有明の月(53/125)PDFで表示縦書き表示RDF


有明の月
作:小波



第五十三話


 義賢は、ふと顔を上げた。
 宴の席はおおいに盛り上がっている。
 しかし、この母屋からだいぶ離れた車宿の小屋は、別世界のように静まりかえっていた。
 暇な郎等たちは、分けあたえられた少しばかりの酒でささやかな酒事をやっている。
 義賢はその集団からもはずれて、池の近くに腰をおろしていた。
 点々とともる篝火。
 空には満月ほどではないが、それなりに明るい三日月が出ている。
 しかし、篝火のせいでその光りは今にも消えそうだ。
 彼は立ち上がると同僚たちが止めるのも気にせず、母屋の方へと歩いていった。
 裏へまわるといくらか人々の賑わいが遠のき、夜らしい静けさが漂ってきた。
 人の気配がしたのでふり返ると、ちょうど義賢の目の前の部屋から忠通が出てきたところであった。
 義賢の隣には篝があり、忠通が庭の人影に気づくのに時間はかからなかった。
 互いの視線が噛みあったとき、まったく同じ一人の人物を介して、両人はそれぞれの正体に気づいたのだ。
 忠通は眉を寄せた。それは礼を失した郎等を咎めるものではなく、ほとんど恋敵に向けられる嫌悪といってもよかった。
 忠通はそのまま行ってしまったが、義賢はそこを動かなかった。
 あのお方が何度となくうなされながら「兄君」と呼ぶのは、摂政をおいて他に考えられない。
 手が、無意識のうちに太刀へとのびていた。
「義賢・・・?」
 頼長のひどく驚いた声。
 炎に浮かび上がった痛々しいほどにか細い体を見たとき、義賢のなかで何かが爆ぜた。
 鯉口を切ろうとした手に、頼長の白く細い指が絡んだ。
 その凍てつくような冷たさに、義賢は身震いした。
「内府様・・・!」
 義賢は小さく呻いた。
 なぜあのような者をお許しになるのか。
「内府様・・・」
 彼は、もう一度つぶやくしかなかった。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう