第四十四話
十六の年に時の帝であった鳥羽院に入内。
早くに亡くなった父にかわり、当時治天の君として絶大の権力を掌握していた白河院が後ろ盾となったことで、璋子は女御となり、翌年には立后され中宮となった。
さらに顕仁の即位により院号宣下を受け、院に准ずる女院となった。
誰もが璋子をうらやんだ。
だが、彼女はおのれの一生が、かならずしも幸せではなかったと思っている。
―――わたしは、ただの道具であった
誰が幸せなど見出せようか。
帝の妻となることは、女の終焉を意味する。
「中宮。まさか、きみから来ようとは」
院は目を細め、璋子を見た。
はじめて璋子という少女を見たとき、可憐な美しさにただただ驚くばかりであった。
その美しさは中年をむかえようとしている今も、衰えを知らぬかのように潤っている。
ただ、昔の初々しさは跡形もなく、甘やかな香りを含む花蕾のように婉美であった。
五人の親王と二人の内親王を産ませた女。
その肉体は萎えるどころか、今まさに花開こうとしている妖花のようだ。
「まわりくどい言い方はよしましょう。院も、とっくにご存知のはずでございます」
鳥羽院は小さく唸った。
「お暇を。わたくしはもう、ここにいることはできませぬ」
「璋子」
院は脇息にもたれていた体を起こした。
「これが今生の別れか否か。一つだけ聞かせてくれ。顕仁は誰の子なのだ」
単刀直入な院の問いにも臆することなく、璋子は院の顔を見返した。
顔の無表情とは裏腹に、彼女の瞳には綾なす感情がたゆたっている。
それに院は気づかない。
「顕仁には、新院には何の罪もありませぬ。わたくしが申し上げられますのは、それだけでございます」
「なんと!」
鳥羽院は立ち上がった。
もっとも恐れていた言葉。そして、予想していたであろう言葉。
「おまえは暗黙のうちに、新院が白河院の子であると認めたな。なんと汚らわしい」
璋子の体が妖しく揺らめいた。
梅花のような唇から、鮮やかな笑いがこぼれた。
「ほ、ほ、ほ。おかしや。権力に執する男どもの姿―――」
璋子はなおも笑い続けた。
―――物の怪でも憑いたか・・・
院は何か恐ろしいものでも見るように、璋子を見た。
「おっしゃるとおり、顕仁は亡き白河の院と通じてできた御子じゃ。だが、汚らわしいのは顕仁ではなく、白河院やあなた様でござりましょう!」
「誰ぞ・・・誰ぞおるかあっ」
院は恐ろしくなって外へ飛び出した。
「祈祷師を呼べっ。中宮に物の怪が憑いたぞぉ!」
璋子は一人取り残された部屋で、笑い続けた。
笑いながら涙が出てきた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。