第五十八話
忠正は怒りに震える声をはりあげた。
「兄者!あんたはどうかしている。こいつを嗣子とするなど、家に傾けと言っているようなものだ。だいたいこいつは―――」
忠正は指さして清盛を罵っていたが、はっとしたように口をつぐんだ。
ひりひりとした沈黙のなかで、その場にいる全員が忠正の言葉の先が何であるかを感じとっていた。
ただ一人、清盛をのぞいては―――。
彼はしばし叔父を見ていたが、ふと興味をそがれたかのようにぷいと顔をそむけた。
「失礼ながら」
そう言ったのは家貞であった。
「和子様はこれまでに幾度となく参詣をしてまいりました。一族が繁栄こそすれ傾くなどと」
家貞の口調は静かであったが、節々に怒りの色がにじみ出ていた。
「家貞よ。誰に対して口をきいておる?郎等の分際で!」
「やめよ忠正。今はそんなことを話し合っている時ではない」
忠盛は弟を見ずに言った。
「そうでしょうか?」
落ちつきはらった声―――鷲尾であった。
彼は家盛の少し後ろに控えていたが、だしぬけに口を開いたのであった。
向かい合っている清盛、家貞・貞能親子を見やったあと忠盛の方を向いた。
「一門の今後を考えますと、誰を継嗣にするかというのも大事な課題。今回のことで、誰が一番次期棟梁にふさわしいか是非を論ずるまでもありますまい」
家貞は鷲尾を睨んだ。
清盛の忠臣と家盛の乳父。それぞれの思いはひとつだ。
傷口の痂皮をむしり化膿させるようなやり方をする鷲尾を、家貞は憎らしく思った。そして、あわよくば棟梁の座を奪い取ろうとたえず目を光らせている忠正も、同様に油断のならぬ存在であった。
家貞は忠盛を見やった。
ああ、なんということであろう!
われらが主――― 一門の棟梁の心は揺れているのだ。
勝ち誇った表情を浮かべる家盛と鷲尾。
清盛はというと、胡座に組んだ足の上でほおづえをついている。
家貞は目を閉じた。
「言ったであろう。今はそんなことを論じている暇はないのだ。話しによれば、延暦寺の者が法皇のもとへ訴えに出たそうだ。疾く、院庁へ人を行かせろ。事を荒立てぬためにも、検非違使に下手人を引き渡すのだ」
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