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  有明の月 作者:小波
第五十七話
 冥を亡くして以来、清盛は信心が篤くなったように思われる。
 仏の教えを絶対としていた祇園女御のもとで育ったのだ。少年時代に受けた影響はけして、小さなものではなかったのであろう。
 しかし、彼が熊野や祇園社に参詣するのは、もっぱら家の繁栄や自身の出世の祈願のためであった。
 そして、それは起きてしまったのだ。

 六月の梅雨もあけた蒸し暑い日。
 この日は祇園社の御霊会ごりょうえで、臨時祭が行われることになっていた。
 朝廷のみならず、多くの人々が祈願するために社へ赴く。
 清盛も宿願成就のため田楽を奉納しようと、祇園社へでかけたのだ。
 しかし、社前で彼の郎等と社家の下部との間で諍いが起こってしまった。
 神域で武具を身につけるとは何事だ、ということであった。
 この時、かっとなった郎等の一人が放った矢が宝殿に当たり、田楽の奉納どころではない大事件になってしまったのだ。


 祇園社の本山である延暦寺の所司は、早速参院し祇園での闘乱事件を訴えたのであった。

 今、忠盛は何やら思案しているような顔つきのまま、下をむいている。
 忠盛の左隣には清盛が座っていた。
 彼は下を向いているわけではないが、首を少し傾けているため見ようによっては下を向いているように見える。睫毛が目の下に陰をつくるので、寝ているようにさえ見えていた。
 右隣には家盛。
 その他の兄弟たち、そして忠盛の弟・忠正までもがこの場に顔をそろえていた。
「まったくとんでもないことだ!兄者、あんたの息子のせいで、わしたちまで巻き添えをくったらどうしてくれるのだ」
 忠正は忌々しげな顔で清盛を見やった。
「だいたい、今の今まで寺詣でなどしなかったおぬしが、この期におよんで祇園社に赴くとはな」
 清盛は叔父の言葉などどこ吹く風で聞き流していたが、忠盛がこちらをちらりと見たので、彼は仕方なさそうに首をさらに傾け、叔父を見やった。
「祇園社にはわが育ての親、祇園女御様の建てられた宝塔があります」
 忠正は「それがどうした」と言わんばかりの顔だ。
「女御様は病んでおられる。かのお方のために俺が詣でてなにが悪い」
 清盛の顔に人を小馬鹿にしたような笑みが浮かんだ。
 首を傾げているため、忠盛にはそれが見えなかった。


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