第五十三話
義賢は、ふと顔を上げた。
宴の席はおおいに盛り上がっている。
しかし、この母屋からだいぶ離れた車宿の小屋は、別世界のように静まりかえっていた。
暇な郎等たちは、分けあたえられた少しばかりの酒でささやかな酒事をやっている。
義賢はその集団からもはずれて、池の近くに腰をおろしていた。
点々とともる篝火。
空には満月ほどではないが、それなりに明るい三日月が出ている。
しかし、篝火のせいでその光りは今にも消えそうだ。
彼は立ち上がると同僚たちが止めるのも気にせず、母屋の方へと歩いていった。
裏へまわるといくらか人々の賑わいが遠のき、夜らしい静けさが漂ってきた。
人の気配がしたのでふり返ると、ちょうど義賢の目の前の部屋から忠通が出てきたところであった。
義賢の隣には篝があり、忠通が庭の人影に気づくのに時間はかからなかった。
互いの視線が噛みあったとき、まったく同じ一人の人物を介して、両人はそれぞれの正体に気づいたのだ。
忠通は眉を寄せた。それは礼を失した郎等を咎めるものではなく、ほとんど恋敵に向けられる嫌悪といってもよかった。
忠通はそのまま行ってしまったが、義賢はそこを動かなかった。
あのお方が何度となくうなされながら「兄君」と呼ぶのは、摂政をおいて他に考えられない。
手が、無意識のうちに太刀へとのびていた。
「義賢・・・?」
頼長のひどく驚いた声。
炎に浮かび上がった痛々しいほどにか細い体を見たとき、義賢のなかで何かが爆ぜた。
鯉口を切ろうとした手に、頼長の白く細い指が絡んだ。
その凍てつくような冷たさに、義賢は身震いした。
「内府様・・・!」
義賢は小さく呻いた。
なぜあのような者をお許しになるのか。
「内府様・・・」
彼は、もう一度つぶやくしかなかった。 |