第六十五話
「私にとって“穢れ”などというものはどうだっていいことなのだよ。迷信なんて人を愚かにこそすれ賢くはしないものだ。したがって、必要とあらばどんな汚濁を招き入れることも、私はけして厭わぬ」
言いながら頼長の顔が歪んでいった。
「おまえのその、きょう慢さ。人を怖れぬ愚かしさ。唯我の念にとらわれし醜なる者!死のもとに屈し刃を血で染めるがいいっ」
一瞬だった。
清盛は頼長の直衣の前を掴むと勢いよく引き寄せた。
銀光がほとばしった。
清盛のではない。彼は太刀を佩いてはいないのだ。
太刀を抜いたのは義賢であった。
清い水をたたえた港湾のように延び広がるそれは、清盛の首筋で止まっていた。
清盛は目を糸のように細めてそちらを向いたが、再び頼長に向きなおった。
頼長の体は衣服の下がどうなっているのか疑いたくなるほどに軽く、コツさえわかれば簡単に壊せてしまいそうであった。
清盛に襟元を締めつけられているため顔を少し歪ませているが、恐怖の類の表情はなかった。だが、肌の下でかすかに脈打っていた青い毛細血管が消え、さらに白く透明になっていた。
「天さえも俺をどうにかなんてできないんでね」
清盛はさらに顔を近づけてきた。
彼の目は燃えていた。
反して、頼長の体からは急速に生の色が失われていくかのように見えた。
互いの額が触れんばかりに迫った。
突然、清盛は身を引いた。
空気が引き裂かれた音。
清盛は左右の目の大きさを顕著なまでに変えて見せた。
「忠義もいきすぎると愚行だぜ!」
そのまま彼は後ろに飛びのき、猿のような軽快さで松の枝をよじのぼった。
ふん、と鼻で笑う仕草を大仰にすると、塀の向こうへと消えていった。
「追え、義賢!」
頼長は聞きとれないほどの低音で言った。
彼の顔は紙のように白かった。
義賢は彼の命に従った。頼長の激した感情が今にも溢れ出るとわかったからであった。 |