ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  有明の月 作者:小波
第四十六話
 臣たちがかしずいていたのは帝であったればこそ。
 いったい誰に助けを求めたらよいのか。
「わたしは曾祖父の子であったのか・・・」
 つぶやきはむなしく虚空に消える。
 物心ついた頃から側にいたのは、両親よりも乳母や女房たちであった。
 今さら、母に助けを求める気はない。
 薄暗い室内で白河院の優しさがよみがえった。
 だが、本院を憎むこともできない。かの人も昔は優しかった。よく自分に会いに母とともに来てくれた。
 鳥羽院を純粋に恨むには、顕仁は身も心も成長しすぎていたのだ。
「新院・・・」
 聖子はずっと襖のところに立っていた。
 話しかけられる状態ではなかった。
 顕仁の容貌は幽鬼さながらに変わっていたのだ。
 烏帽子もつけておらず、髷も結っていない。
 ただ黒い髪がばさりと背に垂れている。
「気を、落とさないでくださいまし。何か食べるものを持って・・・」
 気遣わしげに肩に触れようとする聖子の頬を、顕仁はぶった。
「・・・新院!」
「躰仁の養母となることに一番積極的だったのはおまえだ。思い通りになってうれしいか!子が産まれぬからといって・・・。どうだ?皇太后になれた気分は」
「なんという・・・」
 聖子は頬をおさえながらうつむいた。
「わたくしは、ただ・・・あなた様のためを思って・・・」
 やっとそこまでを言うと、彼女の目に涙が滲んだ。
 聖子が顕仁に嫁いだのは父である忠通の意向による。
 その目的は、言うまでもなく摂関家の再興。
 後冷泉帝の妃以来、約八十年間絶えていた摂関の娘の入内。
 その間に璋子の属する閑院流藤原氏、得子の属する末茂流藤原氏および家成などの院近臣。そして村上源氏が台頭してきていたのだ。
 顕仁には一歳になる皇子がいるが母の身分は更衣と低い。長幼の序、なにより得子への鳥羽院の寵愛ぶりを考えると、この皇子よりも先に躰仁に承継の順がまわってくるのは、誰の目からも明らかであった。
 退位後、顕仁に執政の機会をあたえるためには、身分の低い得子にかわって養母となる必要があったのだ。
 院による政治が可能となるのは、天皇に対して院が振りかざす父権に因る。
 したがって、その権威のおよぶ範囲は天皇の直系尊属に限られる。
 今の顕仁は当今の兄でしかなかった。
 こうなっては、もう二度と彼の子孫に皇位が戻ることはない。もしもの事態が起きないかぎり―――・・・
「・・・中宮、すまない。わたしは、どうかしているのだ・・・」
 顕仁は聖子の頬に触れた。
「新院。どうか、少しでもいいから何か口になさって。でなければ、あなた・・・死んでしまう」
 今の彼にとって、聖子だけが支えであった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。