絵から抜け出してきたかのような美しい舞人の少年。出稼ぎの下人。逞しいどこぞの受領、上卿・・・。
頼長をひと目見た者はみな彼に夢中になった。男も女も、彼に愛されようとした。義賢だとて彼に酔わずにはいられない。
ふんわりと、しかし有無を言わせない大いなる抱擁!
異国の陶器を思わせる白い喉から滑り出る低い声音。日焼けして黒ずんだ書にかかる薄紅の桜のような指先。それが項をめくるときに力強く、しかし優雅に動く様が義賢は好きだった。
誰よりも強く弱く儚く、そして気高く傲慢な美しい人。
―――吾が君
頼長はもう何も言わずに黙って義賢の愛撫をうけていた。
義賢とこうしていると、彼から何かが流れこんでくる気がするのだ。熱く激しく荒れ狂うような、これはなんだ?
暗闇のなかで義賢は輝いて見えた。
『今宵は、あなたのところへ』
行けなかった。かの女のもとへ行く資格など、この私にあるのだろうか。
頼長は目を閉じていながら、目の前を幸子の白い顔がよぎるのを見た。
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