第六十六話
通路を抜けながら清盛は額に浮かんだ汗を拭った。
―――どんなもんだ!
彼は口をにっとつり上げた。
彼は立ち止まると、ふうと息を吐いた。
背中に何か冷たいものを感じた。
ふり返ろうとしたが、そうしなかった。してはならぬと自制したのだ。
義賢は毫も息を乱さず、清盛の首にある動脈に太刀を突きつけていた。
「おまえの技量じゃあ俺は軌れんぜ?」
「さっきは手加減していた」
若者は静かに言った。
清盛は体中の毛穴から汗が噴き出るのを感じていた。
―――はったりなどではない
清盛は喉を鳴らした。
しかし、事ここに至っても、彼は自分が死ぬなどとは思わなかった。
何と言って命乞いをしようと考えをめぐらしていると、ぱちんという太刀を鞘に収める音が聞こえた。
「えっ」
清盛は思わず声を出してふり返った。
若者は両手を体の横にぶらんとさげて立っていた。
そんな彼を、清盛はまじまじと見上げた。彼は清盛よりも頭一つ分ほど高かったのだ。
義賢があまりにも清盛を直視してくるため、清盛はきまりが悪くなって目をそらした。
「なぜ斬らんのだ?」
若者は清盛の問いを無視し横を向いた。
あまりにも形よく通った鼻梁に見とれたが、清盛ははっとなり言った。
「情けとかなら俺は大嫌いだぜ」
言ってみてからしまったと思った。
―――せっかく命拾いしたのに!
しかし義賢は再度太刀を抜く素振りは見せず、眼だけを清盛に向けた。
「俺はこれ以上、あのお方を人殺しにはしたくない」
「大忠義に拍手喝采だな!」
義賢は一瞬だけ眉を寄せたが、すぐにもとに戻った。
清盛は注意深く義賢の表情を見つめた。
特定の者に臣下の礼をとっている者は、皆こうなのだろうか。
彼は一瞬だけ家貞を思った。
「俺を逃がしたと知ったら、おまえの大好きな内府様はさぞかし怒るだろうな」
若者は声を出さずに笑った。笑うと少年のようだった。だが何かを思いつめているせいか、その笑顔はぎこちなく、清盛は見てはいけないものを見た心境になった。
「早く去ったらどうだ」
若者の口振りにむっとしたが、こんなところに長居はしたくなかったので彼は足早にそこを去った。
義賢は、清盛の背中が見えなくなるまでそこにいた。
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