第五十四話
病臥する令明にとって、愛弟子の来訪はよろこばしいことであった。
妻ももたず子もなく、職を辞したことによって人との交流もめっきり減った。
寄る年波にあらがうだけの体力もなく、日々痩せ衰えていく身体を思うと、死期が間近に迫っていると感じざるをえない。
軋む老体を起こそうとする令明を、頼長は優しく制した。
「お加減もよろしいようで、安心いたしました」
令明の顔は死人のそれと大差なかった。
頭蓋に直接皮をはりつけたかのような生気のなさ。肋の浮き出る胸は木枯らしの音を立てていた。
それにもかかわらず令明は、心にもないことを言う頼長に笑ってうなずいた。
心にもないというより、他に言いようがない有りようを令明は呈していたのだ。
頼長は師の笑みに応えるかのようにして、口の端を少し動かした。
紅い唇でそうすると女の微笑のように華やかで蠱惑的ではあるが、それはあまりにも作り物じみたものだった。
令明はしばらく黙っていたが、何かを思い定めたのか成佐を呼んだ。
「はい。ここに」
頼長の後ろに控えていた彼は、返事をすると半歩分ほど前に躄り寄った。
年老いた師は若い二人を、とりわけ青年の域を脱しない頼長を見た。
「内府様。少々席をはずしてはくれませぬか。この者に伝えておかねばならぬことがありますゆえ」
頼長は死を目前にした恩師の心中を思いやり、最大限の敬意を込め一礼すると退室した。
「わたくしめに伝えなければならぬこととは?」
弟弟子の背中が見えなくなったやならぬや、成佐は咳き込むような勢いで尋ねた。
令明は何かを言いかけたが躊躇する素振りを見せ、しかし思い直したらしく、一語一語言葉を選びながら話し出した。
「わしはもうすぐ死ぬであろう。成佐よ。わし亡きあと、内府・・・頼長を支えてやってくれ」
成佐は真意がつかめず、師の顔をのぞき込んだ。
「あやつには非凡な才腕がある。しかし、それを収める器がととのいきっておらぬ。支えとなるものなくしては、立っていけぬのだ」
「それは・・・」と成佐は低い声で言った。
「わたくしでなければならぬのですか?何故、師は内府の肩ばかりを持つのです」
この言葉の底に沈む成佐の感情に気づかなかった時点で、令明は誤算をしていたといってよいだろう。もはや、才に満ちた愛すべき弟子たちは、彼の記憶のなかのみでしか生きていなかったのだ。
「友であるおぬしが守らずして、いったい誰が守るのか。あやつには頼れる家族すらおらぬのだ」 |