第六十七話
どんなに染料の技術が発達したとて、この美しき黄昏の空をまねることはできないであろう。
鴇だとか朱だとか、紅や茜のようだと表白する愚かしさ!
燃える棚雲は淡藍色に透きとおった山々を浮き上がらせ沈ませる。紙の上で滲んだかのような紫の薄雲が、夜の訪れを告げていた。
すべてが愛しい。
時おり吹く風にそよぐ桐の青葉や蛙のうるさいほどの鳴き声までも。
この気持ちはどこからくるのか。
そして、同じく募っていくこのとてつもない孤独は―――
満たしても満たしても、どこからともなく漏れ出してしまう。
それが悲しくて腹立たしくて、一心に注ぎ注がれることを望むのだ。
欠陥をきたしたものが心のどこかにあることに、だいぶ前から気づいていたのではなかったか?
だが、それを自覚することをためらった。
注いで、注いで。
器の水が涸れる前に―――
たった一瞬の盈満という快楽のために、貪欲に執拗に彼は求め続けるのだ。
頼長は小さく息を吸い込んだ。
本当はめいっぱいの空気で肺を満たしたい。すべての血管に酸素を送りたい。しかし、できなかった。
呼吸とともに桐の花の香をかいだような気がしたが、気のせいだろう。こんなところまで匂うはずがなかった。
だが、今宵は満月。すべてが芳香の粒子となって立ちのぼってくる幻相の小夜中。
「義賢・・・!」
彼は何かに怯えているような声を出した。
実際、彼の体は震えていたのだ。
濡れた吐息のようなひそやかな声。雪の肩先。灼熱の喉。
すべてが義賢の官能を引き裂かんばかりだった。
その肩に体に腕をまわしたい、抱きしめたい!
だが義賢はそうせず、頼長の肩を少しばかり引き寄せただけだった。
頼長はじれったそうに身をよじり、若く逞しい体に体重をかけた。
「・・・っ」
声を出すまいと思ったのに、義賢は小さく呻いた。
腕や胸や脚の傷が開くのがわかった。
熱をもった傷口から広がる血の匂いを隠すため、義賢は着物の襟をぎゅっと掴んだ。
頼長は、さも今気づいたかのように眉を寄せた。
戻ってきた若者が傷を負っていることには気づいていた。それは、若者の体温がいつもよりも高いことでも知れた。そして、その傷が徐々に開いているということも。
―――馬鹿な奴だ
だが、愛しかった。
おのれの体を自身の刃で斬り傷める。
なんという稚拙な欺瞞。そして愛すべき自虐行為。
「私を失望させるな。おまえはもう少し賢い人間だと思っていたよ」
頼長は頭を傾け、義賢に口づけした。
義賢はどうにかなってしまいそうだった。彼は主のほどけかかった髪の中に手を差し入れた。
絡み合っていた腕がほどけかけたが、義賢はさらに深く頼長を抱きしめた。 |