第五十五話
令明の死の報せが入ったのは、彼を見舞って数日後のことであった。
父とも慕った者の死。
涙が流れぬのはなぜだろうかと頼長は思う。
師の病床を見舞って以来、成佐の態度が妙によそよそしいが、頼長は気にとめなかった。
頼長は元来、人に興味を示さない性格なのだ。
その日の午後、来客があった。
西行という名の若い僧で、自筆経の寄進を請いに訪ねてきたという。
「お久しゅうございます。わたくしめを覚えていらっしゃるでしょうか」
頼長はちらりと僧の顔を見たが、見覚えのある顔ではなかった。
「内府様がわたくしを知らぬというのも無理からぬことでございます。なにしろ、言葉を交わすのはこれがはじめてでございますから」
西行はにこりと笑った。均等のとれた笑顔であった。
「わたくしは権大納言様の家人でございました」
「ああ、岳父上の―――」
頼長はうなずいて見せた。
そういえば、このような顔の者がいたようにも思う。
「韋編三たび絶つ、と言うのでしょうか?」
西行は部屋の隅に置かれている文机の上の、何度となく読み返したと思われる古びた書物の山に目をやり、言った。
「法師殿はお若いのによくご存知で」
これはいささか皮肉めいた言い方だったかもしれない。頼長は西行より年下なのだ。
「どういった用向きで?」
頼長は話題を変えた。
西行は「はい」と言うと話しをきり出した。
「一品経を行うにあたり、縁故を頼りにこうして勧進しておるのです。本院、新院の両院もこころよくお引き受けくださいました。浅はかな縁ではありますが、どうぞ善根を積むと思い、一品お引き受けくださいますよう」
「さあ、それは・・・」
頼長はふっ、と笑うと外に視線を移した。それは齢に不似合いな萎びた笑いだった。
「お断りしましょう。私は神仏の類を信じてはいませんから」
そう言い放った彼の態度は尊大であった。まるですべてを超越した者のように。
「万象は刻々と変化しております。そう、一切は流転すると申しましょうか。不変などこの世にはありえません。ですから、因と縁が結びつけば、どのようなものにでもなれるのです」
西行はすべてを見透かしたかのように言った。
頼長は表情を変えなかったが、憤然とした思いは今にも爆発してしまいそうであった。
何が善か何が悪か、また既往の業のよしあしなど人が推し量れるものではないのだ。
頼長は冷めた眼で、向かいに座す西行を見た。
―――世を儚み遁れおおせた者に、何がわかるものか!
西行は、ほうっと溜息をついた。
「願わくは、花の下にて春死なん―――。あなた様にとっての安住の地はどこです」
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